スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
中島 照人(なかじま てると、2001年12月15日 - )… 中島 照人(なかじま てると、2001年12月15日 - )は、日本出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アルプス・ホッケーリーグ(ドイツ語版)のHCメラーノ(イタリア語版)に所属。 駒大苫小牧高校から東洋大学に進学。 2023年10月31日に11月に苫小牧市にて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿に選出された。その後2023IIHF男子世界選手権ディビジョンIBにフル代表として初選出され大学生ながら6ゴール2アシストの8ポイントをあげ優勝に貢献した。 2024年1月16日には苫小牧市のnepiaアイスアリーナと安平町の安平町スポーツセンターにて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
鎌田 悠希(かまだ ゆうき、2001年9月19日 - )は、… 鎌田 悠希(かまだ ゆうき、2001年9月19日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から早稲田大学に進学。 2023年10月31日に11月に地元で実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。 2024年1月16日に苫小牧市のnepiaアイスアリーナと安平町の安平町スポーツセンターにて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。 2024年4月22日にアジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに入団。
橋本 寛太(はしもと かんた、2001年7月30日 - )は… 橋本 寛太(はしもと かんた、2001年7月30日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から東洋大学に進学。 2024年4月22日にアジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに入団。
三浦 稜介(みうら りょうすけ、2001年7月16日 - )… 三浦 稜介(みうら りょうすけ、2001年7月16日 - )は、日本のプロアイスホッケー選手。北海道苫小牧市出身。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのレッドイーグルス北海道に所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から明治大学に進学。 2024年5月7日にアジアリーグアイスホッケーのレッドイーグルス北海道に入団。
べ・ジョンミン(朝: 배정민、2001年6月16日 - )は… べ・ジョンミン(朝: 배정민、2001年6月16日 - )は、大韓民国出身のプロサッカー選手。 Jリーグ・ロアッソ熊本所属。ポジションはフォワード(FW)。 韓国で中学を卒業し、親元を離れ単身北海道の駒大苫小牧高校へサッカー留学をした。 2024年、ロアッソ熊本に加入する。2トップの一角や3トップの右で出番を掴みJ初ゴールを記録したが、怪我で[要出典]シーズン中盤以降は出番が限られた。2025年シーズンも負傷離脱が多く、出場機会は限られた。
安藤 永吉(あんどう えいきち、2000年12月1日 - )… 安藤 永吉(あんどう えいきち、2000年12月1日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から法政大学に進学。 2023年6月6日にアジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに入団。
阿部 泰河(あべ たいが、2000年9月2日 - )は、北海… 阿部 泰河(あべ たいが、2000年9月2日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から東洋大学に進学。 2023年1月2日にアジアリーグアイスホッケーの2022-2023年シーズン途中ながら、アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに入団。1月25日に栃木県庁の記者クラブにて宮田大輔と共に入団会見を行った。 2023-2024シーズンはシーズン中の10月31日に11月に苫小牧市にて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
