羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は… 羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。バンクーバーオリンピック日本代表。 北海道帯広市出身。両親もスピードスケート選手であり、自身は6歳の時にスケートを始めた。帯広市立第八中学校、白樺学園高等学校、日本大学を経て現在日本電産サンキョー所属。小学校時代に所属していた陸上競技クラブには福島千里がいた。中学時代から短距離種目で好成績を残し、特にインカレでは史上3人目の500m4連覇を達成、1000mでも3連覇した。日本大学在学中の2009年にワールドカップにデビュー。現在までの総合の最高成績は2009/10シーズンの500m11位である。2010年のバンクーバーオリンピックでは1000mに出場したが29位に終わった。
石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は… 石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は、北海道帯広市出身の日本の女子スピードスケート選手である。日本電産サンキョー所属。2006年トリノオリンピック日本代表。 ※ちなみに中学校は帯広市立南町中学校で講演会などを行った事もある。
辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、… 辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、日本のスピードスケート選手である。開西病院所属。 北海道帯広市出身。6歳でスピードスケートを始め、中学3年次に出場した全国中学校スケート大会において、500mと1000mの二種目で優勝した。全日本ジュニアスピードスケート選手権大会において2位となり、世界ジュニアスピードスケート選手権大会の代表に選出された。白樺学園高等学校時代には全国高等学校スケート選手権大会スピード競技の1000mで三連覇を果たす。同校卒業後にISUワールドカップ日本代表に選出される。 2010年からISUワールドカップ・ディビジョンAに定着して競技を続け、2013年のソチオリンピック代表選考会において500mで2位、1000mで3位となりオリンピック出場を決めたが、2014年2月の同オリンピック500mでは9位となり入賞を逸した。
妹尾 栄里子(せお えりこ、1979年3月12日 - )は、… 妹尾 栄里子(せお えりこ、1979年3月12日 - )は、日本の元スピードスケート選手。北海道帯広市出身。 白樺学園高等学校を卒業後王子製紙に入社、その後松本電気鉄道(のちのアルピコ交通)へ移籍した。アルピコが廃部となった後再び王子製紙所属となった。 2002年ソルトレイクシティオリンピック代表に選ばれ、女子3000m19位となった。 2006年トリノオリンピック代表に選ばれ、女子3000m20位タイとなった。 2007年-2008年シーズン終了後、現役を引退した。
清水 宏保(しみず ひろやす、1974年〈昭和49年〉2月2… 清水 宏保(しみず ひろやす、1974年〈昭和49年〉2月27日 - )は、日本の元スピードスケート選手、医学者、スポーツキャスター、タレント、実業家。学位は博士(医学)(弘前大学・2023年)。 北海道帯広市出身。有限会社Shimizu所属 兼取締役。1998年長野オリンピックで金メダル1個、銅メダル1個、2002年ソルトレークシティオリンピックで銀メダルを獲得した。身長は162cm。タレント専属契約はエイベックス・マネジメント・エージェンシー。 実家は建設会社。葵幼稚園、帯広市立栄小学校、帯広市立帯広第一中学校、白樺学園高等学校、日本大学文理学部卒業。三協精機、NECを経て、現在は株式会社コジマに所属するプロのスケーターである。
大山 三喜雄(おおやま みきお、1955年10月29日 - … 大山 三喜雄(おおやま みきお、1955年10月29日 - )は、日本の元スピードスケート選手である。北海道帯広市出身。白樺学園高等学校を経て王子製紙所属時代にインスブルックオリンピックに日本代表として出場した。 1976年インスブルックオリンピックでは500m18位、1000m24位だった。1977年と1978年の全日本スプリントスピードスケート選手権大会を連覇。 現役引退後は王子製紙スケート部でコーチ・監督を務め、ソルトレイクシティオリンピック代表チームのコーチも務めた。
肥田 隆行(ひだ たかゆき、1944年5月4日 - )は、… 肥田 隆行(ひだ たかゆき、1944年5月4日 - )は、日本の元スピードスケート選手である。北海道帯広市出身。 帯広市立帯広第三中学校-北海道帯広柏葉高等学校-専修大学-三協精機 1968年グルノーブルオリンピックでは500m37位。4年後の札幌オリンピックでは500m13位だった。