スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
本間 香(ほんま きょう、2006年9月12日 ‐ )は、山… 本間 香(ほんま きょう、2006年9月12日 ‐ )は、山形県天童市出身の女子陸上競技(長距離走)選手。天童市立第一中学校、山形中央高校卒、現在は城西大学に所属。 天童一中時代は、中学3年時に2021年7月の山形県中学校総合体育大会の女子2・3年1500mにおいて3位(4:48.37)、2021年11月の山形県長距離記録会では女子3000mで10:08.82と、県内では強豪であったものの、全国クラスの選手ではなかった。 山形中央高校時代は、高校2年時は山形県高校総体女子1500mで4分25秒28で2位。高校3年時は、インターハイ女子1500mは予選で4分23秒55の組5位で予選落ち。第43回全国都道府県対抗女子駅伝の第1区(6km)を走り区間32位(20分11秒)。
武田 陸玖(たけだ りく、2005年6月6日 - )は、山形… 武田 陸玖(たけだ りく、2005年6月6日 - )は、山形県天童市出身のプロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 天童市立成生小学校で1年生の時に成生ファイヤードラゴンズで野球を始め、6年時には東北楽天ゴールデンイーグルスジュニアでプレーした。天童市立第四中学校では軟式野球部に所属していた。 山形県立山形中央高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年秋からエースを務め、投手の他に一塁手や外野手を務める二刀流として活躍した。2年夏の山形大会は決勝で鶴岡東に2-3で、3年夏の山形大会でも決勝に進出したが、日大山形に4-6でいずれも敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。
菊池 優希(きくち ゆうき、2003年4月20日 - )は、… 菊池 優希(きくち ゆうき、2003年4月20日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンの日本製鉄釜石シーウェイブスに所属しているラグビーユニオン選手。 小学3年生からラグビーを始めた。 2022年、山形中央高校卒業後、明治大学に入学。なお山形中央高校時代、3大会連続花園出場。 大学3年生まで対抗戦及び大学選手権出場はなかったが大学4年生の時に明大ラグビー部のレギュラーになって、第62回大学選手権決勝戦にも先発出場で7年振りの大学選手権優勝に貢献。 2026年、アーリーエントリーで日本製鉄釜石シーウェイブスに加入。 第99回全国高校ラグビー大会1回戦報徳学園戦で162失点負け経験するも、次年度大会1回戦勝利できたのは大きな自信につながったと語っている。
島村 きらら(しまむら きらら、2002年12月2日 - )… 島村 きらら(しまむら きらら、2002年12月2日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。WリーグのSMBC東京ソルーア所属。 山形中央高校1年時からスターターに名を連ね、インターハイ、ウインターカップに出場する。 3年時のウィンターカップで歴代得点ランキング3位の、1試合51得点を記録。 U18、U19日本代表候補。 東京医療保健大学進学後はインカレ優勝を経験。 4年時のインカレは準優勝、MIP賞受賞。 2025年4月SMBC東京ソルーアに加入。 山形中央高校 - 東京医療保健大学 - SMBC TOKYO SOLUA
小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001… 小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001年12月19日 - )は、日本のスピードスケート選手。 北海道斜里郡小清水町出身。小清水町立小清水小学校、小清水町立小清水中学校を経て山形県立山形中央高等学校卒業。 姉と兄がやっていたスケートを見に行って、自身も自然にスケートと接しているうちに滑るようになったという。 小学校6年の時に北海道網走郡美幌町で行われた地域大会で優勝した記録を持つ。 2015年に中学校へ進んだ後、2017年1月の全国中学生スケート選手権大会スピードスケート女子1,000mと3,000mの双方で優勝し、中学二冠王となった。 2017年4月にスケートの名門校たる山形県立山形中央高等学校に越境進学。
