野明 花菜(のあけ はな、2004年11月28日 - )は、… 野明 花菜(のあけ はな、2004年11月28日 - )は、日本のスピードスケート選手。 長野県諏訪郡下諏訪町出身。下諏訪町立下諏訪中学校、長野県岡谷南高等学校を経て立教大学スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科在学中。 両親は共に元スピードスケート選手で、父は元男子1,500m世界記録保持者の野明弘幸、母は1992年アルベールビルオリンピック代表の上原三枝である。 中学校時代は陸上競技もやっており、1,500mの選手で地域大会出場経験もあった。 高校に上がってから本格的にスピードスケートに専念、ジュニアワールドカップで世界各地を転戦するなどの経験を重ねる。 2024年の世界ジュニアスピードスケート選手権大会(日本・青森県八戸市)では日本代表として出場し、女子チームパシュートで金メダルを獲得した。
堀川 桃香(ほりかわ ももか、2003年7月10日 - )は… 堀川 桃香(ほりかわ ももか、2003年7月10日 - )は、日本のスピードスケート選手。 北海道広尾郡大樹町出身。大樹町立大樹小学校から大樹町立大樹中学校を経て、白樺学園高等学校卒。 兄弟の影響でスピードスケートを始め、小学校5年では釧路市の大会で2位入賞するなどしている。 中学校へ進学すると、全国中学校スケート大会では2年次、3年次に女子3,000mで2連覇を達成している。 高校はスケート界の名門たる白樺学園高等学校へ進学。高校進学後、1年生にして第69回全国高等学校スケート競技選手権大会にて女子1,500mと3,000mを制覇。2年となっても第70回全国高等学校スケート競技選手権大会で前年同様に1,500mと3,000mの二冠を制覇した。
小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001… 小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001年12月19日 - )は、日本のスピードスケート選手。 北海道斜里郡小清水町出身。小清水町立小清水小学校、小清水町立小清水中学校を経て山形県立山形中央高等学校卒業。 姉と兄がやっていたスケートを見に行って、自身も自然にスケートと接しているうちに滑るようになったという。 小学校6年の時に北海道網走郡美幌町で行われた地域大会で優勝した記録を持つ。 2015年に中学校へ進んだ後、2017年1月の全国中学生スケート選手権大会スピードスケート女子1,000mと3,000mの双方で優勝し、中学二冠王となった。 2017年4月にスケートの名門校たる山形県立山形中央高等学校に越境進学。
森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17… 森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。専修大学卒業。2022年北京オリンピック500mの銅メダリスト。2023年4月からは北海道帯広市に本社を置く株式会社オカモトに入社。所属は「オカモトグループ」。 北海道野付郡別海町出身。実家は酪農牧場で12人家族、8人兄弟の末子である。別海町立上風連中学校、山形中央高等学校を経て専修大学に入学しスピードスケート部に所属。同じく2022年北京オリンピックの男子500mに出場した新濱立也とは、少年時代に同じスケートチームである「別海スケート少年団白鳥」に所属していたという共通点がある。 2018年の全国高校選抜で男子500m、男子1000mの2冠を達成 2020年の世界ジュニア選手権男子500mで3位となる 2021年の全日本スピードスケート距離別選手権大会男子500mで優勝。
小島 良太(こじま りょうた、1998年5月11日 - )は… 小島 良太(こじま りょうた、1998年5月11日 - )は、日本の男子スピードスケート選手。2022年北京オリンピック日本代表。 1998年、長野県長野市出身。兄の影響で、3歳よりスケートを始める。 1998年に開催された長野オリンピック競技会場(エムウェーブ)に於いてエムウェーブスケートクラブで、本格的にスピードスケートを始める。 長野市立芹田小学校、長野市立櫻ヶ岡中学校、長野県立屋代高等学校を経て、長野五輪で清水宏保を金メダルに導いた結城匡啓コーチの下で学ぶため信州大学に進学。同大学では2018年平昌オリンピック500m金メダルの小平奈緒、山中大地、近藤太郎、山田梨央とともに練習する。 信州大学教育学部学校教育教員養成課程 野外教育コース卒業。