務台 慎太郎(むたい しんたろう、2000年4月20日 - … 務台 慎太郎(むたい しんたろう、2000年4月20日 - )は、長野県下諏訪町出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。普段はエバラ食品工業株式会社で働いている。愛称は"しんちゃん"。 駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学を経て、2023年6月22日にアジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSと契約を結んだ。 2023-2024シーズンオフの2024年5月25日にGRITSと契約を継続した。 2024-2025シーズンはオフの2025年5月9日にGRITSと契約を継続した。 5歳の時に友人のプレーを見て、アイスホッケーを始めた。
若林 楽人(わかばやし がくと、1998年4月13日 - )… 若林 楽人(わかばやし がくと、1998年4月13日 - )は、北海道白老郡白老町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 5歳で野球を始め、白老町立緑丘小学校1年次に緑丘ファイターズに入る。6年生の時にはファイターズジュニアでもプレーした。白老町立白老中学校野球部3年次には全日本少年軟式野球大会でベスト16を経験している。 駒澤大学附属苫小牧高等学校では1年秋からベンチ入り、3年次から三塁手のレギュラーだった。2年春に全道大会で準優勝したが、甲子園出場経験はない。1学年上には伊藤大海がいる(ドラフトでは同期にあたる)。 駒澤大学に進学すると、1年春からベンチ入りし、2年生からはレギュラーとして活躍。
伊藤 大海(いとう ひろみ、1997年8月31日 - )は、… 伊藤 大海(いとう ひろみ、1997年8月31日 - )は、北海道茅部郡鹿部町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 名前の正確な表記は旧字体を使用した「大海」。 祖父と父がタコ箱漁師の家系に長男として生まれる。父は同郷の元プロ野球選手・盛田幸妃と同級生であり、幼少期には盛田から直接指導を受けたこともある。 小学校では鹿部クラップーズに、中学校では函館東シニアに所属した。 中学卒業後は駒澤大学附属苫小牧高等学校に入学し、2年春に第86回選抜高等学校野球大会へ出場。初戦の創成館高等学校戦で完封勝利を挙げた。1学年下には若林楽人がいた。 その後は駒澤大学に進学し硬式野球部へ入部したが、「4年間プレーするビジョンを描けなかった」として1年時の10月に中途退学。
伊藤 優希(いとう ゆうき、1996年8月31日 - )は、… 伊藤 優希(いとう ゆうき、1996年8月31日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロ野球選手(外野手)。 苫小牧市立苫小牧東中学校時代には硬式野球の苫小牧クラブに所属。中学3年時には第14回 IBAF 16U 世界選手権の日本代表に選出された。 進学した駒澤大学附属苫小牧高等学校では2014年春の選抜大会に出場。2試合で7打数4安打、3盗塁とチームを牽引した。また、U18日本代表の1次候補にも選出された。 高校卒業後は東都大学野球所属の亜細亜大学に進学し、1年春より公式戦に出場した。 大学卒業後は地元の社会人野球チームの北海道ガスに入社。しかし、度重なるけがで目立った活躍ができず、社会人2年目は、突発的な吐き気や激しいめまいなどが頻発し、日常生活もままならない状況に陥り、1か月で体重が10kgも落ちたこともあった。
あいき けんた(1995年2月25日 - 、男性)は、北海道… あいき けんた(1995年2月25日 - 、男性)は、北海道苫小牧市出身のものまねタレント。ザゼンプロダクション所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校を2013年3月に卒業後、同年4月に明治大学政治経済学部に入学。 父親の影響で幼少期からアイスホッケーを始め、高校在学中にアイスホッケーでU-18日本代表の主将を務めた。明治大学在学中はアイスホッケー部に所属。また弟の相木隼斗もアイスホッケー選手で、地元苫小牧のレッドイーグルス北海道に所属する。 アイスホッケー部で羽生結弦に似ていると言われたことを機に「羽生ゆずれない」の芸名でものまね活動をしていた。なお、羽生とは同学年である。 2017年、ザゼンプロダクションに所属する。
近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、… 近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、北海道北見市出身のスピードスケート選手。ANAエアポートサービス所属。専修大学在学中に2014年ソチオリンピックに出場。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代に全国高等学校スケート選手権大会スピード競技1000M・1500Mで優勝。高校卒業後は専修大学経営学部へ進学し、スピードスケート部に所属。 在学中に2014年ソチオリンピックに出場したが、1000Mは35位・1500Mでは31位に終わった。大学卒業後は、ANAエアポートサービスに入社し競技を続ける。 引退後は、母校専修大学スピードスケート部の監督に就任。