村上 舜(むらかみ しゅん、2001年11月1日 - )は、… 村上 舜(むらかみ しゅん、2001年11月1日 - )は、山形県米沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 小学生から「米沢東部スポーツ少年団」で軟式野球を始め、米沢市立第五中学校では同校の軟式野球部に所属する。 高校は山形市の山形県立山形中央高等学校に進学。1年生の夏から先発投手を任される。甲子園出場経験は無いが、1年生の夏と3年生の夏に県大会決勝に進出する。3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権山形大会決勝戦、対鶴岡東高等学校戦において、5回途中からリリーフ登板するが11対7で敗れた。高校の2学年先輩に大泉周也、1学年先輩に佐藤智輝がいた。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト7巡目で指名され、11月13日、山形市内にて入団交渉を行い、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日、福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - )… 四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - ) は、山形県長井市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。山形中央高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科卒業。ロジスティード陸上競技部所属。 陸上競技を始めたのは、兄と姉の影響で小2からマラソン大会に出始めて、小5で初優勝して楽しかったから。 長井市立長井南中学校、山形中央高から順天堂大学に進み、大学3年時に関東インカレ1部ハーフマラソン日本人トップ(4位)および第98回箱根駅伝5区区間5位、大学4年時に全日本大学駅伝8区区間3位、第99回箱根駅伝5区区間2位(区間新)など主にロードで活躍した。順大の1学年先輩には、東京世界陸上マラソン11位の近藤亮太(三菱重工長崎)がいて、四釜の2年時には寮で同部屋だった。
森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17… 森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。専修大学卒業。2022年北京オリンピック500mの銅メダリスト。2023年4月からは北海道帯広市に本社を置く株式会社オカモトに入社。所属は「オカモトグループ」。 北海道野付郡別海町出身。実家は酪農牧場で12人家族、8人兄弟の末子である。別海町立上風連中学校、山形中央高等学校を経て専修大学に入学しスピードスケート部に所属。同じく2022年北京オリンピックの男子500mに出場した新濱立也とは、少年時代に同じスケートチームである「別海スケート少年団白鳥」に所属していたという共通点がある。 2018年の全国高校選抜で男子500m、男子1000mの2冠を達成 2020年の世界ジュニア選手権男子500mで3位となる 2021年の全日本スピードスケート距離別選手権大会男子500mで優勝。
佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山… 佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山形県寒河江市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 寒河江市立南部小学校では小学校4年生時に寒南ガッツで野球を始め、寒河江市立陵南中学校では軟式野球部に所属。 山形中央高校進学後、1年夏からベンチ入りし、2年夏には主力投手として活躍。山形県大会決勝まで進んだが、日大山形高校に敗れ、甲子園には届かなかった。3年夏は山形県大会3回戦で新庄北高校に敗れた。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、東北楽天ゴールデンイーグルスから5位指名を受け、契約金3000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は61。 2019年は、イースタン・リーグで2試合に登板し、0勝0敗、防御率0.00を記録した。
