スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐々木 麟太郎(ささき りんたろう、2005年4月18日 -… 佐々木 麟太郎(ささき りんたろう、2005年4月18日 - )は、スタンフォード大学に所属する日本の野球選手(内野手、右投左打)。岩手県北上市出身。 ナイスガイ・パートナーズとマネジメント契約を結んでいる。 幼少期から野球を始め、北上市立江釣子小学校1年生のころに江釣子スポーツ少年団に入団、北上市立江釣子中学校時代は大谷翔平の父である大谷徹が監督を務める金ケ崎リトルシニアでプレーした。 2021年に父の佐々木洋が監督を務める花巻東高校に入学し、1年春からベンチ入りした。2年春の2022年に春の選抜大会で甲子園初出場。1回戦の和歌山市立和歌山高等学校戦は4打数無安打2三振に終わり、チームも敗れた。
松本 遼大(まつもと りょうだい、2002年5月17日 - … 松本 遼大(まつもと りょうだい、2002年5月17日 - )は、岩手県滝沢市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 滝沢市立滝沢第二小学校5年の時に巣子野球スポーツ少年団で野球を始め、滝沢市立滝沢第二中学校では軟式野球部に所属。 花巻東高等学校では1年秋からベンチ入りし、菊池雄星や大谷翔平も付けた出世番号「17」を背負った。2年夏にチームは第101回全国高等学校野球選手権大会に出場したが自身はベンチ外。2年秋の東北大会でもエースナンバーを背負うことはなかったが、冬に10kg以上の体重増と筋力トレーニングの成果もあり力を付け、エース格に成長した。3年夏の岩手県代替大会は、準決勝の盛岡大学附属高等学校戦に7回から登板し2回を無失点に抑えたが、0-4でチームは敗れた。
西舘 勇陽(にしだて ゆうひ、2002年3月11日 - )は… 西舘 勇陽(にしだて ゆうひ、2002年3月11日 - )は、岩手県二戸郡一戸町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 一戸町立一戸南小学校で3年生の時に野球を始め、一戸町立一戸中学校では軟式野球部に所属し、2年時に全国中学校軟式野球大会に出場。また3年時には岩手県選抜にも選ばれた。 花巻東高等学校では1年夏からベンチ入りし、同校OBの菊池雄星や大谷翔平に次ぐ「新怪物候補」として注目されたが、腰痛に苦しんだ。2年春の第90回記念選抜高等学校野球大会に出場し、大阪桐蔭との準々決勝で大会初登板するも7失点し、チームも大敗した。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会にも出場し、下関国際との初戦で延長10回に勝ち越された直後に救援登板したが、チームはそのまま敗れた。
工藤 環奈(くどう かんな、1999年4月3日 - )は、青… 工藤 環奈(くどう かんな、1999年4月3日 - )は、青森県平川市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。ビックカメラ高崎ビークイーン所属。ソフトボール日本代表。2023年JDリーグ東地区・最高殊勲選手(MVP)。 青森県平川市出身。兄が野球をやっていた影響で8歳の時にソフトボールを始める。平川市立平賀東中学校を卒業後、岩手県の花巻東高等学校に進学。 2018年、日本リーグのビックカメラ高崎ビークイーンに入団。同年5月、第7回アジア女子ジュニアソフトボール選手権大会に出場し、4番バッターとして4ホームランを放ち、 大会MVP・ホームラン王・打点王・ベストスラッガー賞を獲得。 JDリーグ初年度となった2022年は、打率.356(東地区3位)、10本塁打(同2位タイ)、23打点(同4位)の成績を残し、ベストナイン(遊撃手)を初受賞した。
千葉 耕太(ちば こうた、1998年4月22日 - )は、岩… 千葉 耕太(ちば こうた、1998年4月22日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学1年から盛岡市立好摩小学校で野球を始める。盛岡市立巻堀中学校では軟式野球部に所属した。 花巻東高校進学後は、2年の夏に1学年先輩のエース高橋樹也を擁し、第97回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦の敦賀気比高校戦では7番ライトで出場し、平沼翔太からヒットを放った。3回戦の仙台育英高校戦では2打数0安打に終わり、チームも敗れた。2年秋から右肩痛を発症。3年夏も右肩痛の影響で登板機会が無く、4番ライトで出場したが、岩手県大会初戦の盛岡工業高校に敗れた。 2016年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスに育成ドラフト1巡目で、投手として指名され、支度金200万円、年俸240万円で合意、入団。
谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5… 谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 実兄はサッカー選手の谷村憲一。 花巻東高等学校から国士舘大学に進学し、高校までのストライカーからボランチにポジションを変更。当時は大型ボランチとして活躍。4年次には9アシストを記録し関東大学サッカー2部でアシストランキング2位となったが、Jクラブからのオファーは届かなかった。2020年、唯一オファーのあった当時JFLのいわきFCに加入。いわきでの1シーズン目途中でストライカーのポジションに再転向した。 いわきで十分な活躍ができず、ベンチ外になることもあり、2022シーズンから食生活の見直しなどフィジカル面の強化に努め、攻守でハードワークのできる選手へと成長。
伊藤 樹(いとう たつき、1998年1月2日 - )は、日本… 伊藤 樹(いとう たつき、1998年1月2日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 岩手県花巻市出身。父の影響で小学6年生からバレーボールを始める。 花巻東高等学校、東海大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、VC長野トライデンツに入団した。入団1シーズン目となる2020/21シーズンにV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、2022-23シーズンをもってVC長野トライデンツを退団し、V2男子に所属する北海道イエロースターズに移籍した。
高橋 樹也(たかはし みきや、1997年6月21日 - )は… 高橋 樹也(たかはし みきや、1997年6月21日 - )は、岩手県花巻市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。プロサッカー選手で鹿児島ユナイテッドFCの藤村慶太は従兄弟にあたる。 小学校(花巻市立笹間第一小学校)から笹間一スポーツ少年団(軟式野球)で野球を始める。花巻市立西南中学校卒。 花巻東高等学校では1年秋からベンチ入り。3年夏に岩手大会決勝戦で13回190球を投げ、第97回全国高等学校野球選手権大会出場に貢献。初戦の専大松戸高校戦では2失点で完投勝利。3回戦では仙台育英高校と対戦し、1失点を喫し敗退した。U18ワールドカップにも出場し、中継ぎとして3試合に登板。6回を投げ無失点で準優勝に貢献した。
岸里 亮佑(きしさと りょうすけ、1995年4月3日 - )… 岸里 亮佑(きしさと りょうすけ、1995年4月3日 - )は、岩手県久慈市出身の元プロ野球選手(外野手)。 小学1年から野球を始め、長内中時代は軟式野球部に所属。中学2年時に投手として岩手県選抜に選出。最高球速144km/hを記録し選抜大会・準優勝を達成している。100m走で11秒7の好記録を残し、陸上競技でも東北大会を経験した。 花巻東高等学校時代は左翼手のレギュラー。1年秋から中堅手でレギュラーとなり、1学年上の大谷翔平を擁して東北4強に進出し、1番打者として打率.407の好成績を残す。2年時は足の怪我に泣かされたが、2年秋に左翼手のレギュラーとなり、3年夏には背番号1をつけ(県大会での登板機会は無し)「3番・左翼手」として第95回全国高等学校野球選手権大会に出場した。
菊池 雄星(きくち ゆうせい、1991年6月17日 - )は… 菊池 雄星(きくち ゆうせい、1991年6月17日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。MLBのロサンゼルス・エンゼルス所属。愛称は「U Say」他(後述)。 妻は元フリーアナウンサーの深津瑠美。代理人はスコット・ボラス。 盛岡市立見前小学校3年生の時に見前タイガースで一塁手として野球を始める。 盛岡市立見前中学校在学中は盛岡東シニアでプレー。この頃から本格的に投手へ転向した。3年春に岩手大会準優勝。東北選抜の一員に選ばれ、全国大会優勝に貢献。花巻東高等学校に進学。 高校1年時、第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦・新潟明訓高戦にリリーフ登板し5回を1失点に抑えるもその1点が決勝点となり0-1で敗退。