佐藤 綾乃(さとう あやの、1996年12月10日 - )は… 佐藤 綾乃(さとう あやの、1996年12月10日 - )は、日本のスピードスケート選手。高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科卒業。全日本空輸株式会社(ANA)アスナビを通じて2019年4月1日入社。 2018年平昌オリンピック女子団体追抜で日本史上初の金メダルを獲得。 元プロ野球選手である佐藤龍世とは同学年の従弟にあたる。 1996年、北海道厚岸郡厚岸町生まれ。厚岸町立真龍小学校1年生の時からスピードスケートを始め、厚岸町立真龍中学校3年時に出場した第32回全国中学校スケート大会では、女子1500mと3000mで優勝。 2012年、北海道釧路北陽高等学校に進学。高校在学中の2013年、世界ジュニアスピードスケート選手権大会に於いて、髙木美帆・樋沙織と組んで女子チームパシュートで金メダルを獲得し、高校3年次のインターハイ(全国高等学校スケート選手権大会スピード競技)では女子1500m&3000mを制覇して二冠王に輝いた。
新濱 立也(しんはま たつや、1996年7月11日 - )は… 新濱 立也(しんはま たつや、1996年7月11日 - )は、日本のスピードスケート選手。高崎健康福祉大学所属。趣味はサイクリング。マネジメント会社は株式会社C.DREAMS。 北海道野付郡別海町出身。3歳でスケートを始め、別海スケート少年団白鳥に所属する。別海町立野付小学校、別海町立野付中学校と進む。中学校時代には3年次に第32回全国中学生スケート大会に出場し、6位入賞を果たしている。 2012年4月に北海道釧路商業高等学校に進学。高校3年次の第64回全国高等学校スピードスケート選手権大会では500m/1,000mで優勝し、二冠王となる。同じく高校3年次のJOCジュニアオリンピックカップ 第38回全日本ジュニアスピードスケート選手権大会では男子1,000mで優勝した。
齋藤 慧(さいとう けい、1996年2月20日 - )は、日… 齋藤 慧(さいとう けい、1996年2月20日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手である。神奈川県相模原市出身、光明学園相模原高等学校卒業、神奈川大学人間科学部、体育会スケート部スピードスケート部門所属。 長女仁美、長男悠、次男慧 三男駿の四兄(姉)弟揃ってのスケート選手として知られる。相模原市にあるスケートリンク「銀河アリーナ」でスケートを始める。趣味は釣りであり、FACEBOOKには早朝の海釣りなどが投稿されている。
一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 -… 一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 - )は、北海道網走郡美幌町出身のスピードスケート選手。ANA社員アスリート。 父の指導でスケートを始め、中学卒業までは北海道の美幌町で過ごす。山形県の山形県立山形中央高等学校を経て、長野県の信州大学教育学部に進学。大学4年の時にナショナルチームに入り、チームパシュートに一員として練習しながら重ね、2018年平昌オリンピック日本代表になった。 2020年3月の世界オールラウンド選手権で総合3位となり、日本の男子が表彰台の立つのは、1997年の2位になった白幡圭史以来、23年ぶりとなった。 2022年北京オリンピックのスピードスケート競技では、男子5000mに出場し6分19秒81で12位だった。
ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shan… ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shane Williamson、1995年4月28日 - )は、北海道浦河町出身のスピードスケート選手。山形県の山形中央高等学校へ進学し、ソチオリンピックの日本代表に選ばれた。現在は日本電産サンキョーに所属、長野県に在住。2016年の高校総体のパシュートで2位となったウィリアムソンレミは妹。 姓について、選手登録していた名前は「ウィリアムソン」と、小さいイを用いた表記だが、戸籍上は「ウイリアムソン」である。また、2017年10月、選手登録の名前も、戸籍に合わせて「ウイリアムソン」へ変更している。 オーストラリア出身の父と日本人の母の間に生まれる。