大泉 周也(おおいずみ しゅうや、1999年9月16日 - … 大泉 周也(おおいずみ しゅうや、1999年9月16日 - )は、山形県山形市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 山形市立金井小学校で1年生の時に山形リトルで野球を始める。山形市立金井中学校在学時は硬式野球のクラブチームである山形シニアでプレーしていた。 山形県立山形中央高等学校に進学し、1年春から公式戦に出場した。2年夏、3年夏に山形大会決勝に進出し本塁打を放ったが、チームはいずれも敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算53本塁打。 高校卒業後は日本製鉄鹿島へ入社。3年間在籍したが目立った実績はなく、2020年オフに勇退した。 その後、2021年春にベースボール・チャレンジ・リーグの福島レッドホープスへ入団した。
青木 陸(あおき りく、1997年11月11日 - )は、山… 青木 陸(あおき りく、1997年11月11日 - )は、山形県天童市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 小学校4年生の時に成生ファイヤードラゴンズにて野球を始め、中学時代にはボーイズリーグに所属する仙台ボーイズに所属した。 山形中央高校進学後、1年生春期からベンチ入りを果たし、秋から三塁手としてレギュラーとなった。2年生の夏には第96回全国高等学校野球選手権大会に出場、チームは3回戦まで進出し、青木は本塁打も記録した。秋には捕手に転向、3年生の夏は山形大会準決勝で敗退し連続の出場はならなかったが、高校通算46本の本塁打を記録した。 2015年10月22日に行われたドラフト会議で広島東洋カープから内野手として7位指名を受け、11月5日に契約金2000万円、年俸420万円で合意、12月7日入団した。
住石 加寿己(すみいし かずき、1997年5月12日 - )… 住石 加寿己(すみいし かずき、1997年5月12日 - )は、山形県出身のサッカー選手。ポジションはDF。 山形県立山形中央高等学校卒業後、いわきFCに加入し選手となった。しかし、ドイツリーグ挑戦のため、1シーズンで退団した。2017年にSCフェルベルトに移籍。その後、SGアイントラハト・メンディヒ・ベルに在籍した。 2018年にアルビレックス新潟シンガポールに移籍。1年で退団した。 2020年に横浜猛蹴フットボールクラブに加入。
石川 直也(いしかわ なおや、1996年7月11日 - )は… 石川 直也(いしかわ なおや、1996年7月11日 - )は、山形県東田川郡余目町(現:庄内町)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 余目第二小学校3年生から「余目スポーツ少年団」で野球を始め、余目中学校の軟式野球部では投手としてプレーし、東北大会に出場経験がある。 山形中央高校では1年生の秋にベンチ入りすると、2年時には春の選抜大会へ出場。大会直前の練習試合で右目下を負傷し、3日間の入院で体重が3kg減り、本調子には遠かったが、初戦の岩国商業戦の9回に登板してリードを守り、春夏通じて3度目の甲子園で同校に初勝利をもたらした。続く浦和学院戦でも登板したが、チームは1-11で3回戦敗退。
渡部 峻(わたなべ しゅん、1996年4月15日 - )は、… 渡部 峻(わたなべ しゅん、1996年4月15日 - )は、TBSテレビのアナウンサー。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校、法政大学経営学部卒業。高校時代は、サッカー部に所属しており、在学中に全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会や全国高等学校サッカー選手権大会へ出場したが、自身はレギュラーの座を掴めなかった。2019年4月、アナウンサーとしてTBSテレビに入社。同期入社のアナウンサーは近藤夏子・篠原梨菜・若林有子で、8月30日には、『ジェーン・スー 生活は踊る』(TBSラジオ)で4人揃っての「初鳴き」(番組デビュー)を果たした。その後は、テレビの報道・情報系番組を中心に担当。前述した高校時代の経歴を背景に、『スーパーサッカー』(単独番組時代の最終盤)のサブキャスターや、週末の夕方にテレビで全国ネット向けに放送される報道番組(『報道特集』や『Nスタ』日曜版)のスポーツキャスターも務めた。
一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 -… 一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 - )は、北海道網走郡美幌町出身のスピードスケート選手。ANA社員アスリート。 父の指導でスケートを始め、中学卒業までは北海道の美幌町で過ごす。山形県の山形県立山形中央高等学校を経て、長野県の信州大学教育学部に進学。大学4年の時にナショナルチームに入り、チームパシュートに一員として練習しながら重ね、2018年平昌オリンピック日本代表になった。 2020年3月の世界オールラウンド選手権で総合3位となり、日本の男子が表彰台の立つのは、1997年の2位になった白幡圭史以来、23年ぶりとなった。 2022年北京オリンピックのスピードスケート競技では、男子5000mに出場し6分19秒81で12位だった。
ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shan… ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shane Williamson、1995年4月28日 - )は、北海道浦河町出身のスピードスケート選手。山形県の山形中央高等学校へ進学し、ソチオリンピックの日本代表に選ばれた。現在は日本電産サンキョーに所属、長野県に在住。2016年の高校総体のパシュートで2位となったウィリアムソンレミは妹。 姓について、選手登録していた名前は「ウィリアムソン」と、小さいイを用いた表記だが、戸籍上は「ウイリアムソン」である。また、2017年10月、選手登録の名前も、戸籍に合わせて「ウイリアムソン」へ変更している。 オーストラリア出身の父と日本人の母の間に生まれる。
齋藤 友貴哉(さいとう ゆきや、1995年1月5日 - )は… 齋藤 友貴哉(さいとう ゆきや、1995年1月5日 - )は、山形県東根市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 苗字については、自身の希望で旧字体の齋藤を登録名に用いているが、報道などで「斎藤」と表記されることもある。 東根市立小田島小学校3年時に、軟式野球の「いなほスポーツ少年団」で野球を始める。東根市立第二中学校時代に、校内の軟式野球部と硬式クラブチーム「東根ヒーローズ」と兼部。 山形県立山形中央高等学校へ進学後、1年夏の全国高等学校野球選手権山形大会でベンチ入りを果たす。チームは大会を制したが、本大会ではベンチから外れた。1学年先輩の横山雄哉をはじめ、好投手がチームに揃っていたことから、在学中には目立った実績を残せなかった。
横山 雄哉(よこやま ゆうや、1994年2月21日 - )は… 横山 雄哉(よこやま ゆうや、1994年2月21日 - )は、山形県東村山郡中山町出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)。 中山町立長崎小学校2年時に軟式野球を始めると、同町立中山中学校時代に「中山ベースボールクラブ」へ所属。山形中央高校への進学後は、「菊池雄星2世」という評価を受けた。2年生の時には、エースとして、春夏連続で甲子園球場の全国大会に出場したが、いずれも初戦で敗退。春の第82回選抜高等学校野球大会では、日大三高との対戦で、18安打13得点の猛攻を受けた。在学中の1学年後輩に、齋藤友貴哉がいる。 高校3年時の秋にプロ志望届を提出したが、2011年のドラフト会議でどの球団からも指名されなかったため、卒業後に新日鐵住金鹿島へ入社した。
小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北… 小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北海道浦河郡浦河町出身のスピードスケート選手である。
鈴木 駿也(すずき しゅんや、1991年1月19日 - )は… 鈴木 駿也(すずき しゅんや、1991年1月19日 - )は、山形県天童市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 山形中央リトルシニア出身。天童市立第二中学校では栗原健太の後輩にあたる。東北選抜でも活躍した。 山形中央高に進学すると、1-2年夏には内野手(遊撃手)として県予選準決勝まで進んだが敗退。2年秋に投手へ転向。3年夏は県予選準々決勝で鶴岡東高に接戦の末敗退する。 2008年、同年のドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから7巡目で指名された。山形中央高の卒業生として初のプロ野球選手となった。なお、プロから指名されなかった場合は、社会人野球に進む予定だった。 2010年、7月に右肘の手術を受け復帰まで時間が必要となった。
