スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
平良 海馬(たいら かいま、1999年11月15日 - )は… 平良 海馬(たいら かいま、1999年11月15日 - )は、沖縄県石垣市出身のプロ野球選手(投手)、YouTuber。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 パシフィック・リーグにおける連続登板無失点記録(39試合)保持者。 たいらげーむのチャンネル名でゲーム実況YouTuberとしても活動していたが、2025年より野球動画をメインの活動に変更している。 小学校から捕手として野球を始め、真喜良サンウエーブに所属。中学校では石垣島唯一の硬式チームである八重山ポニーズに所属。2年から投手に転向。3年にはポニーリーグで全国大会に出場した。なお八重山ポニーズは平良の代が卒団すると、人数不足で活動休止となった(2021年に活動再開)。
田中 貴也(たなか たかや、1992年8月27日 - )は、… 田中 貴也(たなか たかや、1992年8月27日 - )は、京都府南丹市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 京都・南丹市立園部中学校時代に甲子園での大嶺祐太らの活躍に触発され、伊志嶺吉盛監督の指導を受けるため沖縄県石垣市の八重山商工に進学。初めての寮生活や伊志嶺の厳しい指導で「もう毎日辞めたかったです」と当時を振り返っている。2年時は1学年先輩の大嶺翔太とバッテリーを組み夏の県大会では唯一2年でベンチ入りしたが、エンドランで空振りするなど自身のミスもあり準決勝で興南に4-5で敗退。監督から全部員と父兄がいる中で「おまえのせいで負けたんだ。おまえのせいで3年の高校野球が終わったんだ」と厳しく叱責され、それを見ていた母が自ら寮母となり京都から石垣島へ移り住むことを決意。
大嶺 翔太(おおみね しょうた、1991年9月17日 - )… 大嶺 翔太(おおみね しょうた、1991年9月17日 - )は、沖縄県石垣市出身の元プロ野球選手(内野手)。元プロ野球選手の大嶺祐太は実兄。プロ1年目の2010年から2013年までの登録名は「翔太」。 石垣島生まれ。小学校2年生時から野球を始める。ポジションはショートなど内野が多かったが、小学校6年生からピッチャーを兼任した。中学時代は軟式野球部に所属し主にショート、ピッチャーとしても中学校3年生時には140km/hに到達。 兄の祐太に憧れて沖縄県立八重山商工高等学校に入学。強肩を買われ1年夏には捕手でレギュラー。その後投手、遊撃手などを兼任する。3年夏は1番に入り三塁手兼投手として活躍したが、準決勝で同大会を優勝する興南高等学校に敗戦。
大嶺 祐太(おおみね ゆうた、1988年6月16日 - )は… 大嶺 祐太(おおみね ゆうた、1988年6月16日 - )は、沖縄県石垣市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 愛称は「ゆうた」。2018年まで千葉ロッテマリーンズに所属していた大嶺翔太は実弟。 石垣島(沖縄県石垣市)生まれ。小学2年時に「八島マリンズ」で三塁手として野球を始める。中学生時代は硬式ポニーリーグの「八重山ポニーズ」で投手として活躍、3年時の2003年には世界大会3位になった。同じ沖縄出身の新垣渚を見て、プロを志したという。 小学生時代より指導を受けた伊志嶺吉盛の強い勧めで沖縄県立八重山商工高等学校に進学。2006年には春(第78回選抜高等学校野球大会)・夏(第88回全国高等学校野球選手権大会)の甲子園連続出場を果たし、八重山商工の快進撃の原動力となった。
渡邊 義弘(わたなべ よしひろ、1975年5月26日 ‐ )… 渡邊 義弘(わたなべ よしひろ、1975年5月26日 ‐ )は、日本の情報学、政策学の研究者。 情報のかけ橋の理論構築と実践研究(社会学、情報学、政策学の学際領域) 「八重山商工高等学校・琉球サンバダンスユニット宮城姉妹・石垣市地域おこし協力隊による"クジャクの羽根アクセサリー作りワークショップ"の報告」 畜産技術協会 『畜産技術』 763号 pp.43-48 2018 「石垣島の中学生による地元水産物をPRするPOP広告作りのワークショップ~若者の水産物消費促進に向けた"石垣島モデル"の提案~」 全国漁業協同組合連合会(JF) 『漁協(くみあい)』 163号 pp.22-25 2017 「八重山農林高等学校・八重山調理師会・石垣市連携による"ジビエ調理開発ワークショップ"の報告~産学官連携で鳥獣害に立ち向かう石垣島の挑戦~」 畜産技術協会 『畜産技術』 749号 pp.40-45 2017 「石垣市地域おこし協力隊と石垣市立図書館の協働による"ここがいいね!"利用者アンケートと職員ワークショップの報告~地域おこしの拠点として図書館を位置づける日本最南端の試み~」 日本図書館協会 『図書館雑誌』 Vol.111 No.9 pp.622-624 2017 「市民サービスの視点から見た松阪市の情報政策の現状―情報化推進の自治体間比較による定量的評価の試み」 『三重中京大学地域社会研究所報』 第24号 pp.237-278 2012 "A Workshop 'Tekuteku': Creation and Preservation of Local Information Linking Outdoor Activities to Public Libraries", Proceedings of the Fourth International Workshop on Regional Innovation Studies 2012(IWRIS2012), pp.60-63, Mie University, Tsu, Japan, Oct.11-12, 2012.
大地 康雄(だいち やすお、1951年11月25日 - )は… 大地 康雄(だいち やすお、1951年11月25日 - )は、日本の俳優。熊本県熊本市生まれ。所属事務所はパイプライン。本名、下地 常雄。 父親は沖縄県宮古島市伊良部(旧・宮古郡伊良部町)出身。母親は宮古島市城辺(旧・宮古郡城辺町)出身。 石垣教育区立石垣中学校、琉球政府立八重山商工高等学校で生徒会長。卒業後、集団就職で上京する。最初は葛飾区のスーパーで働いていたが、同じ沖縄組の同僚が俳優になる為にオーディションを受けると言った為、自分も一緒にオーディションを受けることにした。そのオーディションで大地は受かったのだが、「俳優になるなんて夢のまた夢」という思いがあった為、その時は本格的に俳優を目指そうとは思わなかった。