スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小島 良太(こじま りょうた、1998年5月11日 - )は… 小島 良太(こじま りょうた、1998年5月11日 - )は、日本の男子スピードスケート選手。2022年北京オリンピック日本代表。 1998年、長野県長野市出身。兄の影響で、3歳よりスケートを始める。 1998年に開催された長野オリンピック競技会場(エムウェーブ)に於いてエムウェーブスケートクラブで、本格的にスピードスケートを始める。 長野市立芹田小学校、長野市立櫻ヶ岡中学校、長野県立屋代高等学校を経て、長野五輪で清水宏保を金メダルに導いた結城匡啓コーチの下で学ぶため信州大学に進学。同大学では2018年平昌オリンピック500m金メダルの小平奈緒、山中大地、近藤太郎、山田梨央とともに練習する。 信州大学教育学部学校教育教員養成課程 野外教育コース卒業。
中島 菜々(なかじま なな、1997年8月14日 - )は、… 中島 菜々(なかじま なな、1997年8月14日 - )は、日本の元アイドルである。長野県出身。 カレッジ・コスモスの元メンバー。就職のため、グループから卒業した。 東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科卒業。長野県屋代高等学校在学中、第34回全国高等学校クイズ選手権ベスト6。 特技はナレーション、スキー、趣味はビール研究、競技クイズ
宮澤 有紀(みやざわ ゆき、1990年8月29日 - )は、… 宮澤 有紀(みやざわ ゆき、1990年8月29日 - )は、長野県飯山市出身・千曲市育ちの元陸上競技選手。現在は医師。専門は短距離走。100mの自己ベストは元北信越学生記録の11秒56。2015年北京世界選手権女子4×100mリレーの日本代表候補。 長野県飯山市に生まれ、同県千曲市で育った。血液型はA型。家族に陸上経験者はいない。 小学4年生の時に100mで県1位になり本格的に陸上競技を開始するも、その後は伸び悩んだ。そのため、千曲市立更埴西中学校に進学後は違うスポーツをやるつもりだったが、父に競技続行を促されると、無理やり出場させられた4月の大会で自己ベストを連発し、中学でも陸上を続けることを決めた。
上倉万奈(かみくら まな、1984年4月16日 - )は、日… 上倉万奈(かみくら まな、1984年4月16日 - )は、日本を拠点に活動するモデル。 現在は、小宮山知紗(こみやま ちさ)名義で、フリーアナウンサーとして活動している。
五十嵐 竜馬(いがらし りょうま、1982年6月7日 - )… 五十嵐 竜馬(いがらし りょうま、1982年6月7日 - )は、読売テレビの報道局記者で元アナウンサー。 長野県長野市出身。長野県屋代高等学校、東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科卒業後、2005年入社。同期は本野大輔。 2009年12月に、関西テレビの男性アナウンサーユニット「KT☆BOYS」(吉原功兼・堀田篤・川島壮雄・坂元龍斗)に対抗するため、本野・山本隆弥・立田恭三と共に「ytv まだまだボーイズ」を結成。 2009年12月20日に結婚。 2010年1月28日、「ウェークアップ!ぷらす」の企画で、同僚かつ共演者の虎谷温子と共に2月28日開催の東京マラソン2010に挑戦。本番では雨天の中、なんとか制限時間内に完走したが、タイムは6時間16分28秒で、虎谷より約1時間遅れてのゴールだった。
前田 理(まえだ さとし、1979年 - )は、日本の化学者… 前田 理(まえだ さとし、1979年 - )は、日本の化学者。 北海道大学大学院理学研究院 教授。専門は理論化学、計算化学。長野県出身。