鈴木 沙織(すずき さおり、1990年1月9日 - )は、山… 鈴木 沙織(すずき さおり、1990年1月9日 - )は、山形県長井市出身の元スキーハーフパイプ選手。城北信用金庫所属。 スキーを始めたのは3歳の頃、幼稚園児ながらひとりでスキー場に通う日々を送っていた。転機は小学校5年生、足しげくスキー場に通う鈴木の姿を見ていた地元のクラブチームから声をかけられ、アルペン競技の道を歩むこととなる。練習に練習を重ね、中学時代には全国大会に出場した。高校はスキーの強豪として知られる山形県立山形中央高等学校に進学。厳しい練習に耐えインターハイ優勝を目標に掲げるレベルにまで達していたが、予選1本目で1位を獲るも2本目で転倒、途中棄権となってしまう。大学からのスポーツ推薦の話もあったものの、ここで一度引退を決意する。
二関 ひとみ(にせき ひとみ、1988年9月13日 - )は… 二関 ひとみ(にせき ひとみ、1988年9月13日 - )は、山形県出身の日本のバスケットボール選手である。ポジションはセンター。 山形中央高校から2007年、日立ハイテクノロジーズに入社。2016年退団。
片桐 夏海(かたぎり なつみ、1988年7月6日 -)は山形… 片桐 夏海(かたぎり なつみ、1988年7月6日 -)は山形県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長は166cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は6歳の時に霞城スポーツ少年団で始めた。山形大学附属中学から山形中央高校を経て、2007年には新設された環太平洋大学に進学すると、柔道部の一期生となった。3年の時には都道府県対抗全日本女子柔道大会に岡山県チームの代表で出場して優勝に貢献した。学生体重別の63kg級決勝で仙台大学4年の田中美衣に敗れるも2位となった。4年の時には学生体重別の決勝で同じ大学の1年生である安松春香に敗れた。体重別団体では優勝した。 2011年には久慈東高校の教員になるが、僅か数ヶ月で辞職してコマツの所属になると、実業個人選手権では決勝で淑徳柔道クラブの見沼麻衣子に敗れた。
渡部 博文(わたなべ ひろふみ、1987年7月7日 - )は… 渡部 博文(わたなべ ひろふみ、1987年7月7日 - )は、日本の実業家。株式会社レノファ山口代表取締役社長、株式会社ESPORTES代表取締役社長。元プロサッカー選手で、サッカー選手としてのポジションはディフェンダー。山形県長井市出身。 本人曰く「5歳年上の姉が好きだった男の子がサッカーをしていたという理由で、小学校2年生の時に無理矢理やらされた」のがサッカーを始めたきっかけとのこと。元々は攻撃的なポジションだったが、山形中央高校サッカー部時代にボランチに、専修大学進学後にセンターバックへ転向。2008年、柏レイソルの特別指定選手に登録された が、出場機会はなかった。 2010年、柏へ正式加入。
田瀬 慎之介(たせ しんのすけ、1987年2月19日 - )… 田瀬 慎之介(たせ しんのすけ、1987年2月19日 - )は、日本のラグビー選手。 2005年、山形中央高校卒業後、関東学院大学に入る。 2009年、関東学院大学卒業後、キヤノン(現・キヤノンイーグルス)に加入。 2013年、キヤノンイーグルスを退団した。
阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は… 阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は、山形県上山市出身の元陸上競技選手。 山形県立山形中央高等学校から国士舘大学に進学。箱根駅伝では第82回(2006年)に初出場するが、1区区間20位(1時間05分54秒)と振るわなかった。しかし第83回(2007年)は8区区間8位(1時間07分41秒)、第84回(2008年)では4区を走り、20位スタートで1人も走者を抜かないまま区間賞を獲得(55分24秒)。 実業団の愛三工業では主将としてチームを引っ張り、ニューイヤー駅伝やハーフマラソンなどで活躍した。2016年3月に引退している。
横山 健一(よこやま けんいち、1985年10月31日 - … 横山 健一(よこやま けんいち、1985年10月31日 - )は、日本の元ラグビー選手。現在拓殖大学ラグビー部のBKコーチを務めている。双子の弟伸一もラグビー選手。 山形一中ではサッカー部だったが、中3の時、友人に誘われてラグビーを始める。 山形中央高3年時に花園出場を果たす。 高校卒業後、経済的事情から地元で就職しクラブチームでプレーする。しかし、1年後弟と同じ拓殖大学に入学して再びチームメイトとなる。 2007年、7人制日本代表に兄弟揃って選ばれる。 2009年、弟も所属するリコーブラックラムズに加入。 2014年、兄弟揃って日本IBMビッグブルーに加入。 2016年、同じく兄弟そろって清水建設ブルーシャークスに加入。