髙木 健太(たかぎ けんた、1993年12月14日 - )は… 髙木 健太(たかぎ けんた、1993年12月14日 - )は、北海道苫小牧市出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのレッドイーグルス北海道に所属。 苫小牧市立日新小学校-、苫小牧市立明倫中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校を経て、卒業後、2012-2013シーズンより日本製紙クレインズへ入団。 2019—2020シーズンより王子イーグルス(現:レッドイーグルス北海道)へ移籍。 2023年-24年シーズンはシーズン中の2023年10月31日に11月に地元で実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。2024年1月16日に地元のnepiaアイスアリーナと安平町の安平町スポーツセンターにて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
小泉 和也 (こいずみ かずなり、 1993年11月10日 … 小泉 和也 (こいずみ かずなり、 1993年11月10日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロアイスホッケー選手である。ポジションはディフェンス。 駒澤大学附属苫小牧高等学校に卒業後に中央大学に進学し、活躍した。 2016年から日本製紙クレインズ(後のひがし北海道クレインズ)に所属した。 学生時代に2010年アイスホッケーU18世界選手権で国際大会に出場後、IIHFチャレンジカップアジア2012においてはロシアのMHLレッドスターに続く銀メダル獲得した。 翌年もジュニア世代の、 2013年U-20の世界選手権ディビジョンIIに参加した。 また、冬季ユニバーシアード日本代表に2013年トレンティーノ大会、 2015年グラナダ大会で参加した。
大澤 勇斗(おおさわ ゆうと、1993年10月3日 - )は… 大澤 勇斗(おおさわ ゆうと、1993年10月3日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはセンター。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。普段はインバースネット株式会社で働いている。愛称は"ゆうと"。 スウェーデン、 王子イーグルス(現:レッドイーグルス北海道)、アメリカ合衆国、フィンランド、 レッドイーグルス北海道を経て、2023年6月20日にアジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに入団した。 2023-2024年シーズンはシーズン中の10月31日に11月に地元で実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。2024年1月16日に地元のnepiaアイスアリーナと安平町の安平町スポーツセンターにて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、… 高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、北海道網走郡美幌町出身の女子スピードスケート選手である。安平町立早来中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。富士急行所属。妹である高山菜摘もスピードスケート選手。 小学校2年でスケートを始める。 小4で千歳市に移り、早来町(現・安平町)の少年団に入団。スピードスケートを本格的を打ち込む。小6で早来町に再び移住。 中学進学後に才能が開花。1年で3000mで全国準優勝。2年では全国優勝。真駒内選抜5000mで史上初の中学生優勝を果たした。 2008年にISUワールドカップ日本代表に選ばれる。中学生の選出は史上初。
池田 一騎(いけだ いっき、1992年10月27日 - )は… 池田 一騎(いけだ いっき、1992年10月27日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。IJリーグの東京ワイルズに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から早稲田大学に進学。 2015-16年シーズンにアジアリーグアイスホッケーの当時の日本製紙クレインズに入団。 2023年5月2日に給料が未払いであることを理由にチームを退団。6月21日に北海道ワイルズに加入した。 2024年5月31日に6月10日からの合流になるものの氷上練習に参加する選手として発表された。
押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )… 押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )は、北海道中札内村出身のスピードスケート選手。富士急行所属。妹はボブスレーとラグビーの選手押切麻李亜。 ソチオリンピック、平昌オリンピックに出場。世界距離別選手権の団体パシュートで銀メダルを2回獲得している。2017年12月に髙木美帆に更新されるまでは、女子1500mの日本記録保持者であった。 同学年で出身地が近い髙木菜那と小学校時代から切磋琢磨するライバル関係を築く。中札内中学校では全国中学校大会で優勝。駒澤大学附属苫小牧高等学校進学後は2年生次の2010年1月、インターハイ500mで優勝。3月にモスクワで行われた世界ジュニアスピードスケート選手権大会では高木菜那・美帆姉妹とともに出場したチームパシュートで銀メダルを獲得。