宮下 洋一(みやした よういち、1976年 - )は、日本の… 宮下 洋一(みやした よういち、1976年 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。フランス・パリ在住。 長野県生まれ。長野県屋代高等学校卒業後、18歳でアメリカ合衆国に渡り、ウエスト・ヴァージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。スペインの全国紙「エル・ペリオディコ・デ・カタルーニャ」で記者経験を経てから、フリーのジャーナリストとなる。 フランス語、スペイン語、英語、ポルトガル語、カタラン語を話す。フランスやスペインを拠点としながら世界各地を取材。2015年『卵子探しています:世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』で第21回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
轟 貴弘(とどろき たかひろ、1971年 - )は、日本の空… 轟 貴弘(とどろき たかひろ、1971年 - )は、日本の空間デザイナー、実業家である。 1971年、長野県生まれ。中央大学法学部法律学科を卒業。在学中は音楽活動に関心を持ち、休学して北米へ渡航した。カナダ、アメリカ、メキシコなどを巡り、シカゴやニューオーリンズを拠点に路上演奏を行いながら生活していた。 滞在中、テキサス州の国立公園でレンジャーのアルバイトに従事した際、同僚と訪れたアリゾナ州の砂漠地帯にある洞窟を利用したバーの空間をきっかけに、空間デザインの分野へ進むことを志すようになったとされる。 帰国後はインテリアデザイン会社に勤務し、その後独立。2000年にE/g SPACE LABOを設立し、2004年に株式会社engineを設立した。
小川 修一(おがわ しゅういち、1967年〈昭和42年〉11… 小川 修一(おがわ しゅういち、1967年〈昭和42年〉11月15日 - )は、日本の政治家、行政書士。長野県千曲市長(2期)。 長野県更埴市(現・千曲市屋代)出身。更埴市立屋代小学校、更埴市立屋代中学校、長野県屋代高等学校、明治大学法学部卒業。 2011年(平成23年)、長野県議会議員選挙に無所属で立候補するも落選。 2012年(平成24年)7月の千曲市議会議員選挙に立候補し初当選した。2015年(平成27年)の長野県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2019年(平成31年)の県議選は自民党公認の新人の竹内正美、社民党推薦の現職の荒井武志らとの戦いとなるが、次点で落選。 2020年(令和2年)10月25日に行われた千曲市長選挙に立候補。
宮澤 康一(みやざわ こういち、1967年〈昭和42年〉2月… 宮澤 康一(みやざわ こういち、1967年〈昭和42年〉2月4日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 長野県上田市生まれ。その後、飯田市や長野市で育ち、長野県屋代高等学校を経て、1990年(平成2年)、京都大学法学部を卒業。同年運輸省に入省。入省後、国土交通省総合政策局環境・海洋課地球環境対策室長、同局環境政策課地球環境政策室長、内閣官房内閣総務官室企画官、航空局航空ネットワーク部航空ネットワーク企画課長、鉄道局総務課長、航空局総務課長、海上保安庁総務部長などを歴任。 2021年(令和3年)7月1日、国土交通省大臣官房総括審議官に就任。 2022年(令和4年)6月28日、国土交通省大臣官房危機管理・運輸安全政策審議官に就任。
伊東 秀一(いとう しゅういち、1965年12月11日 - … 伊東 秀一(いとう しゅういち、1965年12月11日 - )は、テレビ信州のアナウンサー兼解説委員。信州大学全学教育機構講師(寄付講座担当)。 長野県長野市出身。長野県屋代高等学校卒業。駒澤大学法学部法律学科を卒業後、1988年に岩手放送(現・IBC岩手放送)へ入社。テレビ・ラジオで活躍してきたが、1999年10月に地元のテレビ信州へ移籍した。29歳の時、ライフセーバー(日本ライフセービング協会公認)の資格を取得している。2013年3月には在職のまま、京都造形芸術大学大学院芸術環境研究領域修士課程修了(芸術修士)。2008年から信州大学全学教育機構講師。2012年から2013年まで同大学人文学部非常勤講師をつとめる。