横山 伸一(よこやま しんいち、1985年10月31日 - … 横山 伸一(よこやま しんいち、1985年10月31日 - )は、日本の元ラグビー選手。現在拓殖大学ラグビー部のBKコーチを務めている。双子の兄健一もラグビー選手。 山形一中ではサッカー部だったが、中3の時、友人に誘われてラグビーを始める。 山形中央高3年時には主将を務め、花園出場を果たす。 高校卒業後、拓殖大学に進学。なお双子の兄健一は経済的事情から地元で就職しクラブチームでプレーするが、1年後拓殖大学に入学して再びチームメイトとなる。 2007年、7人制日本代表に兄弟揃って選ばれる。 2008年4月、リコーブラックラムズに入部。2009年、セブンズW杯の代表に選ばれる。 2014年、兄弟揃って日本IBMビッグブルーに加入。
加藤 条治(かとう じょうじ、1985年2月6日 - )は、… 加藤 条治(かとう じょうじ、1985年2月6日 - )は、日本のスピードスケート選手。山形県山形市出身。 2010年バンクーバーオリンピック・スピードスケート男子500m銅メダリスト。2006年トリノオリンピック(6位)、2014年ソチオリンピック(5位)、2018年平昌オリンピック(6位)と、冬季オリンピックでは4大会連続で6位以内の入賞を果たしている。 四人兄弟の末っ子。兄たちの影響でショートトラックからスケートを始め、その後スピードスケートに転向。北海道や長野県の選手が多数を占めるスピードスケート界では珍しい山形市出身。 山形中央高時代、インターハイ男子500mで三連覇を達成。日本人選手として史上初めて高校3年時にスピードスケート・ワールドカップ(W杯)代表に選ばれ、2002年12月に初出場した長野大会で3位入賞。
菅井 直樹(すがい なおき、1984年9月21日 - )は、… 菅井 直樹(すがい なおき、1984年9月21日 - )は、山形県山形市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(DF)。登録はMFであったが、右サイドバックとしての出場が大半であった。 2003年、山形中央高校からJ1・ベガルタ仙台に入団。1年目は出場機会がなかったが、2年目からは出場機会が増えるようになり、2006年からはレギュラーに定着。「Mr.ベガルタ」と呼ばれた千葉直樹が引退した2011年以降は、仙台の最古参選手となる。 2019年1月、現役引退とベガルタ仙台運営・地域連携本部地域連携課のスタッフに就任すると発表された。 2023年2月1日より仙台のアカデミースカウトに就任。
高橋 和人(たかはし かずと、1984年6月12日 - )は… 高橋 和人(たかはし かずと、1984年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 山形県山形市出身。家族の影響で、山形東小学3年(山形市東小スポーツ少年団)よりバレーボールを始める。 山形中央高校を卒業後、東海大学へ進学。大学卒業後の2007年に豊田合成トレフェルサへ入団した。 2010年、全日本代表メンバーに初選出された。 2011年、豊田合成トレフェルサを退団し、同年9月に大分三好ヴァイセアドラーに移籍。 2013年5月、大分三好を退団し、ジェイテクトSTINGSに移籍した。2017年5月に現役引退。 2017年8月、日立リヴァーレのコーチに就任。2019年に退団。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
吉見 一星(よしみ いっせい、1982年6月16日 - )は… 吉見 一星(よしみ いっせい、1982年6月16日 - )は日本の元プロサッカー選手。現在は歌手。歌手としての所属会社は田辺音楽出版、レコード会社はユニバーサルシグマ。 小学校3年までは野球をしており、4年生からサッカーを始める。その後山形FCを経て進学した山形中央高では1年からレギュラーとなり、全国高校サッカー選手権大会に3年連続で出場する。 卒業後は地元のモンテディオ山形へ入団するも、故障もあり2年で退団。翌年、日本フットボールリーグの佐川印刷SCへ移籍し、22試合に出場するもオフに自ら退団する。 第二の人生として歌手を目指すことを決意する。ストリート・ライヴなどを精力的にこなし、09年1月にSoulJaのシングルにフィーチャリング・アーティストとして参加。
秋葉 俊和(あきば としかず、1981年12月14日 - )… 秋葉 俊和(あきば としかず、1981年12月14日 - )は、日本の元ラグビー選手。 高校からラグビーを始めた。 2000年、山形中央高校卒業後、帝京大学に入る。 2004年、帝京大学卒業後、NTT東日本(現・NTTコミュニケーションズシャイニングアークス)に加入。 2017年、現役を引退した。