曽我 こなみ(そが こなみ、1995年4月9日 - )は女子… 曽我 こなみ(そが こなみ、1995年4月9日 - )は女子スピードスケート選手。日本代表選手。長野県諏訪市出身。佐久長聖高校卒業。日本ハウスホテル&リゾート所属。 2019年世界距離別選手権女子500m 銅メダリスト。2023年四大陸選手権女子500m 銀メダリスト。2018年スピードスケートW杯(ポーランド・トマショフマゾウィエツキ大会)金メダリスト。インターハイ、国体(成女)500m優勝者。 1995年4月9日 長野県諏訪市生まれ。幼少の頃からスピードスケートを始め、諏訪市立湖南小学校、諏訪市立諏訪西中学校時代から当時の長野県記録を更新し全国大会でも活躍していた。2011年スピードスケートの名門・佐久長聖高校へ進学すると、全国高等学校スケート選手権大会で500m優勝、日本代表選手として出場したジュニアW杯カルガリー大会では、500m 3位、銅メダリストとなった。
土屋 良輔(つちや りょうすけ、1994年11月29日 - … 土屋 良輔(つちや りょうすけ、1994年11月29日 - )は、日本のスピードスケート選手。 群馬県吾妻郡嬬恋村出身。群馬県立嬬恋高等学校を経て、専修大学卒業。 2018年、平昌オリンピック10000mで10位。5000m16位、チームパシュート5位。 2018年12月、ポーランドのトマショフマゾウィエツキで開かれたスピードスケートW杯にて、一戸誠太郎、ウイリアムソン師円と組み、団体追い抜きに参加し、優勝した。 2019年2月、ドイツで行われた世界距離別選手権でも、一戸誠太郎、ウイリアムソン師円と組み、団体追い抜きに参加。4位の結果を残した。 2022年、北京オリンピック10000mで13分2秒49で11位。
近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、… 近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、北海道北見市出身のスピードスケート選手。ANAエアポートサービス所属。専修大学在学中に2014年ソチオリンピックに出場。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代に全国高等学校スケート選手権大会スピード競技1000M・1500Mで優勝。高校卒業後は専修大学経営学部へ進学し、スピードスケート部に所属。 在学中に2014年ソチオリンピックに出場したが、1000Mは35位・1500Mでは31位に終わった。大学卒業後は、ANAエアポートサービスに入社し競技を続ける。 引退後は、母校専修大学スピードスケート部の監督に就任。
大林 昌仁(おおばやし まさひと 1994年6月10日 - … 大林 昌仁(おおばやし まさひと 1994年6月10日 - )はスピードスケート選手。ISUスピードスケート・W杯日本代表。 2021年11月、スピードスケートW杯(ポーランド・トマショフマゾウィエツキ大会)男子マススタート金メダリスト。 長野県南佐久郡川上村出身。川上村立川上中学校、佐久長聖高校、山梨学院大学卒。福井県スポーツ協会所属。
樋 沙織(とい さおり、1994年5月23日 - )は、日本… 樋 沙織(とい さおり、1994年5月23日 - )は、日本のスピードスケート選手。 1994年、群馬県吾妻郡嬬恋村生まれ。 地元の群馬県立嬬恋高等学校に進学。高校在学中の2012年、北海道帯広市の明治北海道十勝オーバルで開催された世界ジュニアスピードスケート選手権大会に於いて女子団体追い抜き決勝に高木美帆、高木菜那と組んで出場。3分13秒67で韓国に敗れ、4大会連続の銀メダル獲得に貢献した。 翌2013年、世界ジュニアスピードスケート選手権大会に於いて、髙木美帆・佐藤綾乃と組んで女子チームパシュートで金メダルを獲得した。 インターハイ(全国高等学校スケート選手権大会スピード競技)では2012年に女子1500m優勝。
高木 美帆(たかぎ みほ、1994年5月22日 - )は、日… 高木 美帆(たかぎ みほ、1994年5月22日 - )は、日本のスピードスケート選手。幕別町立札内中学校、北海道帯広南商業高等学校卒、日本体育大学在学。主に1500mを得意とする。また、500mから3000mまでのオールラウンダーでもある。
長谷川 翼(はせがわ つばさ、1994年2月8日 - )は、… 長谷川 翼(はせがわ つばさ、1994年2月8日 - )は、日本のスピードスケート選手。北海道中標津町出身。 中標津町立中標津中学校、白樺学園高等学校、日本大学卒業。日本電産サンキョー所属。2018年平昌オリンピック日本代表選手。
高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、… 高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、北海道網走郡美幌町出身の女子スピードスケート選手である。安平町立早来中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。富士急行所属。妹である高山菜摘もスピードスケート選手。 小学校2年でスケートを始める。 小4で千歳市に移り、早来町(現・安平町)の少年団に入団。スピードスケートを本格的を打ち込む。小6で早来町に再び移住。 中学進学後に才能が開花。1年で3000mで全国準優勝。2年では全国優勝。真駒内選抜5000mで史上初の中学生優勝を果たした。 2008年にISUワールドカップ日本代表に選ばれる。中学生の選出は史上初。