小林 洋司(こばやし ようじ、1961年〈昭和36年〉5月1… 小林 洋司(こばやし ようじ、1961年〈昭和36年〉5月10日 - )は、日本の労働・厚生労働官僚。中央職業能力開発協会理事長。 厚生労働審議官、厚生労働省人材開発統括官、同職業安定局長、同雇用環境・均等局長などを歴任した。 長野県出身。長野県屋代高等学校を経て、1986年(昭和61年)3月、一橋大学法学部を卒業。 1985年(昭和60年)10月、 国家公務員採用1種試験(法律)に合格し、翌年4月、労働省に入省。職業安定局高齢者対策部企画課に配属。 職業安定局外国人雇用対策課課長補佐、同局雇用保険課課長補佐、同局雇用政策課課長補佐、同局総務課課長補佐、厚生労働省大臣官房総務課国会連絡室長、職業能力開発局能力評価課長、労働基準局勤労者生活部企画課長、同局労災補償部労災管理課長、職業安定局総務課長、厚生労働省大臣官房総務課長、厚生労働省大臣官房審議官(職業安定担当)などを歴任。
櫻田 大造(さくらだ だいぞう、1961年2月 - )は、日… 櫻田 大造(さくらだ だいぞう、1961年2月 - )は、日本の政治学者。専門は、国際関係論、カナダ外交(特に戦後のカナダ・アメリカ関係)。 1961年長野県長野市篠ノ井生まれ。1976年長野市立篠ノ井西中学校卒業。1979年長野県屋代高等学校卒業。1983年シアトル大学教養学部政治学科卒業。1984年上智大学外国語学部英語学科卒業。1988年トロント大学大学院政治学研究科修士課程修了。信州短期大学専任講師、徳島大学総合科学部講師・助教授を経て、現在、関西学院大学国際学部国際学科教授(2009年度までは法学部教授)。博士(国際公共政策)(大阪大学・2000年)(学位論文:「カナダ外交政策論の研究-トルドー期を中心に-」)。
宮本 真司(みやもと しんじ、1960年〈昭和35年〉10月… 宮本 真司(みやもと しんじ、1960年〈昭和35年〉10月11日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 長野県出身。長野県屋代高等学校を経て、1984年(昭和59年)3月、一橋大学法学部を卒業し、同年4月、厚生省に入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 入省後、労働基準局勤労者生活部勤労者生活課長、関東信越厚生局総務管理官、厚生労働省大臣官房参事官(資金運用担当)、社会保険庁総務部サービス推進課長、同庁総務部経理課長、年金局事業企画課長、社会・援護局地域福祉課長、医薬食品局総務課長、東北厚生局長などを歴任。医薬食品局総務課長在任時には医薬品医療機器等法や再生医療新法の仕組み作りに携わった。 また、途中、日本年金機構やヤクルト本社に出向し、環境庁長官官房総務課課長補佐、同庁自然保護局野生生物課課長補佐、香川県民生部高齢者対策室主幹、年金福祉事業団資金運用事業部運用管理課長、年金資金運用基金運用部運用管理課長、文部科学省スポーツ・青少年局参事官、ヤクルト本社広報室CSR・環境推進室副参事、日本年金機構理事などを務めた。
沓掛 英二(くつかけ えいじ、1960年9月12日 - )は… 沓掛 英二(くつかけ えいじ、1960年9月12日 - )は、日本の実業家。野村不動産ホールディングス会長、不動産協会副理事長。 長野県長野市出身。長野県屋代高等学校を経て、1984年に明治大学政治経済学部卒業。同年野村證券入社。新宿野村ビル支店支店長、京都支店支店長などを経て、執行役員、常務執行役員等を歴任。2012年、同社代表執行役副社長に就任。2014年より野村不動産ホールディングスに転じ、取締役副社長執行役員を経て、2015年に代表取締役社長に就任。不動産協会副理事長も兼務した。2023年不動産協会顧問。
赤塩 正樹(あかしお まさき、1957年4月27日 - )は… 赤塩 正樹(あかしお まさき、1957年4月27日 - )は、日本のフォーク系ポップデュオH2Oでボーカル、ギター、ピアノ担当。シンガーソングライター、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。明治大学経営学部、ニューヨーク大学大学院卒。英語通訳案内士、語学コンサルタント。甥の妻は小説家の辻村深月。 他、PARACHUTE「Lady Raccoon、吉川忠英「土曜日の夜と月曜の朝」など
