岩手富士 祐一(いわてふじ ゆういち、1963年8月9日 -… 岩手富士 祐一(いわてふじ ゆういち、1963年8月9日 - 2020年12月18日)は、朝日山部屋に所属した元力士。本名は鈴木 祐一(すずき ゆういち)、岩手県江刺市(現・奥州市)出身、神奈川県川崎市育ち。身長185cm、体重133kg。最高位は東十両6枚目(1988年11月場所)。得意手は左四つ、寄り。 川崎市内の中学校を卒業後、朝日山部屋へ入門し、1979年3月場所で初土俵。初土俵から2年程で幕下へ昇進するが、幕下上位で壁に当たり苦戦した。1985年3月場所から四股名を「岩手富士」へ改名してからは順調に番付を上げ、1986年1月場所で十両に昇進する。なお、17代朝日山(元小結・若二瀬)が朝日山部屋を継承してから、初めて誕生した関取であった。
前田川 克郎(まえだがわ かつろう、1939年2月9日 - … 前田川 克郎(まえだがわ かつろう、1939年2月9日 - 1998年11月4日)は、岩手県江刺市稲瀬(現役当時、現・同県奥州市)出身で高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は高橋 勝郎(たかはし かつろう)。最高位は西関脇(1961年7月場所・1962年7月場所)。現役当時の体格は170cm、117kg。得意手は左四つ、寄り、突き、押し。大相撲の黄金時代の一つである、「柏鵬時代」に活躍した力士の1人である。 実家は農家。地元の草相撲で活躍していたが、中学2年生の時上京して高砂部屋に入門し、1952年9月場所にて13歳で初土俵を踏んだ。1954年春までは、中学に通いながら相撲を取っている。走るのは非常に苦手であったようであり、本人曰く「みんなが行くのの半分」との事であった。
及川 煌久(おいかわ てるひさ、1936年12月16日 - … 及川 煌久(おいかわ てるひさ、1936年12月16日 - 没年不明)は、岩手県胆沢郡前沢町(現役当時、現在の同県奥州市)出身で高砂部屋(入門時は尾上部屋)に所属した大相撲力士。本名は及川 耕貢(おいかわ こうぐ)。現役時代は、身長176cm、体重120kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東前頭10枚目(1960年9月場所)。 中学在学中に尾上部屋へ入門し、1952年1月場所にて、15歳で初土俵。 初土俵の場所では途中から新序に昇格して相撲を取り、1勝2敗と負け越した。だが、次の場所では序ノ口を飛び越して、序二段に付け出された。 なお、初めて番付に付いた時より、本名でもある「及川」を名乗った(下の四股名は途中で「太郎」から「煌久」に変えたが、上の名は廃業まで「及川」で通している)。
宮城野 錦之助(みやぎの にしきのすけ、延享元年(1744年… 宮城野 錦之助(みやぎの にしきのすけ、延享元年(1744年) - 寛政10年6月5日(1798年7月18日))は、陸奥国江刺郡(現在の岩手県奥州市)出身で佐野山部屋に所属した江戸時代の大相撲力士。本名は小島 大八(こじま だいはち)。体格は身長182cm、体重116kg。最高位は関脇。 最初は江戸相撲関ノ戸億右衛門の弟子となり、江刺川大八と名乗り明和3年(1766年)に初土俵を踏んだ。のちに仙台出身の宮城野丈助の門に移り宮城野大八と改名し、安永10年(1781年)3月に38歳で初入幕した。天明3年(1783年)3月小結になり名を錦之助と改名した。 初土俵は明和3年(1766年)10月場所だが、安永10年(1781年)3月になって新入幕。