押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )… 押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )は、北海道中札内村出身のスピードスケート選手。富士急行所属。妹はボブスレーとラグビーの選手押切麻李亜。 ソチオリンピック、平昌オリンピックに出場。世界距離別選手権の団体パシュートで銀メダルを2回獲得している。2017年12月に髙木美帆に更新されるまでは、女子1500mの日本記録保持者であった。 同学年で出身地が近い髙木菜那と小学校時代から切磋琢磨するライバル関係を築く。中札内中学校では全国中学校大会で優勝。駒澤大学附属苫小牧高等学校進学後は2年生次の2010年1月、インターハイ500mで優勝。3月にモスクワで行われた世界ジュニアスピードスケート選手権大会では高木菜那・美帆姉妹とともに出場したチームパシュートで銀メダルを獲得。
松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は… 松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は、競輪選手、元スピードスケート選手。日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンク(練習地)は平塚競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第113期生。師匠は三ツ井勉(45期)。 北海道斜里郡清里町出身。実家は寺(曹洞宗 龍川寺)で、3人兄弟の次男。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代、全日本ジュニアスピードスケート選手権大会で総合3位、世界ジュニアスピードスケート選手権大会のチームパシュートで4位などの実績を挙げる。 その後、専修大学経済学部に進学したが、最終学年での留年が確定したことが原因でスピードスケートの競技活動を断念。その後、某パチプロのSNSを閲覧していたところ、元競輪選手がやっている居酒屋が平塚にあるとの情報が目に留まり、そこのオーナー(上田康雅)から、師匠となる三ツ井勉を紹介された。
小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北… 小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北海道浦河郡浦河町出身のスピードスケート選手である。
高木 菜那(たかぎ なな、1992年7月2日 - )は、日本… 高木 菜那(たかぎ なな、1992年7月2日 - )は、日本のスピードスケート選手。日本電産サンキョー所属。妹もスピードスケート選手でバンクーバーオリンピック日本代表の高木美帆。
菊池 萌水(きくち もえみ、女性、1992年4月6日 - )… 菊池 萌水(きくち もえみ、女性、1992年4月6日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手。長野県野沢北高等学校卒業。早稲田大学社会科学部を経て、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に在学中。KHネオケム株式会社所属。 長野県南佐久郡南相木村出身。南相木小学校、小海中学校、野沢北高校、早稲田大学出身。五人姉妹の四女で、二女は平昌五輪スピードスケートチームパシュート金メダリストの菊池彩花。三女の菊池悠希、五女の菊池純礼もショートトラック選手というスケート一家で育つ。なお、全日本ショートトラックスピードスケート選手権の女子総合優勝は、2016/17シーズンが萌水、2017/18シーズンは悠希、2018/19シーズンは純礼と、3期連続で菊池家が総合タイトルを手にしている。
渡邊 啓太(わたなべ けいた、1992年3月25日 - )は… 渡邊 啓太(わたなべ けいた、1992年3月25日 - )は、埼玉県川越市出身のショートトラックスピードスケート選手である。聖望学園高校、阪南大学卒業、現・同大学嘱託職員。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