原田 昌樹(はらだ まさき、1955年3月9日 - 2008… 原田 昌樹(はらだ まさき、1955年3月9日 - 2008年2月28日)は、日本の映画監督。長野県出身。長野県屋代高等学校卒業。血液型はA型。 趣味は競馬。主に特撮テレビ番組やオリジナルビデオ作品の演出を手がけた。 同期は『半落ち』の佐々部清、『樹の海』の瀧本智行等。 小学生時代に一時住んでいた松本市で映画のロケ隊を見て映画製作に興味を抱いた。学生時代にはアルバイトとして映画の制作現場に入るようになり、教育映画の現場でついていた助監督の誘いで『宇宙鉄人キョーダイン』(1976年)のサード助監督として本格的に制作に携わる。 助監督時代には東映、大映、三船プロダクション、フィルムリンク・インターナショナル等を渡り歩いた(この時期は長石多可男や蓑輪雅夫といった助監督の下で現場に従事)。
柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月23日 - )は… 柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月23日 - )は、日本の柔道家。長野県篠ノ井町(現・長野市篠ノ井)生まれ。 永年に渡り女子柔道の指導者として活躍し、実力も知名度も無かった日本の女子柔道界の道を1980年代以降に切り拓いたパイオニアとして知られている。三井住友海上火災保険女子柔道部を立ち上げ、監督としてアトランタオリンピックで恵本裕子を女子柔道初の金メダリストにした功績は大きい。 段位は講道館8段で、同評議員も務めている。 長野県屋代高校時代に本格的に柔道を始めて、3年生の時に軽量級の県王者となった。上京して東京教育大学体育学部武道学科に進学し、得意技の背負投を武器に同大では3年生から団体戦のレギュラーにもなって全日本学生優勝大会等の主要大会に出場したほか、個人戦では3年生で東京学生選手権70kg級で3位、主将となった4年次には準優勝を果たしている。
柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月 - )は長野県… 柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月 - )は長野県出身の柔道家。女子柔道の指導者として知られている。八段。(財)講道館評議員。
小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、… 小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、日本の文部官僚。財団法人好仁会理事長。 長野県屋代高等学校を卒業し、1968年に国家公務員試験・初級(高校卒業程度)に合格。東京大学に就職。1972年に文部省に転勤し、大学学術局、大学局、高等教育局で業務に係員として携わる。その後、広島大学庶務部長、筑波大学学生部長、国立日高少年自然の家所長、総合研究大学院大学事務局長を経て、国立高等専門学校機構事務局長を最後に文部科学省を退職。2005年4月より財団法人好仁会理事長。
矢羽 勝幸(やば かつゆき、1945年3月25日 - )は、… 矢羽 勝幸(やば かつゆき、1945年3月25日 - )は、日本の俳文学者。専門は近世中期・後期の俳諧、特に小林一茶、加舎白雄の研究で知られる。小林一茶研究の第一人者である。二松学舎大学文学部客員教授。俳文学会常任委員。 長野県小県郡県村西海野(現・東御市)生まれ。長野県屋代高等学校を経て、1969年、國學院大學文学部日本文学科卒業。1980年、『一茶全集』(共編・信濃毎日新聞社)により文部大臣賞、毎日出版文化賞受賞。長野県内各地の高校教諭を務めたのち、1985年、国立長野高専専任講師(のち助教授)、1988年、上田女子短期大学助教授(のち教授)、1992年、二松学舎大学文学部助教授、1994年、同教授。
