小野寺 俊(おのでら しゅん、1951年または1952年 -… 小野寺 俊(おのでら しゅん、1951年または1952年 - )は日本の地方公務員。前茨城県副知事。瑞宝中綬章受章。 早稲田大学法学部卒業。その後1975年に茨城県庁に入庁。財政課長、総務部長、教育長、理事兼政策審議監などを歴任した。 2017年11月1日、茨城県副知事に就任。2019年には群馬県前橋市にて北関東磐越五県知事会議を開催した。 2023年、茨城県副知事を2025年10月までの2期目の任期を半分残す形で退任。同年10月31日に茨城県庁で退任式が行われた。「70歳を一つの区切りに後進に道を譲りたい」と話した。退任式には約1000人の県幹部職員らが参加した。2024年3月までは参与として助言を続けた。
伴 英幸(ばん ひでゆき、1951年 - 2024年6月10… 伴 英幸(ばん ひでゆき、1951年 - 2024年6月10日)は、日本の市民活動家、NPO法人「原子力資料情報室」共同代表。 三重県四日市市に生まれる。 1975年に早稲田大学を卒業後は生活協同組合の専従となった。1979年の米国・スリーマイル島原子力発電所の事故をきっかけに脱原発を目指す運動に参加。1989年に脱原発法制定運動事務局のスタッフとなる。 1990年からは非営利の調査研究機関「原子力資料情報室」のスタッフとなり、1995年に事務局長、1998年からは共同代表を務めた。 2000年代以降は国の原子力政策の基本方針を策定する原子力委員会の専門家会議や、エネルギー政策に関する経済産業省の審議会などの委員を務め、批判的な立場から発言した。
中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身… 中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身の日本の漫画家。『ドリーム仮面』で第2回手塚賞佳作、『ガラガラウマウマ』で第3回手塚賞受賞。 代表作は『ドリーム仮面』。 長崎県西彼杵郡崎戸町(現在の西海市)の離島に生まれる。漫画家を志し19歳で上京、新小岩に住みながら投稿を始める。 1971年、週刊少年ジャンプに投稿した短編『ドリーム仮面』が下半期の第2回手塚賞の佳作となり、翌年の1972年には『ガラガラウマウマ』が第3回手塚賞を受賞、同賞初の正賞者となった。 1973年1月8日号から週刊少年ジャンプ本誌にて『ドリーム仮面』の連載を開始、同年8月20日号まで全33話を連載。商業連載はその1作のみで、以降は漫画界から姿を消した。
大橋 功男(おおはし いさお、1951年 - 2023年11… 大橋 功男(おおはし いさお、1951年 - 2023年11月2日[要出典])は、日本の元アマチュア野球選手である。ポジションは投手。 静岡市立安倍川中学校では野球部のエースとして活躍した。高校は静岡県立静岡高等学校に進学し、1969年の夏の甲子園県予選4回戦では伊東高を相手に、6四死球を与えるもノーヒットノーランを達成。決勝に進むが藤波行雄や松島英雄らがいた静岡商に敗退し、甲子園への出場は実現しなかった。同年のドラフト会議で東映フライヤーズから8位指名されたが入団を拒否。 早稲田大学に進学。東京六大学野球リーグでは1年下の矢野暢生とともに投の中心となり、1973年春季リーグで優勝。リーグ通算47試合登板、13勝11敗、防御率2.80、96奪三振。
KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本… KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本の作詞家。本名は西岡安希子。 シンガーソングライターの西岡恭蔵は夫。彼との結婚後に作詞を始め、西岡の他、松田優作、山下久美子、太田裕美ら、多くの歌手に詞を提供。矢沢永吉のために作詞した西岡恭蔵名義の作品のなかにも、共作によるものが少なくないといわれる。 和歌山県和歌山市生まれ。 大阪の音楽喫茶「ディラン」で西岡と知りあい結婚。上京して埼玉県入間市に住み、夫の音楽活動をサポートし、作詞の手伝いを始める。 1975年大塚まさじの「アフリカの月」の作詞をきっかけにKUROの筆名による作詞活動をスタート。 1976年の西岡のアルバム『南米旅行』でほとんどすべての作詞を担当。