齋藤 仁美(さいとう ひとみ、1990年7月9日 - )は、… 齋藤 仁美(さいとう ひとみ、1990年7月9日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手。神奈川県相模原市出身。 長女・仁美、長男・悠、次男・慧、三男・駿の四兄(姉)弟揃ってのスケート選手として知られる。小学校4年の時に相模原市にあるスケートリンク「銀河アリーナ」でスケートを始める。 相模原市立清新中学校、麻溝台高等学校、神奈川大学人間科学部卒業。日本オリンピック委員会(JOC)が行っているアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」を活用し、2013年に株式会社オーエンスに入社した。 2018年平昌オリンピックのショートトラック日本代表に、弟の慧とともに選出された(弟はドーピング問題で出場できず)。
山中 大地(やまなか だいち、1990年5月1日 - ) は… 山中 大地(やまなか だいち、1990年5月1日 - ) は、日本の男子スピードスケート選手。平成30年度日本スケート連盟のシニア強化選手A。 1990年、長野県南佐久郡川上村の出身。長野工業高等専門学校に進学後、株式会社電算に所属。小平奈緒選手らとともに、結城匡啓コーチ(現信州大学教育学部教授)から指導を受けている。 以下に自己記録を記載する。
桜井 美馬(さくらい びば、1989年6月8日 - )は、大… 桜井 美馬(さくらい びば、1989年6月8日 - )は、大阪府堺市出身の元ショートトラックスピードスケート選手。武蔵野高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。身長152cm、血液型O型。2013年4月1日、東海東京証券に入社。
羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は… 羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。バンクーバーオリンピック日本代表。 北海道帯広市出身。両親もスピードスケート選手であり、自身は6歳の時にスケートを始めた。帯広市立第八中学校、白樺学園高等学校、日本大学を経て現在日本電産サンキョー所属。小学校時代に所属していた陸上競技クラブには福島千里がいた。中学時代から短距離種目で好成績を残し、特にインカレでは史上3人目の500m4連覇を達成、1000mでも3連覇した。日本大学在学中の2009年にワールドカップにデビュー。現在までの総合の最高成績は2009/10シーズンの500m11位である。2010年のバンクーバーオリンピックでは1000mに出場したが29位に終わった。
田中 翔太郎(たなか しょうたろう、1988年7月12日 -… 田中 翔太郎(たなか しょうたろう、1988年7月12日 - )は、日本のスピードスケート選手。石川県金沢市出身。現在Mエイトクラブに所属している。 金沢市立清泉中学校、山梨学院大学附属高等学校、山梨学院大学卒業。日本スケート連盟のショートトラック部門の強化指定選手。 高校3年の時の、2007年1月に行われた国民体育大会冬季大会スケート競技会ショートトラック少年男子の部で優勝した。 2007年の第13回JOCカップジュニアオリンピックショートトラックスピード選手権大会で総合優勝を果たした。 2009年冬季ユニバーシアードのリレーで銀メダルを獲得した。同年の全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会1500mで3位に入った。
郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、… 郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、北海道別海町出身のスピードスケート選手。山梨学院大学卒業。イヨテツスピードクラブ所属。 平昌オリンピックに出場して、女子500mで8位入賞を果たし、女子1000mでは13位に入った。北京オリンピックでは女子500mで15位となった。 3歳からスピードスケートを始める。ホテルを営む自宅の前にスケートリンクがある環境で育った。小学5年生からは、スピードスケートとショートトラックの両立に取り組んだ。 高校のとき、親元を離れて白樺学園高等学校に進学。しかし高校時代は、3年生のときに出場した全国高等学校総合体育大会で、女子500mで4位になった以外は、目立った成績を残せなかった。