山岡 俊(やまおか たかし、1976年4月24日 - )は、… 山岡 俊(やまおか たかし、1976年4月24日 - )は、日本の元ラグビー選手、指導者。2018年現在サントリーサンゴリアスのFW(フォワード)コーチを務めている。 高校からラグビーを始める。 1995年、山形中央高校卒業後、明治大学に入学。なお山形中央高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 1998年、明治大学ラグビー部の主将に就任した。 1999年、明治大学卒業後、サントリー(現・サントリーサンゴリアス)に加入。 2004年、イタリア戦に出場し日本代表デビューを果たす。 2012年、現役を引退した。
深町 秋生(ふかまち あきお、1975年11月19日 -)は… 深町 秋生(ふかまち あきお、1975年11月19日 -)は、日本の小説家。山形県南陽市出身。山辺町在住。 山形県立山形中央高等学校、専修大学経済学部経済学科卒業。 銀行に勤めながら、趣味で小説を執筆していた父の姿を見て、「オヤジが書けるなら俺も」と幼少時から漠然と小説家を志す。その夢を持ち続け、大学卒業後、長井市の製薬メーカーに勤務する傍ら、山形市で月に1度開催される「小説家(ライター)になろう講座(現:山形小説家・ライター講座)」に通い、腕を磨く。 加藤 小判(ニルヴァーナのカート・コバーンのもじり)名義で『山形新聞』の「山新文学賞」に投稿を続ける。2003年、「山新新人賞」の選考委員を務めていた文芸評論家の池上冬樹の紹介で佐藤広行とともに『完全自殺マニュアル』を小説化した『小説自殺マニュアル』を発表。
結城 晃一郎(ゆうき こういちろう、1975年6月10日 -… 結城 晃一郎(ゆうき こういちろう、1975年6月10日 - )は、テレビユー山形 (TUY) のアナウンサー。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校、東洋大学法学部卒業。高校在学時にはラグビー部に所属していた(花園への出場経験あり)。 大学を卒業後、1999年にテレビユー山形に入社。
瀧澤 宏臣(たきざわ ひろおみ、1973年9月13日 - )… 瀧澤 宏臣(たきざわ ひろおみ、1973年9月13日 - )は、山形県米沢市出身の元アルペンスキー及びフリースタイルスキーモーグル、スキークロス選手。 身長:177cm、体重:85kg、足のサイズ:26cm。使用スキーメーカーはHEAD(ヘッド)。 山形県立山形中央高等学校、近畿大学時代までアルペンスキー選手として活躍。高校1年から全日本ナショナルチームに所属。高校3年生でシニアBチーム昇格。この時回転種目で年代別世界ランキング1位となった。1995年(大学4年)時に突如アルペンスキーからモーグル競技に転向し、長野オリンピック代表候補までのぼり詰めたが、直前の怪我のため出場ならず。 2000年3月でモーグル競技引退。
羽隅 将一(はすみ しょういち、1970年7月12日 - )… 羽隅 将一(はすみ しょういち、1970年7月12日 - )は、NHKのアナウンサー。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校、早稲田大学卒業。 大学を卒業後、1995年にNHKに入局。初任地は盛岡放送局で、同局には2度赴任している。また、自らの出身地にある山形放送局にも2度赴任している。 2022年度からは、山形県を中心とする「地域職員」となったことが、NHK東北地域職員採用サイトより明かされている。 ☆印は現在出演(担当)中。
星野 泰視(ほしの やすし、1969年3月6日 - )は、日… 星野 泰視(ほしの やすし、1969年3月6日 - )は、日本の漫画家。山形県上山市出身。『週刊少年マガジン』(講談社)『モーニング』(同)『月刊COMICリュウ』(徳間書店)『ビッグコミック増刊号』(小学館)『ビッグコミックスペリオール』(同)などの漫画雑誌にて作品を発表しており、また原作付きの作品が多い。読売ジャイアンツファン。浦沢直樹のアシスタント出身。 2000年、『哲也-雀聖と呼ばれた男』(原作:さいふうめい)で第24回講談社漫画賞少年部門を受賞。 後述するように麻雀や将棋などを題材とした作品を手掛けているが、本人は全く麻雀も将棋もやったことがない。
荒井 幸博(あらい ゆきひろ、1957年11月23日 - )… 荒井 幸博(あらい ゆきひろ、1957年11月23日 - )は、山形県内で活動するフリーパーソナリティ。山形県山形市出身。 山形県立山形中央高等学校、東北学院大学法学部法律学科卒業後の1981年、殖産相互銀行(現きらやか銀行)入行。生来の大雑把な性格故に、地道で几帳面さを要する銀行業務には向かず、1986年に退社。 映画好きを活かし、映画館運営と地域巡回上映を業務とするフォーラム運営委員会に入社。1987年から地域上映部門の山形県映画センター、1990年から映画館フォーラムで勤務。1995年3月、同社を退社しフリーとなり、現在に至る。 山形県内各地での青年団や、労働組合、婦人会、映画サークル等との上映会を通じて、映画を観る楽しみから観せる楽しみに目覚める。
