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豊原 道也(とよはら みちや、1903年(明治36年)7月1… 豊原 道也(とよはら みちや、1903年(明治36年)7月11日 - 1980年(昭和55年)12月24日)は、日本の内務官僚、実業家。最後の官選山梨県知事。位階は従四位。 新潟県出身。豊原規矩弥の三男として生まれる。新潟高等学校を卒業。1926年12月、高等試験行政科試験に合格。1927年、東京帝国大学法学部独法科を卒業。内務省に入省し、秋田県属となる。 1939年、大分県学務部長に就任。以後、茨城県経済部長、長野県書記官・警察部長、厚生省生活局住宅課長、警視庁保安部長、富山県部長・内政部長、浦賀引揚援護局次長などを歴任。 1947年3月、前任の吉江勝保が知事選に出馬のため辞任したことに伴い山梨県知事に就任。
吉田 澄夫(よしだ すみお、1902年〈明治35年〉6月17… 吉田 澄夫(よしだ すみお、1902年〈明治35年〉6月17日 - 1987年〈昭和62年〉2月26日)は、日本の国語学者、文部官僚。文学博士(東洋大学・論文博士・1958年5月14日)。埼玉大学名誉教授、武蔵野女子大学名誉教授、国語学会名誉会員。筆名は伊夜彦。 新潟県新潟市医学町通1番町(現 新潟市中央区医学町通1番町)の吉田真澄の次男として出生。 新潟師範学校附属小学校を経て、1919年(大正8年)3月に新潟中学校を4年で修了(四修)、1922年(大正11年)3月に新潟高等学校を卒業、1926年(大正15年)3月に東京帝国大学文学部国文学科を卒業。 1926年(大正15年)4月に文部省図書局国語調査嘱託に就任、5月から文部省臨時国語調査会嘱託を兼任、1934年(昭和9年)12月から文部省国語審議会書記を兼任、1940年(昭和15年)12月に文部省図書局国語課国語調査官に就任、1944年(昭和19年)11月から文部省国語審議会幹事を兼任。
松井 正夫(まつい まさお、1898年〈明治31年〉10月1… 松井 正夫(まつい まさお、1898年〈明治31年〉10月10日 - 1956年〈昭和31年〉11月17日)は、日本の有機化学者、文部官僚。元文部省学校教育局大学教育課長、新潟高等学校の最後の校長、新潟大学理学部初代学部長。位階は正三位。 新潟県新潟市学校町通2番町(現 新潟市中央区学校町通2番町)の判事・松井郡治の長男として出生。 1916年(大正5年)3月に新潟中学校を卒業、1919年(大正8年)7月に第二高等学校を卒業、1922年(大正11年)3月に東京帝国大学理学部化学科を卒業。 1922年(大正11年)6月に山口高等学校教授に就任、11月から1924年(大正13年)3月まで陸軍に入隊のため山口高等学校を休職、1931年(昭和6年)12月から1933年(昭和8年)9月まで化学の研究のためドイツやアメリカに留学。