酒井 裕唯(さかい ゆい、1987年12月7日 - )は、日… 酒井 裕唯(さかい ゆい、1987年12月7日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手。 長野県出身。姉の影響で3歳のときにスケートを始め、ショートトラックは小学校4年より始める。長野県岡谷東高等学校在学中の2005年にスピードスケート・ショートトラックのワールドカップ(W杯)に初出場。高校卒業後は早稲田大学に進学し、2010年、バンクーバーオリンピックの500mと3000mリレーに出場し、500mは予選で敗退して17位、3000mリレーでは7位。大学卒業後は岐阜クラブに所属していた。 2011年2月1日、カザフスタンで行われたアジア冬季競技大会の女子500mで銅メダルを獲得。2月20日、W杯ドイツ・ドレスデン大会女子1000mで2位となり、初めてW杯個人種目の表彰台に登壇。
黒岩 信允(くろいわ のぶみつ、1987年9月10日 - )… 黒岩 信允(くろいわ のぶみつ、1987年9月10日 - )は、群馬県吾妻郡嬬恋村出身のスピードスケート選手、ロードレース (自転車競技)選手。群馬県立嬬恋高等学校卒業・明治大学卒業。
菊池 彩花(きくち あやか、本名:長島 彩花、1987年6月… 菊池 彩花(きくち あやか、本名:長島 彩花、1987年6月28日 - )は、日本の元スピードスケート選手。富士急行所属。平昌オリンピックのスピードスケート女子チームパシュート金メダリスト。2018年より日本スケート連盟ナショナルチーム(NT)強化コーチ、富士急行スケート部コーチを務める。 長野県南佐久郡南相木村出身。南佐久郡小海町北相木村南相木村中学校組合立小海中学校時代からスピードスケートで全国大会に出場。佐久長聖高等学校を経て、2006年に富士急行に入社。 2011年のアジアスピードスケート選手権で総合3位に入賞。 2013年10月の第20回全日本スピードスケート距離別選手権大会1500mでは、日本国内最高記録となる1分58秒12で初優勝し、ワールドカップ出場が内定した。
住吉 都(すみよし みやこ、1987年3月19日 - 201… 住吉 都(すみよし みやこ、1987年3月19日 - 2018年1月20日)は、日本のスピードスケート選手。ローソン所属。 北海道釧路市出身。姉の影響で小学1年生でスピードスケートを始める。釧路北陽高校在籍時にインターハイ1500メートルで8位入賞。信州大学在籍時にインカレで総合3連覇を達成する。 2013年、ソルトレイクシティで開催された世界スプリントスピードスケート選手権大会で13位入賞。同年、JOCの仲介による就職支援ナビゲーションシステム「アスナビ」によりローソンに入社。2014年、長野の世界スプリントスピードスケート選手権大会でも総合13位を獲得。 同年、ソチの冬季オリンピックで500メートル(14位)と1,000メートル(22位)に出場する。
石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 -… 石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 - )は、日本の元女子スピードスケート選手。専門は長距離。バンクーバーオリンピック、ソチオリンピック日本代表。トランシス所属。現在は帯広大谷短期大学勤務、管理栄養士。 北海道中札内村出身。中札内村立中札内小学校、同中学校を経て、駒大苫小牧高校に進んだ。高校卒業後は(株)岸本医科学研究所に所属。 全日本スピードスケート選手権大会で2005年・2006年と4位入賞を連続で果たし、2006年、20歳でISUワールドカップに初出場。2009年の世界距離別スピードスケート選手権大会に出場し、3000m17位、5000m14位。翌年のバンクーバーオリンピックにも出場し、3000m15位、5000mでは9位となった。
穂積 雅子(ほづみ まさこ、1986年9月11日 - )は、… 穂積 雅子(ほづみ まさこ、1986年9月11日 - )は、北海道千歳市出身の元女子スピードスケート選手である。2010年バンクーバーオリンピック女子団体パシュート銀メダリスト。血液型はA型。駒澤大学附属苫小牧高校卒業、元ダイチ所属。 福島県福島市出身の両親の元に生まれる。名前は女優の夏目雅子から、大ファンだった母親が名づけた。「強く美しく、ヒマワリのように育ってほしい」と願いを込めた。なお、本人の誕生日は夏目雅子の1周忌の日にあたる。 千歳市立日の出小学校の体育の授業で初めてスケートをしたのがきっかけでスケートを始める。小学校時代は「大会で勝つと夕張メロンが貰える」という理由でトライアスロンに熱中していた。
小平 奈緒(こだいら なお、1986年5月26日 - )は、… 小平 奈緒(こだいら なお、1986年5月26日 - )は、長野県茅野市出身のスピードスケート選手。バンクーバーオリンピック女子団体パシュート銀メダリスト。信州大学教育学部卒業。相澤病院所属。