松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は… 松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は、競輪選手、元スピードスケート選手。日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンク(練習地)は平塚競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第113期生。師匠は三ツ井勉(45期)。 北海道斜里郡清里町出身。実家は寺(曹洞宗 龍川寺)で、3人兄弟の次男。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代、全日本ジュニアスピードスケート選手権大会で総合3位、世界ジュニアスピードスケート選手権大会のチームパシュートで4位などの実績を挙げる。 その後、専修大学経済学部に進学したが、最終学年での留年が確定したことが原因でスピードスケートの競技活動を断念。その後、某パチプロのSNSを閲覧していたところ、元競輪選手がやっている居酒屋が平塚にあるとの情報が目に留まり、そこのオーナー(上田康雅)から、師匠となる三ツ井勉を紹介された。
越後 智哉(えちご ともや、1992年8月18日 - )は、… 越後 智哉(えちご ともや、1992年8月18日 - )は、北海道札幌市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。XHLの東京ワイルズに所属。 高校は北海道の 駒澤大学附属苫小牧高等学校に進学。 大学は中央大学へ進学。 2015年にアジアリーグアイスホッケーの王子イーグルスに入団。 2022年4月1日に退団し、レッドイーグルス北海道チームマネージャーに就任する。 2023年にレッドイーグルス北海道チームマネージャーを退任し北海道ワイルズに加入した。 2024年にワイルズが拠点を東京に移し、IJリーグに加盟してチーム名が東京ワイルズと改められた中、5月31日に6月3日からの氷上練習に参加する選手として発表された。
佐々木 祐希(ささき ゆうき、1992年5月21日 - )は… 佐々木 祐希(ささき ゆうき、1992年5月21日 - )は、宮城県仙台市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校を卒業後、法政大学に進学し、海外リーグと東北フリーブレイズを経て、2023年6月14日にH.C.栃木日光アイスバックスへ入団。 2023-2024シーズンはシーズン中の12月に横浜市で開催された第91回全日本アイスホッケー選手権大会にアイスバックスの選手として参加。アイスバックスは優勝を果たし、佐々木自身も優勝を経験することになった。 オフの2024年5月21日にアイスバックスと契約を更新した。
大累 進(おおるい すすむ、1990年8月31日 - )は、… 大累 進(おおるい すすむ、1990年8月31日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。改姓したため、現在の本名は北山進。 小学校3年で野球を始め、中学時代は札幌新琴似シニアで三塁手としてプレー。駒澤大学附属苫小牧高校入学後に遊撃手に転向。2学年上に田中将大がいたが、自身は甲子園出場経験無し。1年夏(第88回選手権大会、引き分け再試合の末に準優勝)、2年夏(第89回選手権大会、1回戦敗退)はベンチ外。2年秋からベンチ入りするも、3年夏は南北海道大会の準々決勝で鍵谷陽平擁する北海高校に0-9で敗れた。 道都大学(札幌学生野球連盟所属)では1年時の春から公式戦に出場。3年時には、春・秋連続で遊撃手でベストナインに選出された。
T-Hawk(ティー・ホーク、1990年4月30日 - )は… T-Hawk(ティー・ホーク、1990年4月30日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名は小野寺 卓也(おのでら たくや)、北海道苫小牧市出身。GLEAT所属。血液型O型。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代は野球部に所属しており、当時はブルペン捕手として田中将大らの球を受けていた。 2009年に高校を卒業してDRAGON GATEに入門。 2010年3月29日に、出身地を名字とした「苫小牧 卓也」のリングネームでデビュー。 2011年5月15日、リングネームを「トマホークT.T」と改めることを発表。同時にDRAGON GATE内の最大派閥であるBlood WARRIORS入りすることを明らかにし、ユニット改名後もMAD BLANKEYに所属していた。
苫小牧 卓也(とまこまい たくや、1990年4月30日 - … 苫小牧 卓也(とまこまい たくや、1990年4月30日 - )は、日本のプロレスラー。リングネームはT-Hawk(ティー-ホーク)。
