長瀬 勝彦(ながせ かつひこ、1961年5月30日- )は、… 長瀬 勝彦(ながせ かつひこ、1961年5月30日- )は、日本の経営学者、東京都立大学経営経済学部教授。 岩手県遠野市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1984年東京大学経済学部卒業。1991年同大学院経済学研究科経営学専攻博士課程単位取得。2000年「意思決定のストラテジー 実験経営学の構築に向けて」で東京大学から博士(経済学)。組織学会高宮賞受賞。 駒澤大学経営学部専任講師、95年助教授、教授、東京都立大学経済学部教授、2005年首都大学東京教授、2020年東京都立大学教授。専門は意思決定論、実験経営学。
菊池 弥生(きくち やよい、1954年 - )は、日本の博物… 菊池 弥生(きくち やよい、1954年 - )は、日本の博物館学および国際交流の専門家。NPO法人「少年ケニヤの友」理事。岩手県出身。 遠野市出身。岩手県立遠野高等学校、駒澤大学文学部国文学科卒業。アジア・アフリカ語学院アフリカ語科スワヒリ語専攻、英国レスター大学大学院博物館学研究科博物館教育専攻修士課程修了。 日本大使館付属ナイロビ日本人学校教員、駐日ケニア大使館大使秘書、在ケニア国際協力機構博物館個別専門家、文部科学省派遣ナイロビ日本人学校国際交流ディレクターを歴任。 NPO法人「少年ケニヤの友」ケニア事務所ディレクターを経て、同法人理事。遠野文化研究センター研究員。 岸田袈裟と共にアフリカで国際交流・支援活動を行い、2010年からは岸田の仕事を引き継いでいる(菊池は岸田の姪)。
菊池 勇夫(きくち いさお、1898年6月21日 - 197… 菊池 勇夫(きくち いさお、1898年6月21日 - 1975年7月13日)は、日本の法学者、九州大学名誉教授、日本学士院会員。 1898年、岩手県遠野で生まれた。第一高等学校を経て、東京帝国大学法学部に進学。卒業後は同大学の副手となった。 1924年、ILO東京支局職員として勤務。1926年より欧米に留学を命じられた。1928年、九州帝国大学助教授に就いた。1929年に教授昇格。1943年から1945年には法文学部長を務めた。 1949年、第9代九州大学総長に就いた。1953年、日本学士院会員に選出された。学界では日本労働法学会の初代代表理事をつとめた。1962年に九州大学を定年退官し、名誉教授となった。
佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月… 佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月5日 - 1933年〈昭和8年〉9月29日)は、日本の民俗学者、作家、文学者、文学研究者、民話・伝説・習俗・口承文学の収集家、研究家。一般には学者として扱われるが、佐々木自身は資料収集者であり学者ではないと称している。 オシラサマやザシキワラシなどの研究と、400編以上に上る昔話の収集は、日本の民俗学、口承文学研究の大きな功績で、「日本のグリム」と称される。 岩手県土淵村(現在の岩手県遠野市土淵)の裕福な農家に育つ。母方の祖父である万蔵は近所でも名うての語り部で、喜善はその祖父から様々な民話や妖怪譚を吸収して育つ。その後、祖父の医者になる期待を背負い、明治35年、岩手県医科学校(現在の岩手医科大学)に入学するも、医師としての将来を思い描くことができず、2年後に中退する。
伊能 嘉矩(いのう かのり、慶応3年5月9日(1867年6月… 伊能 嘉矩(いのう かのり、慶応3年5月9日(1867年6月11日) - 1925年9月30日)は、日本の人類学者・民俗学者。 明治時代においていち早く人類学を学び、特に台湾原住民の研究では膨大な成果を残した。郷里岩手県遠野地方の歴史・民俗・方言の研究にも取り組み、遠野民俗学の先駆者と言われた。梅陰という筆名での著作も多数ある。 慶応3年(1867年)、横田村(現在の岩手県遠野市東舘町)に生まれる。父母を早くに亡くしたが、両祖父から漢学・国学・国史などを学び、若くして学才を発揮する。1885年、上京して斯文黌に学ぶ。自由民権運動にも参加し、岩手県に戻り入学した岩手師範学校では寄宿舎騒動の首謀者とみなされ放校処分を受ける。