野澤 正平(のざわ しょうへい、1938年(昭和13年)4月… 野澤 正平(のざわ しょうへい、1938年(昭和13年)4月3日 - )は、日本の実業家。1997年(平成9年)に廃業した山一證券の最後の社長として知られる。 長野県出身。長野県屋代東高等学校を経て、法政大学経済学部卒業後、山一證券に入社。 1997年(平成9年)7月に山一證券の社長に就任したが、その僅か4ヵ月後の同年11月に廃業に追い込まれた。その記者会見の席で「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」と号泣する野澤の姿は繰り返し報じられた。 山一證券の清算後には日産センチュリー証券社長およびユニコムグループホールディングス取締役副会長を歴任。その後は営業や経営の経験に基づき山一證券出身の企業家等の指導・教育をしているほか、ピーアールコンビナート株式会社が主催する「評判づくり研究会」の運営顧問およびブレーン(マーケティング分野担当)を務めている。
飯島 彰(いいじま あきら、1934年7月26日 - 200… 飯島 彰(いいじま あきら、1934年7月26日 - 2001年1月28日)は日本の実業家。トヨタ車体社長・会長を歴任した。 長野県千曲市出身。長野県屋代東高等学校、信州大学工学部卒業。トヨタ車体代表取締役社長を経て、2000年より同社会長。2001年、肝不全のため死去。
中村 喜和(なかむら よしかず、1933年1月16日 - )… 中村 喜和(なかむら よしかず、1933年1月16日 - )は、日本の文学研究者。専門はロシア中世文学、ロシア文化史、日ロ文化交流史。一橋大学名誉教授。金子幸彦門下。
瀬在 幸安(せざい ゆきやす、1930年〈昭和5年〉4月7日… 瀬在 幸安(せざい ゆきやす、1930年〈昭和5年〉4月7日 - 2025年〈令和7年〉2月15日)は、日本の医学者。位階勲等は従三位瑞宝大綬章。専門は心臓外科学。第10代日本大学総長。日本で初めて心筋梗塞の冠動脈バイパス手術を成功させ、その手術は人工心肺を用いないオフポンプで行われた。アジア初の冠動脈バイパス手術でもあり、心臓外科の国際的権威として知られる。また、補助人工心臓に関しても、日本初の臨床的応用・離脱に成功している。冠動脈バイパス術および補助人工心臓分野での離脱において、日本およびアジア・ヨーロッパ地域で最初に成功され、20世紀を代表する手術として『世界外科学史』に記載されている。医学界のみならず、教育界、外交・国際的権威との交流などさまざまな分野において活躍した。
北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学… 北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学者、技術史研究家、赤十字史研究家。専攻は産業考古学。 1930年、長野県に生まれる。 旧制・長野県立屋代中学(現・屋代高校)を経て、1951年、東京工業専門学校(現・千葉大学工学部)機械科卒業。1958年以来、長野県の高校に勤務、池田工業高校長を経て岩村田高校長を最後に1991年3月末退職。長年の研究と著述を継続、技術史研究家、赤十字史研究家。2018年、瑞宝小綬章を受章。 拾ヶ堰、和時計、ガラ紡機、電気製鋼、水力発電など、安曇野地域の近代化遺産について取材・調査を行い、江戸時代から明治、大正、昭和時代(敗戦まで)の技術文化への研究を通して、日本全体の技術史を研究している。
南澤 道人(みなみさわ どうにん、1927年(昭和2年)9月… 南澤 道人(みなみさわ どうにん、1927年(昭和2年)9月14日 - )は、日本の僧侶。曹洞宗管長。永平寺第80世貫首。駒澤大学卒業。道号法諱・祖苗道人 長野県更級郡桑原村(現在の千曲市大字桑原)の龍洞院という寺の長男として生まれる。長野県屋代中学校(旧制中学)を経て、1945年に海軍兵学校、1948年に駒澤大学専門部仏教科卒業。1949年、大本山永平寺僧堂に安居。 2003年まで長野県龍洞院住職。その間、1982年に大本山永平寺の副寺(ふうす)、副監院、監院、並びに道元禅師七百五十回大遠忌奉修の総監を務める。札幌中央寺住職。 2008年より大本山永平寺副貫首。2020年9月29日、永平寺貫首に就任。
