柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月23日 - )は、日本の柔道家。長野県篠ノ井町(現・長野市篠ノ井)生まれ。 永年に渡り女子柔道の指導者として活躍し、実力も知名度も無かった日本の女子柔道界の道を1980年代以降に切り拓いたパイオニアとして知られている。三井住友海上火災保険女子柔道部を立ち上げ、監督としてアトランタオリンピックで恵本裕子を女子柔道初の金メダリストにした功績は大きい。 段位は講道館8段で、同評議員も務めている。 長野県屋代高校時代に本格的に柔道を始めて、3年生の時に軽量級の県王者となった。上京して東京教育大学体育学部武道学科に進学し、得意技の背負投を武器に同大では3年生から団体戦のレギュラーにもなって全日本学生優勝大会等の主要大会に出場したほか、個人戦では3年生で東京学生選手権70kg級で3位、主将となった4年次には準優勝を果たしている。
出典:ウィキペディア「柳澤久」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
