武将山 虎太郎(ぶしょうざん こたろう、1995年12月6日… 武将山 虎太郎(ぶしょうざん こたろう、1995年12月6日 - )は、茨城県水戸市出身で藤島部屋所属の現役大相撲力士。本名は藤原 虎太郎(ふじわら こたろう)。身長171.0cm、体重180.0kg、血液型はAB型。最高位は東前頭12枚目(2024年9月場所)。趣味は読書、好物はオムライス。 小学校2年次に、武双山(18代藤島)の父の尾曽正士が主宰する「水戸尾曽相撲道場」で相撲を始めた。小学校4年次に武双山の引退相撲で稽古をつけてもらっている。そのようなことから当時より「大きくなったら武双山の弟子になりたい」と夢を持っていた。小学校6年次に全日本小学生相撲優勝大会で3位になるなど、小学生時代から全国大会に出場していた。
雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月… 雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月28日 - )は、茨城県水戸市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は竹内 雅人(たけうち まさと)。最高位は西大関。現在は年寄・二子山。 3人きょうだいの長男(第2子。姉と妹がいる) として茨城県水戸市で生まれる。実家は茨城県内にバス路線網を持つ旧茨城交通グループのオーナー一族である。小学生時代には空手やソフトボール、バスケットボールに取り組んでいたが、小学校6年時に担任の先生から「大会で勝ったら、焼肉をいっぱい食べさせてあげるから」と言われ水戸市の少年相撲大会に出場したところ優勝したことで相撲に興味を持ち始める。
武双山 正士(むそうやま まさし、1972年2月14日 - … 武双山 正士(むそうやま まさし、1972年2月14日 - )は、茨城県水戸市出身(出生地は勝田市、現在のひたちなか市)で武蔵川部屋に所属した元大相撲力士。本名は尾曽 武人(おそ たけひと)。最高位は東大関。身長184 cm、体重177kg。現在は年寄・藤島、得意手は突き、押し、突き落とし、巻き落とし、左四つ。趣味は釣り。独身。 父の尾曽正人(以下、父と表記)は茨城県相撲連盟理事長というアマチュア相撲の大御所でありアマチュア選手として国体に11回出場した経験も持っている。息子である尾曽武人(以下、角界入りまで尾曽と表記)が後に冠した四股名「武双山正士」の下の名前の由来は父の名前にある。尾曽は元々相撲ではなく魚釣りやソフトボールを好んでいた。
梅の里 昭二(うめのさと しょうじ、1964年5月3日 - … 梅の里 昭二(うめのさと しょうじ、1964年5月3日 - )は、茨城県水戸市出身で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は小泉 昭二(こいずみ しょうじ)。趣味は読書。最高位は西十両13枚目(1993年7月場所)、血液型はO型。得意技は右四つ、寄り。 兄は元関脇・水戸泉政人。兄と共に力士のサイン会に参加した際に高砂部屋に勧誘され、中学卒業と同時に入門し1980年3月場所に初土俵を踏んだ。四股名「梅の里」(後、梅乃里)は地元の水戸の梅まつりに由来しており、祭りに参加することは裕福でなかった家族の貴重な娯楽であり楽しい思い出だったという。三段目までは順調に番付を上げて行ったが膝の怪我や循環器系の疾患もあり、幕下で苦労した。
水戸泉 政人(みといずみ まさと、1962年9月2日 - )… 水戸泉 政人(みといずみ まさと、1962年9月2日 - )は、茨城県水戸市出身で高砂部屋所属の元大相撲力士。最高位は東関脇。本名は小泉 政人(こいずみ まさと)。身長194cm、体重192kg(最高200kg、1996年1月場所)、現在は年寄・錦戸、得意手は突っ張り、左四つ、寄り、上手投げ。愛称は「水戸ちゃん」、「イズミちゃん」など、趣味は油彩画。 幼少の頃に父を亡くし弟の昭二(元十両13・梅の里)とともに母1人の手で育てられた。茨城県水戸市立飯富中学時代には母の勧めで柔道に打ち込み初段になる腕前の持ち主だった。1977年の暮に力士のサイン会に行った。本人は貴ノ花のサイン会だと思っていたそうだったが実は高見山と富士櫻のサイン会だった。
御西山 政夫(おにしやま まさお、1892年3月25日 - … 御西山 政夫(おにしやま まさお、1892年3月25日 - 1978年8月30日)は、茨城県水戸市出身で出羽海部屋に所属した大相撲力士。本名は田中 正夫。第19代横綱・常陸山谷右エ門の従弟(甥とも伝わる)。170cm、92kg。最高位は東前頭6枚目。 1910年6月初土俵、1917年5月十両昇進。1918年5月新入幕したが、この場所途中休場してからは成績不振に陥り、一度は幕下まで転落した。なお、御西山の四股名は常陸山谷右エ門が若い時分に名乗っていたものである。 1923年1月に廃業し剣道家に転向した。
常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん、1874年1月19… 常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん、1874年1月19日 - 1922年6月19日)は、茨城県東茨城郡(のちの水戸市)出身の大相撲力士。第19代横綱。本名は市毛 谷右衛門(いちげ たにえもん)。 大相撲を「国技」に押し上げ、その品格力量から角聖と呼ばれた。出羽ノ海部屋師匠として3横綱4大関など多くの力士を育て、出羽海一門を角界の保守本流として確立したほか、ちゃんこ鍋や後援会などの風習を始めたとされる。 1874年(明治7年)、旧水戸藩士だった市毛高成の長男として水戸の宝鏡院の門前に生まれる。市毛高成は明治維新後に河川運送業と倉庫業を営んだが、荷主から預かった商品を騙し取られ、責任を一身に負って弁償してからは経営が悪化して両方とも倒産してしまった。
常陸山 虎吉(ひたちやま とらきち、1850年2月25日(嘉… 常陸山 虎吉(ひたちやま とらきち、1850年2月25日(嘉永3年1月14日) - 1915年(大正4年)11月1日)は、現在の茨城県水戸市出身で入間川部屋に所属した大相撲力士。最高位は前頭筆頭。本名は五十嵐 虎吉(後出羽ノ海姓)。4代出羽ノ海。横綱常陸山谷右エ門の師匠。 1873年(明治6年)4月入間川部屋から初土俵を踏む。徐々に番付を上げ、1878年(明治11年)5月二段目10枚目以内(現在の十両相当)昇進。1882年(明治15年)に入幕した。幕内上位から中堅で活躍し、1886年(明治19年)5月大関剣山と預かり、1891年(明治24年)1月、1892年(明治25年)1月剣山、1894年(明治27年)1月関脇朝汐を破っている。