中條 高德(なかじょう たかのり、1927年5月3日 - 2… 中條 高德(なかじょう たかのり、1927年5月3日 - 2014年12月24日)は、日本の実業家。アサヒビール株式会社名誉顧問。 1927年5月3日、長野県埴科郡森村(現・千曲市)に生まれる。屋代中学(現・長野県屋代高等学校)卒業後、帝国陸軍の現役兵科将校を目指し、陸軍予科士官学校に第60期生として入校しさらに本科(陸軍士官学校)に進むが、第二次世界大戦敗戦により陸士は閉校となる(最終階級は士官候補生たる陸軍兵長)[要出典]。 戦後は旧制松本高等学校文科乙類(現・信州大学)に進み、1952年3月に学習院大学文政学部政治学科を卒業。同年4月、アサヒビール入社。東京支店長、取締役、大阪支店長を経て1982年には常務取締役営業本部長として「アサヒスーパードライ」作戦を実行し、1988年に代表取締役副社長。
瀬在 良男(せざい よしお、1926年(大正15年)2月20… 瀬在 良男(せざい よしお、1926年(大正15年)2月20日 - 2001年(平成13年)4月15日)は、日本の哲学研究者。日本大学第9代総長。 長野県埴科郡五加村内川(現千曲市)に医師の次男として生まれる。医学者で第10代日本大学総長の瀬在幸安は実弟。 旧制屋代中学(長野県屋代高等学校)を経て、1950年(昭和25年)日本大学法文学部文学科を卒業、母校専任講師となる。1958年(昭和33年)に日本大学助教授となる。1964年(昭和39年)から翌年の昭和40年度まで南カリフォルニア大学に留学し、大学院哲学専攻博士課程修了。帰国後、1967年(昭和42年)日本大学文理学部の教授となり、1975年(昭和50年)に文学博士(日本大学)。
柳沢 勲(やなぎさわ いさお、1917年5月26日 - 20… 柳沢 勲(やなぎさわ いさお、1917年5月26日 - 2003年12月21日)は、日本の政治家。長野県篠ノ井市長。長野県議会議員(8期、自由民主党)。 長野県更級郡栄村(現長野市)出身、旧制屋代中学を経て、昭和13年(1938年)中央大学専門部法科中途退学。同23年(1948年)篠ノ井町役場収入役、同29年(1954年)助役、同33年(1958年)町長を歴任し、同34年(1959年)市制施行に伴い篠ノ井市長となる。 在任中は長野市等との2市6町村合併を推進し、昭和41年(1966年)退任、翌年(1967年)から長野県議会議員(自由民主党)、同63年(1988年)議長。平成11年(1999年)政界を引退した。
宮入 庄太(みやいり しょうた、1917年 <大正6年> 4… 宮入 庄太(みやいり しょうた、1917年 <大正6年> 4月25日 - 1999年 <平成11年> 2月19日)は、日本の電気工学者。東京工業大学名誉教授。元東京電機大学総合研究所長。元電気学会会長。位階は正四位。 長野県埴科郡戸倉村(現千曲市)生まれ。旧制屋代中学(長野県屋代高等学校)を経て、1945年東京工業大学電気工学科卒業。1957年工学博士。信州大学助教授、東京工業大学助教授を経て、1960年東京工業大学教授。1966年電気学術振興賞著作賞受賞。1978年東京工業大学定年退官、東京工業大学名誉教授。1981年電気学会会長。1982年東京電機大学総合研究所長。1984年東京電機大学工学部長。
稲玉 貞雄(いなだま さだお、1914年(大正3年)6月23… 稲玉 貞雄(いなだま さだお、1914年(大正3年)6月23日 - 1989年(平成元年)4月17日)は、昭和時代の政治家。長野県更埴市長。位階は正六位。勲四等瑞宝章。 長野県埴科郡森村(現・千曲市)生まれ。1932年(昭和7年)長野県屋代中学校卒業。 南満洲鉄道教習所から満鉄に入り、旅順駅助役となる。引き揚げ後の1947年(昭和22年)森村役場に入り。1959年(昭和34年)更埴市土木課長、1963年(昭和38年)総務課長、1967年(昭和42年)収入役、1974年(昭和49年)助役を経て、1978年(昭和53年)更埴市長に当選。1989年(平成元年)病気により引退した。この間、時代の変化に対応した行政改革を行った。