寺尾 裕道(てらお ひろみち、1989年6月15日 - )は… 寺尾 裕道(てらお ひろみち、1989年6月15日 - )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはレフト・ウィング(英語版)。IJリーグの東京ワイルズに所属。 弟の寺尾勇利(ドイツ語版)もプロアイスホッケー選手。 栃木県日光市出身。日光東中学、駒澤大学附属苫小牧高等学校を経て、早稲田大学を卒業。 2012年より王子イーグルスでプレーする。 2012-13シーズン、ルーキーイヤーであるこの年はレギュラーリーグで22ポイント(得点13、アシスト9)を記録して新人ながら2桁得点、2桁ポイントを達成。 2015-16シーズン、プロキャリア4シーズン目にしてレギュラーリーグで40ポイント(得点18、アシスト22)を記録。
田中 将大(たなか まさひろ、1988年〈昭和63年〉11月… 田中 将大(たなか まさひろ、1988年〈昭和63年〉11月1日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 投手として東北楽天ゴールデンイーグルスでは1度のリーグ優勝、1度の日本シリーズ優勝に貢献。ニューヨーク・ヤンキースでは1度の地区優勝に貢献している。個人ではNPBで合計16個のタイトル(7個)・主要表彰(9個)を獲得している。 野球(プロスポーツ部門)の連続勝利(34)のギネス世界記録保持者。2013年にNPB史上4人目のシーズン勝率10割を達成している。2021年開催の東京オリンピック野球金メダリスト。2025年には日米通算200勝を達成した。 2014年から2020年まではMLBでのプレーに伴い活動拠点を北米に移し、現地の代理人はエクセル・スポーツ・マネージメント社となっていた。
広瀬 彩香(ひろせ あやか、1988年10月31日 - )は… 広瀬 彩香(ひろせ あやか、1988年10月31日 - )は、北海道苫小牧市出身の女性モデル、元レースクイーンである。 1988年10月31日、北海道苫小牧市で生まれる。駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。同級生に元東北楽天ゴールデンイーグルス投手で、2020年現在はニューヨーク・ヤンキースに所属する田中将大がいる。 2007年、「五十嵐 梅」(いがらし うめ)の芸名でルナフラウに所属。同年8月、苫小牧市の親善大使「ハスカップレディー」に選ばれる。 2008年7月、十勝スピードウェイで行われた「レースクイーン北海道No.1決定戦」でグランプリを受賞。これをきっかけに芸能事務所「K-point(ケイポイント)」とマネージメント提携を開始し、2009年のSUPER GT「MOTUL サーキットレディ」を務める。
鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、… 鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、北海道登別市出身の元プロ野球選手(外野手)、元陸上競技選手(短距離走)、車椅子ソフトボール選手。 小学3年生の時に野球を始める。登別西陵中時代はリトルシニアチームでプレーし、3年時に北海道大会で準優勝。複数の強豪校から勧誘を受けたが、見学した時の雰囲気が気に入ったという駒大苫小牧高に特待生として入学。田中将大と同期となる。 1年夏までは「落ちこぼれ組」だったが、香田誉士史監督のアドバイスで打撃が向上し秋の明治神宮野球大会で初めてベンチ入りする。2005年の第87回全国高等学校野球選手権大会に出場、優勝メンバーとなる。翌2006年春には不振となり一時ベンチ入りメンバーからも外れたが、夏の南北海道大会では2打席連続本塁打、第88回全国高等学校野球選手権大会にはレギュラーとして出場し3回戦の青森山田高戦でも本塁打を放つ。
本間 篤史(ほんま あつし、1988年8月3日 - )は、北… 本間 篤史(ほんま あつし、1988年8月3日 - )は、北海道余市郡余市町出身の社会人野球選手(外野手)、野球指導者。右投右打。 余市町立沢町小学校4年時から野球を始める。余市町立西中学校では余市シニアに所属。 高校は道内でも強豪の駒澤大学附属苫小牧高校に進学。同級生には田中将大がいた。高校時代は前年の夏の優勝校でありながら2年生で4番として2005年夏の甲子園大会で甲子園夏連覇。新チーム結成当初は田中が主将を務めていたが、「(田中)将大が、主将としての取材、投手としての取材の両方を受けるのは疲れが溜まる」という監督の香田誉士史の配慮から、73年ぶりの夏の大会3連覇に挑んだ大会直前に田中から主将を引き継いだ。
八木 将康(やぎ まさやす、1987年8月28日 - )は、… 八木 将康(やぎ まさやす、1987年8月28日 - )は、日本の俳優。劇団EXILEのメンバー。北海道苫小牧市出身。LDH JAPAN所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校を卒業後、札幌の大学に進学した。 2010年、「VOCAL BATTLE AUDITION 2」に参加しファイナリストとなるも落選する。 2012年、劇団EXILEに加入し俳優として活動を開始する。 CRAZY四角形 名義
