西形 彩(にしかた あや、1984年〈昭和59年〉10月17… 西形 彩(にしかた あや、1984年〈昭和59年〉10月17日 - )は、日本の現代美術家、ポップアーティスト、染織画家、伝統工芸士。 以前はアーティスト名、西形 彩庵(にしかた さいあん)として活動していたが、現在は本名を使用している。 1984年(昭和59年)生まれ。栃木県足利市出身。 にしかた染織工房を営む染織画家の父・西形行庵と、洋裁師の母・西形敏子の次女として誕生。 伝統工芸士である両親の元、幼少から手織り、手染め、手描きの伝統技法を学ぶ。白鴎大学足利高等学校を卒業後、ニューヨーク・パリ・ロンドン・ベネチアに渡り、染織アートを研修。染織画家として才覚を発揮し、手染め・手描きといった伝統工芸を現代的に解釈しアパレルに取り入れた自身のヤングカジュアルブランド「-saian-彩庵」をスタート。
丸山 浩司(まるやま ひろし、1953年7月12日 - )は… 丸山 浩司(まるやま ひろし、1953年7月12日 - )は、日本の版画家(木版画)、美術教育研究者。多摩美術大学教授。 栃木県足利市出身。多摩美術大学在学中に吹田文明に師事し、木版画を始める。その後、東京芸術大学大学院に進学し野田哲也・中林忠良に師事、更に木版画研究を進める。その後、福島大学にて教員養成の仕事に従事し、教科書編集や鑑賞教育、現代美術研究を通して美術教育研究にも力を注ぐ。当初は生まれ故郷の足利にて友禅染めの色彩(渡良瀬川の友禅流し)に魅了され鮮やかな色彩による作品を手掛け、単行本の表紙やテレビドラマのセットに利用されるなど、社会的評価が高かったが、現在はモノクロームを基調にした静謐な作品が多い。
牧島 如鳩(まきしま にょきゅう、明治25年(1892年)6… 牧島 如鳩(まきしま にょきゅう、明治25年(1892年)6月25日 - 昭和50年1975年)12月31日)は、栃木県出身の画家で、日本ハリストス正教会の自給伝道者。本名は省三(せいぞう)、聖名はパウェル・ペートロイチ。若いころの号は朝陽、1926年(昭和元年)頃から如鳩、1962年(昭和37年)からは如九と名乗った。伝道の傍らイコンも手がける一方、観音や達磨など仏画や日本の八百万神のみならず、両者を習合した仏耶一如とも言える独特の絵を描いた。 1892年、栃木県梁田郡御厨村字上渋垂(現在の足利市上渋垂町)に、南画家で正教徒の牧島百祿の長男として生まれる。百祿は地元の日本画家・田崎草雲の弟子でもあった。
川島 理一郎(かわしま りいちろう、1886年3月9日 - … 川島 理一郎(かわしま りいちろう、1886年3月9日 - 1971年10月6日)は、日本の洋画家。栃木県足利市出身。 1886年3月9日、栃木県足利市に生まれる。1890年、祖父母と共に東京へ転居。 1905年、アメリカへ渡り、ワシントンのコーコラン美術学校に入学、1910年に同校卒業。なお、同校在学中の1906年にはニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインへ特待生として学び、褒状を得ている。 1911年にはフランスへ渡って、まずはパリのアカデミー・ジュリアンへ、その後アカデミー・コラロッシに学ぶ。翌1912年にサロン・ドートンヌで入選した。この時期、フランス当地のフォーヴィスム、キュビスムの新運動隆盛に刺激を受け、藤田嗣治、パブロ・ピカソなどと交友を結んだ。
田口 米作(たぐち べいさく、元治元年4月6日 (1864年… 田口 米作(たぐち べいさく、元治元年4月6日 (1864年5月11日) - 明治36年(1903年)1月18日)は、明治時代の版画家、浮世絵師。 小林清親の門人。姓は田口、名は米作。桜川と号す。元治元年(1864年)4月6日、下野国(現・栃木県)都賀郡野田村(現・足利市)に生まれる。明治6年(1873年)上京し、初めは中村晩山に師事、後に明治14年(1881年)頃小林清親に入門する。父親は芝西久保で米屋を営んだ。明治24年(1891年)、清親が赤坂桧町に開設になった東京絵画学校の教授となって絵手本を提供した際、米作自身は井上委山とともに助教授を務めている。明治28年(1895年)に芝桜川町に移転している。