貞包 紘子(さだかね ひろこ、1986年5月16日 - )は… 貞包 紘子(さだかね ひろこ、1986年5月16日 - )は、愛知県出身のショートトラックスピードスケート選手。 予選第6組では終始冷静な滑りで2着に入り準決勝へ進出。準決勝第1組では4位に終わり決勝進出には至らなかった。 9~12位の順位決定戦で総合12位。
石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は… 石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は、北海道帯広市出身の日本の女子スピードスケート選手である。日本電産サンキョー所属。2006年トリノオリンピック日本代表。 ※ちなみに中学校は帯広市立南町中学校で講演会などを行った事もある。
名取 英理(なとり えり、1985年9月23日 - )は、長… 名取 英理(なとり えり、1985年9月23日 - )は、長野県茅野市出身のスピードスケート選手である。 茅野市立永明中学校-東海大学付属第三高等学校-山梨学院大学-十六銀行。 2010年バンクーバーオリンピック代表に選ばれ、女子3000m21位となった。
小澤 美夏(おざわ みか、1985年8月9日 - )は、長野… 小澤 美夏(おざわ みか、1985年8月9日 - )は、長野県塩尻市出身のショートトラックスピードスケート選手。2001年世界ジュニア選手権出場を皮切りに、2002年ソルトレークシティオリンピック出場、2006年トリノオリンピックでは1000mで9位と着実に成績を上げてきている。2010年バンクーバーオリンピックで3大会連続出場。 堺女子高校、阪南大学を卒業し、現在は阪南大学職員。
辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、… 辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、日本のスピードスケート選手である。開西病院所属。 北海道帯広市出身。6歳でスピードスケートを始め、中学3年次に出場した全国中学校スケート大会において、500mと1000mの二種目で優勝した。全日本ジュニアスピードスケート選手権大会において2位となり、世界ジュニアスピードスケート選手権大会の代表に選出された。白樺学園高等学校時代には全国高等学校スケート選手権大会スピード競技の1000mで三連覇を果たす。同校卒業後にISUワールドカップ日本代表に選出される。 2010年からISUワールドカップ・ディビジョンAに定着して競技を続け、2013年のソチオリンピック代表選考会において500mで2位、1000mで3位となりオリンピック出場を決めたが、2014年2月の同オリンピック500mでは9位となり入賞を逸した。
上原 龍(うえはら りゅう、1985年4月4日 - )は、長… 上原 龍(うえはら りゅう、1985年4月4日 - )は、長野県軽井沢町出身の競輪選手、元スピードスケート選手。競輪選手としては日本競輪選手会長野支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第95期生。師匠は市村和昭(48期)。 軽井沢中学校時代、2001年の全国中学スケート競技大会500mで優勝。 佐久長聖高等学校時代、2003年の国体スピードスケート・少年男子1000mにおいて、2010年のバンクーバーオリンピック500mで銅メダルを獲得することになる加藤条治を破って優勝。 しかし、社会人になってからは成績が伸び悩み、目標としていた2006年のトリノオリンピックの出場を果たせなかったことから、自身の父親との交友があった市村和昭に弟子入りし、競輪選手を目指すことになった。
加藤 条治(かとう じょうじ、1985年2月6日 - )は、… 加藤 条治(かとう じょうじ、1985年2月6日 - )は、日本のスピードスケート選手。山形県山形市出身。 2010年バンクーバーオリンピック・スピードスケート男子500m銅メダリスト。2006年トリノオリンピック(6位)、2014年ソチオリンピック(5位)、2018年平昌オリンピック(6位)と、冬季オリンピックでは4大会連続で6位以内の入賞を果たしている。 四人兄弟の末っ子。兄たちの影響でショートトラックからスケートを始め、その後スピードスケートに転向。北海道や長野県の選手が多数を占めるスピードスケート界では珍しい山形市出身。 山形中央高時代、インターハイ男子500mで三連覇を達成。日本人選手として史上初めて高校3年時にスピードスケート・ワールドカップ(W杯)代表に選ばれ、2002年12月に初出場した長野大会で3位入賞。