久慈 修平(くじ しゅうへい、1987年4月27日 - )は… 久慈 修平(くじ しゅうへい、1987年4月27日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。 駒澤大学附属苫小牧高等学校を卒業後、早稲田大学に進学。大学時代より世界選手権の日本代表に選出され、ゴールを決めるなど、その才能は誰もが認めていた。 大学卒業後の、2010-2011シーズンより王子イーグルスへ入団。スピードを生かしたプレーでルーキーながら得点王を獲得した。 2022-2023シーズンは2023年1月28日の横浜GRITS戦で史上5人目となるアジアリーグ通算200得点を達成した。上野拓紀、齊藤毅(英語版)、マイケル・スウィフト、小原大輔に次ぐ快挙だった。
金子 亮介(かねこ りょうすけ、1987年4月11日 - )… 金子 亮介(かねこ りょうすけ、1987年4月11日 - )は、東京都出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学卒。 大学卒業後、2010-2011シーズンより高校時代からの同期である久慈修平と共に王子イーグルスへ入団。ルーキーのシーズンながら34試合終了時点で20ポイントを挙げるなど、チームに貢献している。
佐々木 孝介(ささき こうすけ、1987年1月10日 - )… 佐々木 孝介(ささき こうすけ、1987年1月10日 - )は、北海道余市郡余市町出身の元アマチュア野球選手・現アマチュア野球指導者。 駒澤大学附属苫小牧高等学校では1年生時の秋から内野手のレギュラーとなり、2年生時の春に第75回選抜高等学校野球大会、夏に第85回全国高等学校野球選手権大会に出場。3年生時の夏に主将として、第86回全国高等学校野球選手権大会で北海道勢初となる優勝を果たす。自身も決勝戦で7回の勝ち越し二塁打を含む3安打を記録するなど、同大会打率.429(21打数9安打)を記録。 高校卒業後は駒澤大学へ進学し、3年生時から学生コーチに転身。大学卒業後は駒澤大学附属苫小牧高等学校のコーチを経て、2009年7月31日に駒澤大学附属苫小牧高等学校の監督への就任が同校から発表された。
杉森 茜(すぎもり あかね、1986年11月2日 - )は、… 杉森 茜(すぎもり あかね、1986年11月2日 - )は、北海道出身の日本のダンサー、エアリアル・パフォーマー。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代は、マーチングバンドの一員として世界大会に出場し、金賞を受賞している[要出典]。 北海道教育大学卒業。大学時代はモダンダンスの清水フミヒトに師事していた。中学校、高校音楽・英語教員免許を取得している。特技はダンス、クラリネット演奏、歌、英会話[要出典]。弟がいる。 2006年~2009年まで、函館ダンスアカデミーにてバレエ・ジャズダンスのアシスタントとして活動。一方で、2006年・2009年・2013年にニューヨークに渡りレッスンを受けながら、パフォーマーとしても活動していた。
石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 -… 石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 - )は、日本の元女子スピードスケート選手。専門は長距離。バンクーバーオリンピック、ソチオリンピック日本代表。トランシス所属。現在は帯広大谷短期大学勤務、管理栄養士。 北海道中札内村出身。中札内村立中札内小学校、同中学校を経て、駒大苫小牧高校に進んだ。高校卒業後は(株)岸本医科学研究所に所属。 全日本スピードスケート選手権大会で2005年・2006年と4位入賞を連続で果たし、2006年、20歳でISUワールドカップに初出場。2009年の世界距離別スピードスケート選手権大会に出場し、3000m17位、5000m14位。翌年のバンクーバーオリンピックにも出場し、3000m15位、5000mでは9位となった。
穂積 雅子(ほづみ まさこ、1986年9月11日 - )は、… 穂積 雅子(ほづみ まさこ、1986年9月11日 - )は、北海道千歳市出身の元女子スピードスケート選手である。2010年バンクーバーオリンピック女子団体パシュート銀メダリスト。血液型はA型。駒澤大学附属苫小牧高校卒業、元ダイチ所属。 福島県福島市出身の両親の元に生まれる。名前は女優の夏目雅子から、大ファンだった母親が名づけた。「強く美しく、ヒマワリのように育ってほしい」と願いを込めた。なお、本人の誕生日は夏目雅子の1周忌の日にあたる。 千歳市立日の出小学校の体育の授業で初めてスケートをしたのがきっかけでスケートを始める。小学校時代は「大会で勝つと夕張メロンが貰える」という理由でトライアスロンに熱中していた。