金井 たつお(かない たつお、1955年10月7日 - )は… 金井 たつお(かない たつお、1955年10月7日 - )は、日本の漫画家。山形県山形市出身。血液型B型。本名は金井龍郎。 1971年、週刊少年ジャンプ月例新人賞「ヤングジャンプ賞」に入選。翌年、同誌1972年17号に「金井龍郎」名義で入選作の『太陽に泳げ』が掲載された。同名義では1977年に、少年少女向けレーベルの集英社モンキー文庫で『ああ無情』のコミカライズを描き下ろしている。 山形県立山形中央高等学校卒業後、約2年間の本宮ひろ志のアシスタントを経て、1977年に「金井たつお」名義で『ホールインワン』連載開始。連載デビュー作にして代表作となった。 アシスタントとして師事した本宮ひろ志に加え、本宮夫人のもりたじゅんの影響も強く受けており、ゴルフ漫画だった『ホールインワン』もスポーツ描写より、柔らかいタッチの美少女描写が評判となっていた。
池上 冬樹(いけがみ ふゆき、1955年 - )は、日本の文… 池上 冬樹(いけがみ ふゆき、1955年 - )は、日本の文芸評論家、書評家。マルタの鷹協会会員。 山形市生まれ。山形県立山形中央高等学校、立教大学文学部日本文学科卒。マルタの鷹協会に寄稿していた書評を小鷹信光に注目され、アシスタント業務を担当するようになる。ハードボイルドの翻訳から初めて、ミステリなどの書評家となり、『週刊文春』、『本の雑誌』、『ミステリマガジン』、「日本経済新聞」などではばひろく書評・批評をおこなう。2004年から3年間「朝日新聞」書評委員、さくらんぼテレビジョン主宰の山形小説家・ライター講座では世話役を担当している。 漫画家の金井たつおは高校の同級生。また文学研究者の松坂俊夫は高校時代の恩師である。
若草 恵(わかくさ けい、1949年2月10日 - )は、日… 若草 恵(わかくさ けい、1949年2月10日 - )は、日本の作曲家、編曲家。山形県出身。男性。本名:斉藤 徹(さいとう とおる)。 父親はミノルフォン専属の演歌作曲家だった。幼い頃から音楽を聴いて育つ。中学、高校とブラスバンド部に在籍。同時期にクラシックを林三重子に師事。高校卒業後、18歳で一家揃って東京に出てくる。理由は「東京に出て勉強したい」と言うと、一家で山形から東京に出ようということになった。ヤマハ音楽振興会の渡辺貞夫のクラスでジャズ理論を学ぶ傍ら、CM音楽等の作曲活動を始める。その後、師であり親とも慕う中山大三郎の元で、歌謡曲の編曲を始める。研ナオコ「かもめはかもめ」などの編曲で注目され、演歌、ポップスとジャンルを問わず幅広く手がけている。
横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま ま… 横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま まりこ〉、1948年4月9日 - )は、日本の女優。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校卒業。 日本電信電話公社を退職後、劇団青俳研究生を経て、大島渚監督の映画『新宿泥棒日記』(1969年)にて主演デビュー。また若松孝二監督の『天使の恍惚』にも出演した。同作の中では歌も披露している。 その後は、映画やテレビドラマで助演に徹し、官能的な役柄や悪女を多数演じた。 現在は東京新宿でバー「新宿GOD」を経営。
松坂 俊夫(まつさか としお、1930年5月15日 - 20… 松坂 俊夫(まつさか としお、1930年5月15日 - 2006年3月14日)は、日本の文学研究者。 山形県に関係する文学作品を中心に、日本近代文学について多数の評論を発表している。 朝鮮生まれ。山形師範学校在学中、蒲生芳郎、藤沢周平と同人誌を刊行。師範学校卒業後は、山形県立山形中央高等学校教諭などを経て、1977年から山形女子短期大学教授を務めた。教え子に池上冬樹などがいる。 1995年、第41回齋藤茂吉文化賞を受賞した。
イマイ ヒヅルは、日本の漫画家。山形県出身。女性。別名に今井… イマイ ヒヅルは、日本の漫画家。山形県出身。女性。別名に今井ひづる(本名同じ)。双子座の血液型AB型。山形県立山形中央高等学校、東京デザイナー学院商業デザイン科卒。1983年、『ぼくのマイ』で第6回藤子不二雄賞佳作を受賞し、デビュー。 2022年7月30日、虫垂癌、腹膜偽粘液腫により死去。