沢木 冬吾(さわき とうご、1970年 -)は、日本の小説家… 沢木 冬吾(さわき とうご、1970年 -)は、日本の小説家。 岩手県花巻市出身。花巻市立矢沢中学校、花巻東高等学校を経て、日本映画学校(現・日本映画大学)中退。 1999年に『愛こそすべて、と愚か者は言った』で、第三回新潮ミステリー倶楽部賞高見浩特別賞を受賞しデビュー。ペンネームの「沢木冬吾」は好きな漢字を組み合わせたもの。
神農 清治(かんのう きよはる、1953年9月22日 - )… 神農 清治(かんのう きよはる、1953年9月22日 - )は、岩手県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。 花巻商業高等学校では三番打者として活躍し、夏の全国高校野球予選ベスト4の原動力となった。 1971年のドラフトでロッテオリオンズから14位で指名され入団。 一軍公式戦に出場することはなく、退団した。
阿部 成宏(あべ なりひろ、1947年3月27日 - )は、… 阿部 成宏(あべ なりひろ、1947年3月27日 - )は、岩手県出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。1970年までの登録名は阿部 成行(あべ なりゆき)。兄は元プロ野球選手の阿部雄厚。 岩手・花巻商高(現・花巻東高)では1964年にエース、四番打者として夏の甲子園に出場。1回戦で鹿児島玉龍高を完封するが、2回戦では、この大会に優勝した高知高の光内数喜投手(芝工大-鐘淵化学)に抑えられ敗退。 1965年に大洋入団。 1969年には一軍で2試合に登板するが結果を残せなかった。 1970年11月の第1回選抜会議(トレード会議)の対象となり、12月に巨人に移籍。 1971年に外野手に転向する。
泉沢 彰(いずみさわ あきら、1945年8月23日 - 20… 泉沢 彰(いずみさわ あきら、1945年8月23日 - 2017年10月21日)は、岩手県釜石市出身のプロ野球選手(投手)。 小学5年の時に野球を始め、投手となる。花巻商(現・花巻東)の3年の春は、夏は県大会初戦で完封したものの、2回戦で、1年下の阿部成宏(近鉄)が先発して押し出しで一点を与え、これが決勝戦で敗れた。社会人野球の盛岡鉄道管理局に入社し、自チームで2度、富士製鐵釜石の補強選手として1度都市対抗野球に出場し、1969年のドラフト1位で西鉄ライオンズへ入団。 下手投げのフォームで、1970年はルーキーでウエスタンリーグの防御率1位となり、カーブやシュート、シンカーを武器にこの年初勝利するが、73年に太平洋となってからは主に打撃投手をつとめ、その後は勝てず1976年に引退。
阿部 雄厚(あべ ゆうこう、1942年12月4日 - )は、… 阿部 雄厚(あべ ゆうこう、1942年12月4日 - )は、岩手県出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。弟は元プロ野球選手の阿部成宏。 花巻商業高校から1961年に近鉄バファローへ入団。高校一年から投手をつとめ、春の県大会では宮古高を剛速球とドロップのノーヒット・ノーラン・ゲームを演じ、注目を浴びた。今夏の県大会でも一試合平均10三振を奪取するなど、その剛速球には大洋、大毎も目をつけていた。1964年に引退。
谷村 貞治(やむら ていじ、1896年3月19日 - 196… 谷村 貞治(やむら ていじ、1896年3月19日 - 1968年4月20日)は、日本の実業家、政治家、教育者、発明家。 株式会社新興製作所の創業者、谷村学院専門学校および谷村学院高等学校(現・花巻東高等学校)創立者。参議院議員2期、自由民主党岩手県連会長、岩手県政顧問、岩手県経営者協議会長、岩手県体育協会会長などを歴任。テレプリンターの開発により技術立国の礎を築き「みちのくの電信王」などと呼ばれ、地元の産業振興・発展に貢献した。 岩手県稗貫郡新堀村(後の石鳥谷町、現・花巻市)出身。1916年に神田の電機学校(現・東京電機大学)を卒業後、逓信省へ入省。約10年間勤務した後、民間会社へ転職。 自立自営の志を叶えるべく、1937年6月東京市蒲田区(現・東京都大田区蒲田)に旧陸海軍指定管理工場である新興製作所を設立。
大谷 翔平 は、岩手県水沢市 出身のプロ野球選手(投手、指名… 大谷 翔平 は、岩手県水沢市 出身のプロ野球選手(投手、指名打者、外野手)。右投左打。MLBのロサンゼルス・ドジャース所属。