青木 香奈枝(あおき かなえ、1985年2月20日 - )は… 青木 香奈枝(あおき かなえ、1985年2月20日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。CWHLのカルガリー・インフェルノ所属。 北海道苫小牧市出身。小学2年生のとき、苫小牧大成小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、岩倉ペリグリン(現道路建設ペリグリン)に入団。駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業後は、苫小牧駒澤大学進学、アイスホッケー女子日本代表に選出されて、2004年女子アイスホッケー世界選手権(トップディヴィジョン)に出場。しかし、トリノオリンピック予選、バンクーバーオリンピック予選の日本代表からは落選。 2010年4月、チャレンジ・カップ・オブ・アジアで久方ぶりに代表復帰。
百目木 政人(どめき まさと、1983年12月19日 - )… 百目木 政人(どめき まさと、1983年12月19日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 苫小牧市立日新小学校、苫小牧市立緑陵中学校を経て、駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業後に王子イーグルスへ入団。アイスホッケー日本代表に選出された。 2022-23シーズンでの引退を表明し、2023年3月5日レギュラーリーグ最終戦において引退セレモニーが行われ、21年間の選手生活を終えた。 引退後は、苫小牧市役所アイスホッケー部に加入。背番号7。
齊藤 哲也(さいとう てつや、1983年12月14日 - )… 齊藤 哲也(さいとう てつや、1983年12月14日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。ポジションはセンター。IJリーグの東京ワイルズに所属。 兄は齊藤毅(英語版)。 2002-03年シーズンから当時日本アイスホッケーリーグに加盟していた王子製紙アイスホッケー部に入団。 2003-2004シーズンからは王子がアジアリーグアイスホッケーへ加盟し、アジアリーグでプレーすることになった。 2007-08シーズンはシーズン途中の2007年1月から2月に開催された長春アジア競技大会のアイスホッケー日本代表に選出され、金メダルを獲得。 2012-13シーズンオフに退団した。
瀬髙 哲雄(せたか てつお、1981年6月16日 - )は、… 瀬髙 哲雄(せたか てつお、1981年6月16日 - )は、日本の政治家。元プロアイスホッケー選手。栃木県日光市長(1期)。このほか、日光市議会議員(3期)を歴任した。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスのアンバサダーも務めている。 北海道苫小牧市出身。苫小牧市立和光中学校を経て駒大苫小牧高校に進学、高校時代は3年連続インターハイで優勝、U-18日本代表にも選ばれた。東洋大学に進学し春季トーナメントでは最優秀新人賞を獲得、インカレ優勝1回、ユニバーシアード代表に1回選ばれ4年次には主将を務めた。 2004年、コクドに入団したが、前年度のコクド、西武合併の影響により、1年で戦力外通告を受けて、2005-06年シーズンには、日本人初となる韓国チームの移籍選手として安養ハルラでプレーした。
小原 大輔(おばら だいすけ、1981年6月4日 - )は、… 小原 大輔(おばら だいすけ、1981年6月4日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。愛称は「バリ」。 釧路市立芦野小学校、釧路市立景雲中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学卒業。 イーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)、コクド(後にSEIBUプリンス ラビッツ)を経て、2009年に日本製紙クレインズに移籍。2011-2012シーズンより日本製紙クレインズキャプテンに就任。 2013-2014シーズン終了後に王子イーグルスへ移籍。 2020-2021シーズンより6シーズンぶりに古巣ひがし北海道クレインズに移籍。 2022-2023シーズンより東北フリーブレイズに移籍。
宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 20… 宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 2008年3月27日)は、北海道出身のプロバスケットボール選手である。元新潟アルビレックスBB所属。ポジションはシューティングガード。背番号7。187cm、75kg。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から大東文化大学を経て、葵企業入り。 2004年、JBLスーパーリーグ時代の新潟アルビレックスA2に移籍。 2004年の6月30日に勝又英樹、小菅直人、橋本伸広とともにA1に昇格。サテライトチームであるA2からA1に選手が昇格するのは初めてであった。 美しいフォームから繰り出されるスリーポイントシュートは小菅以上のものがあった。病気のためアルビレックスBBを退団後は静養に努め、2007年はレラカムイ北海道のトライアウトを受けるまでに回復していた。