神林 正教(かんばやし まさのり、1911年1月13日 - … 神林 正教(かんばやし まさのり、1911年1月13日 - 1996年7月22日)は、日本の経営者。長野県埴科郡松代町(長野市)出身。 旧制屋代中学(長野県屋代高等学校)を経て、1935年に東京商科大学を卒業し、同年に日綿実業に入社。 1961年6月に取締役に就任し、常務などを経て、1966年に社長に就任した。1977年に会長に就任し、1983年から相談役に就任した。 日本繊維製品輸出組合理事長、日本繊維製品貿易協会理事長、大阪貿易協会会長などを歴任した。 1969年に産業功労賞を受賞し、1970年に藍綬褒章を受章し、1981年に勲二等瑞宝章を受章した。 1996年7月22日脳梗塞のために死去。
大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - … 大島 博光(おおしま ひろみつ、1910年11月18日 - 2006年1月9日)は、日本の詩人、翻訳家である。
小林 澈郎 は、日本の物理学者。専門は高エネルギー素粒子物理… 小林 澈郎 は、日本の物理学者。専門は高エネルギー素粒子物理学。東京都立大学名誉教授。第49期日本物理学会会長。理学博士。
関 武志 は、日本のコメディアン・タレント。ポール牧とともに… 関 武志 は、日本のコメディアン・タレント。ポール牧とともにコント・ラッキー7を結成し、人気を博した。
中山 峰治 は日本の言語学者、教育者。米国コネチカット大学博… 中山 峰治 は日本の言語学者、教育者。米国コネチカット大学博士(Doctor of Philosophy)。オハイオ州立大学 教養学部 東アジア言語文学科教授。
峯村 敏明 は、日本の美術評論家、多摩美術大学名誉教授。
若林 志穂 は、日本の元女優、元アイドル歌手。東京都新宿区出… 若林 志穂 は、日本の元女優、元アイドル歌手。東京都新宿区出身。デビュー当時は市川晃一事務所、その後太田プロダクションやサンミュージックブレーンに所属した。
笠井 裕之(かさい ひろゆき)は、日本のフランス文学者、慶應… 笠井 裕之(かさい ひろゆき)は、日本のフランス文学者、慶應義塾大学法学部教授。 文学青年で、長野県屋代高等学校時代は文学部への入学を希望していたが、親戚から「文学をやって何になるんだ」と言われ、「つぶしのきく」法学部に入学。しかし政治の勉強には身が入らず、憂鬱な毎日を送っていた。そこで、履修していた一般教養科目のフランス文学の担当だった朝吹三吉に相談したところ、文学部への学士入学を勧められた。そして法学部卒業後、学士入学を果たし、フランス文学者の道を歩むこととなった。 ちなみに朝吹三吉の息子の朝吹亮二もフランス文学者であり、同じく慶應義塾大学法学部でフランス語を教えている。 専門分野はジャン・コクトーであり、いくつかの論文や共著の書籍を残している。
宮坂 祐介(みやさか ゆうすけ )は、日本の国土交通官僚・外… 宮坂 祐介(みやさか ゆうすけ )は、日本の国土交通官僚・外交官。内閣官房内閣審議官、内閣府政策統括官等を経て、バルバドス駐箚特命全権大使。 長野県出身。1986年長野県屋代高等学校卒業。1990年東北大学法学部卒業、建設省入省。 建設省建設経済局建設振興課課長補佐、国土交通省土地・建設産業局不動産市場整備課不動産投資市場整備室長等を経て、2014年内閣府参事官(防災計画担当)(政策統括官(防災担当)付)、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、内閣官房国土強靭化推進室参事官。2015年国土交通省大臣官房付。2016年国土交通省土地・建設産業局国際課長。2019年国土交通省都市局総務課長。 国土交通省総合政策局海外プロジェクト推進課長を経て、2020年退官、首都高速道路経営企画部長。
中村 浩志 は、日本の鳥類学者、信州大学名誉教授。一般財団法… 中村 浩志 は、日本の鳥類学者、信州大学名誉教授。一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事。専門はカッコウやライチョウの生態研究。学位は理学博士(1981年、京都大学)。