吉井 小百合(よしい さゆり、現在の本姓は橋本、1984年1… 吉井 小百合(よしい さゆり、現在の本姓は橋本、1984年11月28日 - )は、元スピードスケート選手。最も得意な種目は500mで、1000mでも力を発揮した。 長野県出身。茅野市立泉野小学校、茅野市立東部中学校、東海大学付属第三高等学校を経て、日本電産サンキョーに所属していた。出身の泉野小学校は校庭に毎冬リンクを作りスケートの授業がある。5歳の頃、姉の影響でスピードスケートを始める。 ワールドカップ(W杯)通算2回優勝。2006年トリノオリンピックでは、500m9位、1000m15位だった。 2010年バンクーバーオリンピック、500mでは5位と前大会より順位を上げ入賞を果たしたが、1000mは15位と前回と同じで、1500mは26位と芳しくなかった。
太田 明生(おおた あきお、1984年(昭和59年)9月3日… 太田 明生(おおた あきお、1984年(昭和59年)9月3日 - )は、日本の元スピードスケート選手、北海道テレビのディレクター。身長175.2cm。JR北海道に所属していた。 北海道網走市生まれ。同市立二見ケ岡小学校1年のときスケートを始める。同市立第五中学校では網走スピードスケート少年団に所属。中学3年の時、全国中学スケート男子500メートルで優勝した。北海道池田高等学校3年生でインターハイ500メートルで2位。高校卒業後は明治大学政治経済学部に進学し、2006年、2007年とインターカレッジで500メートル連覇を果たした。2010年バンクーバーオリンピックにも出場し、500メートルで17位。
大津 広美(おおつ ひろみ、1984年5月22日-)は、北海… 大津 広美(おおつ ひろみ、1984年5月22日-)は、北海道河西郡更別村出身の元スピードスケート選手。身長165cm、体重59kg。 2003年3月白樺学園高等学校卒業。高校卒業後、富士急行スケート部に入部。社会人3年目となる2005年、同年のワールドカップトリノ大会のチームパシュートで3位となる。 初めてのオリンピックとなるトリノオリンピックでは1500mとチームパシュートに出場、1500mでは2分4秒77の33位に終わった。 チームパシュートではロシアとの3位決定戦でレース途中で転倒、4位に終わる。ロシアをリードしていた状況での転倒について大津は「チャンスを逃したのは私の責任。本当に何があるか分からない」とコメントした。
土井 槙悟(どい しんご、1983年8月23日 - )は、北… 土井 槙悟(どい しんご、1983年8月23日 - )は、北海道河西郡芽室町出身の日本のスピードスケート選手。開西病院所属。身長177cm、体重75kg。 スピードスケートの名門白樺学園高等学校に入学し、2年時には世界ジュニアスピードスケート選手権大会で総合優勝を達成。 早稲田大学進学後も全日本ジュニア連覇を達成し、ワールドカップのメンバーにも選ばれる。 卒業後は開西病院に進み、2010年バンクーバーオリンピック代表に選出され男子1500mで30位となった。
中嶋 敬春(なかじま たかはる、1983年1月2日 - )は… 中嶋 敬春(なかじま たかはる、1983年1月2日 - )は、長野県川上村出身の元スピードスケート選手である。 佐久長聖高等学校-日本体育大学-日体大研究員-十六銀行。 1998年全国中学校スケート大会3000mで優勝。 2000年の世界ジュニアスピードスケート選手権大会(フィンランド・セイナヨキ)で総合2位。2000年、2001年の全国高等学校スケート選手権大会スピード競技(インターハイ)1500mを連覇。 2002年ソルトレイクシティオリンピック代表に選ばれ、男子1500m23位となった。 2005年冬季ユニバーシアードでは1000mで金、1500mで銅メダルを獲得した。 2006年トリノオリンピック代表に選ばれ、男子1000m27位、男子1500m38位となった。
杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )… 杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )は、北海道広尾郡大樹町出身の元スピードスケート選手で、現在は競輪選手。日本競輪選手会茨城支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第103期生。177cm、77kg。 小学校からスケートを始め、中学2年で1500m北海道王座に輝く。 高校はスケートの名門、白樺学園高等学校、大学は明治大学に進学、大学4年で初の日本代表としてワールドカップを転戦。ユニバーシアードにも出場。 卒業後は就職先がなく、フリー(後に吉羽木材所属)となるが、国内トップ選手との合宿を積み、2005年全日本選手権で1500m優勝、トリノ五輪出場を手にした。 2006年の五輪本大会は1500mとチームパシュートで出場。