加藤 謙如(かとう のりゆき、1976年7月29日 - )は… 加藤 謙如(かとう のりゆき、1976年7月29日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロ野球選手(外野手)。 1994年に駒澤大学附属苫小牧高等学校では3年夏の地区代表決定戦で延長12回の末に敗れて南北海道大会には出場できなかった。横浜ベイスターズにドラフト6位で入団。同校初のプロ野球選手となったが、一軍出場が無いまま、2000年に戦力外通告を受け現役を引退。 2002年からは社会人野球のクラブチーム・オール苫小牧で現役復帰。2005年からはトランシス・マーリンズの外野手コーチを務めていた。 2019年時点では「苫小牧西リトルシニア球団」のコーチを務めている。 長男と甥が高校野球の選手として活躍したことが日刊スポーツに取り上げられている。
菅原 宣宏(すがわら のぶひろ、1976年 - )は、北海道… 菅原 宣宏(すがわら のぶひろ、1976年 - )は、北海道出身の元アイスホッケー選手、アイスホッケー監督。ポジションはディフェンス。 駒澤大学附属苫小牧高等学校卒。王子製紙へ入団し2007-2008シーズンまでプレー。ブロックショットでピンチを防ぎ、闘志あふれるプレーでゴールを守る。 2019-2020シーズンより王子イーグルスに監督に就任し、ジャパンカップ優勝に導く。王子最後の、そしてレッドイーグルス北海道初代の監督である。
鈴木 貴人(すずき たかひと、1975年8月17日 - )は… 鈴木 貴人(すずき たかひと、1975年8月17日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。元アイスホッケー日本代表主将。 6歳でアイスホッケーを始める。駒澤大学附属苫小牧高校3年生次の1994年1月に開催された全国高等学校アイスホッケー競技選手権大会では4試合で9ゴール、3アシストの活躍で優勝に貢献。1994年4月、東洋大学に進学。2年生次の大学リーグ戦で得点、アシスト、ポイントの3冠を獲得して優勝に貢献。日本学生氷上競技選手権大会でも優勝。3年次はカナダのオウガスターナ大学に留学。1997年にはアイスホッケー日本代表に選出され、11月に長野オリンピック日本代表選考のカナダキャンプに参加したが、練習試合で負傷したため、オリンピック日本代表には選出されなかった。
田畑 真紀(たばた まき、1974年11月9日 - )は、日… 田畑 真紀(たばた まき、1974年11月9日 - )は、日本の女子スピードスケート選手及び同自転車競技選手。 北海道勇払郡むかわ町(旧・鵡川町)生まれ。駒澤大学附属苫小牧高等学校出身。同校スピードスケート部監督。富士急、ダイチを経て日本建物管財に所属。短距離から長距離までこなすオールラウンダー。
荒城 啓介(あらき けいすけ、1974年10月12日 - )… 荒城 啓介(あらき けいすけ、1974年10月12日 - )は、北海道苫小牧市出身のアイスホッケー選手・監督である。ポジションはフォワード。ライトハンド。O型。170cm、77kg。 苫小牧市立和光中学校、駒澤大学附属苫小牧高校から明治大学に進学した後、大学4年次にはインカレで決勝に進出したが、延長の末にペナルティショットをポストに当てて失敗し、チームは準優勝に終わった。1997年には古河電工アイスホッケー部に加入し、2シーズン目の第33回日本アイスホッケーリーグ(1998/99シーズン)で初ゴールをあげた。2001/02シーズンにはレギュラーとなったが、左膝靭帯を損傷したため、5試合の出場に終わった。
桜井 邦彦(さくらい くにひこ、1972年4月11日 - )… 桜井 邦彦(さくらい くにひこ、1972年4月11日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはフォワード。ライトハンド。 駒大苫小牧高では1988年インターハイ優勝を経験。1989年にはアジア大会代表にも選ばれ優勝に貢献。 卒業後、王子製紙に入団。長らくチームの中心選手として活躍しチームに多くのタイトルをもたらした。 第72回全日本選手権ではMVPに選ばれる。 代表としても世界選手権4度出場。長野オリンピックにも出場した。 2009年12月13日に日本リーグ、アジアリーグ最多出場となる604試合出場を達成。 2009-10シーズンを最後に引退。日本リーグ、アジアリーグ通算試合数は618試合まで伸ばした(2014年10月11日に高橋淳一に更新される)。
山本 宏美(やまもと ひろみ、1970年4月21日 - )は… 山本 宏美(やまもと ひろみ、1970年4月21日 - )は、北海道白老郡白老町出身の元スピードスケート選手。1994年リレハンメルオリンピック銅メダリスト。現姓・山中。 3歳頃からスケートを始める。白老中学校1年の時に全国中学校体育大会で優勝した。駒大苫小牧高校を卒業後、王子製紙に入社し、全日本スピードスケート選手権などで活躍。スピードスケートの種目では主に中・長距離を得意とした。 だが1992年の年明けに脳腫瘍を患い入院。1993年春頃には左足首の靱帯を断裂する大怪我を追い手術を受ける。このケガを機に、足に負担が掛からない小刻みなピッチ走法に変えた所、これが功を奏してスピードスケートの自己記録を次々と更新し、翌1994年に自身初の冬季オリンピック日本代表に選出された。