伊藤 浩一(いとう こういち、1960年〈昭和35年〉5月1… 伊藤 浩一(いとう こういち、1960年〈昭和35年〉5月18日 - )は、日本の政治家。北海道猿払村長(第11代)。 北海道稚内市生まれ。1979年(昭和54年)3月、北海道稚内高等学校を卒業。同年4月、猿払村役場に入庁。入庁後、協働まちづくり推進課長、保健福祉課長兼地域包括支援センター長、産業課長などを歴任。保健福祉推進課長として、巽昭村長による小規模多機能型居宅介護施設構想、カラオケルームや浴場などを備えた地域交流施設の整備に携わった。 2013年(平成25年)11月18日、無投票で初当選。同年12月3日、猿払村長に就任。 2017年(平成29年)11月14日、無投票で2選。 2021年(令和3年)11月16日、無投票で3選。
工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、… 工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、日本の政治家。北海道稚内市長(4期)。 北海道稚内市出身。北海道大学経済学部卒業。稚内市役所に入庁し企画調整部長、経済部長などを歴任した。2005年(平成17年)3月、稚内市助役に就任。2007年(平成19年)4月、稚内市副市長に就任。2010年(平成22年)12月、副市長を退職。 2011年(平成23年)4月24日に行われた稚内市長選に民主党と自由民主党の推薦を得て出馬。建設会社社長の長谷川伸一の猛攻をしりぞけ初当選した(工藤:11,942票、長谷川:11,726票)。投票率は75.80%だった。5月1日、市長就任。 2015年(平成27年)、無投票で再選。
横田 耕一(よこた こういち、1948年12月30日 - )… 横田 耕一(よこた こういち、1948年12月30日 - )は、日本の政治家、実業家。勲等は旭日小綬章。北海道稚内市出身。1971年3月、東洋大学社会学部応用社会学科卒。元横田モータース株式会社代表取締役。第14代 - 第16代北海道稚内市長(1999年 - 2011年)。 千葉県君津市教育委員会勤務、横田モータース株式会社代表取締役などを経て、1999年稚内市長に初当選。以後、3期連続当選。 2011年4月実施の市長選には、出馬せず引退した。 自然エネルギーの導入促進に積極的に取り組んでおり、風力発電では74基の風車の導入、また太陽光発電では新エネルギー・産業技術総合開発機構の大規模太陽光発電の実証研究の導入などの実績を残した。
敦賀 一夫(つるが かずお、1922年〈大正11年〉1月21… 敦賀 一夫(つるが かずお、1922年〈大正11年〉1月21日 - 2025年〈令和7年〉4月14日)は、日本の政治家。元北海道稚内市長(2期)。 北海道宗谷郡稚内町または礼文町出身。札幌逓信講習所卒。卒業後は稚内郵便局に勤務し、地区労働組合事務局長を経て、1959年(昭和34年)に稚内市議会議員を1期務める。その後は日本電信電話公社に勤務し、1971年(昭和46年)に共同ボデー工業株式会社取締役社長に就任。1967年(昭和42年)と1971年の2回北海道議会議員選挙に稚内市選挙区から社会党公認で立候補したが、いずれも落選した。 1991年(平成3年)、8期32年務めた現職の浜森辰雄を破って稚内市長に当選する。
浜森 辰雄(はまもり たつお、1916年2月9日 - 200… 浜森 辰雄(はまもり たつお、1916年2月9日 - 2009年9月4日)は、日本の政治家。北海道稚内市出身。第4代 - 第11代北海道稚内市長(1959年 - 1991年)。 1939年札幌商業学校、1941年早稲田大学政治経済学部(旧制)卒業。 北海道議会議員(日本社会党会派)を経て、1959年稚内市長に初当選。以後連続8期務め、稚内の天皇とまで称された。1983年に7月にソビエト連邦を初訪し、両国のパイプ役として活躍。同年12月には、ソ連対外友好・文化交流団体連合会より友好促進記章を贈られた。また同年9月の大韓航空機撃墜事件では、遺族対策や報道陣対応でこの年は多忙を極めた。1991年に9選を目指すも落選。