瀬戸 和則(せと かずのり、1950年8月17日 - 201… 瀬戸 和則(せと かずのり、1950年8月17日 - 2013年7月25日)は、岩手県釜石市出身のプロ野球選手(投手)。 大槌高ではエースとして活躍。在学中、甲子園には出場できなかったが、1968年春の東北大会県予選で黒沢尻工業高に次ぐ準優勝という実績を残す。東北大会では1回戦で小山田健一がいた日大山形高に敗退するが、好投手として注目された。 1968年のプロ野球ドラフト会議で西鉄ライオンズから13位指名を受けるも入団を拒否し、社会人野球の盛岡鉄道管理局へ入社。泉沢彰がプロ入りした後はチームのエースとなり、ややサイドから内外角をつくシュート、カーブでカウントをとるピッチングを身上に、都市対抗野球の常連として活躍した。
佐々木 剛(ささき たけし、1949年1月8日 - )は、岩… 佐々木 剛(ささき たけし、1949年1月8日 - )は、岩手県釜石市出身の元プロ野球選手(投手)。 釜石北高ではエース。上手投げの本格派で、速球とカーブ、スライダーを武器とした。 別所毅彦著のピッチング教室のモデルとなっている。 1966年にドラフト外でサンケイアトムズへテスト生として入団。一軍出場は偵察メンバーでダブルヘッダーの両試合のみであった。 1971年オフに東映フライヤーズへ移籍し、1972年に引退した。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
泉沢 彰(いずみさわ あきら、1945年8月23日 - 20… 泉沢 彰(いずみさわ あきら、1945年8月23日 - 2017年10月21日)は、岩手県釜石市出身のプロ野球選手(投手)。 小学5年の時に野球を始め、投手となる。花巻商(現・花巻東)の3年の春は、夏は県大会初戦で完封したものの、2回戦で、1年下の阿部成宏(近鉄)が先発して押し出しで一点を与え、これが決勝戦で敗れた。社会人野球の盛岡鉄道管理局に入社し、自チームで2度、富士製鐵釜石の補強選手として1度都市対抗野球に出場し、1969年のドラフト1位で西鉄ライオンズへ入団。 下手投げのフォームで、1970年はルーキーでウエスタンリーグの防御率1位となり、カーブやシュート、シンカーを武器にこの年初勝利するが、73年に太平洋となってからは主に打撃投手をつとめ、その後は勝てず1976年に引退。
及川 宣士(おいかわ のぶじ、1944年6月8日 - )は、… 及川 宣士(おいかわ のぶじ、1944年6月8日 - )は、岩手県釜石市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 東北高校では1961年、2年生の時に夏の甲子園に一塁手として出場。2回戦で岐阜商に敗退。高校同期に日下正勝左翼手、村上宏通二塁手(阪急ブレーブス)がいる。翌年の夏は東北大会準決勝に進出、リリーフとして登板するが、保原高に敗れ甲子園出場を逸した。 1963年に大洋ホエールズに入団。同年オフには高橋重行らとともに整理対象寸前であったが、翌年からコーチ就任予定の別所毅彦に手の大きさを着目されて現役を続けることになる。別所からフォークボールを伝授され、1965年4月27日に一軍初先発、阪神タイガースのジーン・バッキーと投げ合い3安打完封、初勝利を飾る。