スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
二代目 北見 マキ(きたみ マキ、1990年11月22日 -… 二代目 北見 マキ(きたみ マキ、1990年11月22日 - )は、日本の和妻師、プロマジシャン。 幼少期より手品に興味を示し、高校入学時に手品師への夢と憧れを持つ。16歳で奇術界の一人者であった北見マキ (初代)主催のマジックスタジオに入門し、手品の基礎を学ぶ。 栃木県立足利高等学校を中退し、2009年に北見マキに弟子入り。北見 翼を名乗る。同年7月から落語芸術協会の前座として寄席での修業を行う。2011年7月に前座修業を終えて独り立ちし、浅草演芸ホールでデビューを果たす。 2019年1月に「北海 翼」に一時改名するも、2020年12月に再び「北見 翼」に戻した。 2015年に和妻界の大名跡である「養老」の亭号を、師である北見マキ(四代目養老瀧五郎)より拝領し「養老 瀧之丞」の名義でも活動する。
中村 洋基(なかむら ひろき、1979年2月27日 - )は… 中村 洋基(なかむら ひろき、1979年2月27日 - )は、日本の広告クリエイティブディレクター、投資家、作家、パーソナリティ。 1979年、栃木県足利市生まれ。実家はとんかつ屋。栃木県立足利高等学校を卒業後に上京し、早稲田大学第一文学部に入学。 大学在学中は演劇の道に進み、劇作家や演出家になろうと考えていたが、当時加入していた劇団が解散してしまった為、進路を変更。大学2年のときにビデオジョッキーソフト「motion dive 2」のプログラムにサポートとして加わり、2000年よりフリーランスのWebデザイナー・プログラマーとして活動を開始。 2002年、1年留年後に大学を卒業、ニッポン放送を経て、電通で月・水・金アルバイトのウェブデザイナーとして参加。
吉永 浩和(よしなが ひろかず、1977年9月30日 - )… 吉永 浩和(よしなが ひろかず、1977年9月30日 - )は、日本の実業家。博士(工学)。ログリー株式会社創業者・同社代表取締役社長。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校を経て、2000年に獨協大学経済学部を卒業後、ソフトウエアマネジメント(現・CAICA)に入社。早稲田大学大学院在学中の2006年5月にログリーを設立し、代表取締役に就任。ログデータが大きな価値を持つ時代が来ると考え、大学院では分散処理を研究した。2011年、早稲田大学大学院情報生産システム研究科修了、博士(工学)。2018年5月、ログリー社の株式を東京証券取引所マザーズ市場に上場。2018年11月、クロストレックス株式会社社長を兼務。
ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - … ツクイヨシヒサ(つくい よしひさ 1975年9月23日 - )は、日本のマンガ評論家、ライター、編集者。栃木県足利市出身。本名は津久井幹永。有限会社アンド・エーシー代表。 栃木県立足利高等学校、駒澤大学文学部卒業。大学在学中からライターとしての活動を始める。編集プロダクションを経て、フリーライター、編集者として活躍後、2004年に有限会社アンド・エーシー設立。 主にマンガ、野球、各種サブカルを中心に執筆。野球ライターとして雑誌『週刊ベースボール』『野球太郎』など、サブカルライターとして雑誌『週刊SPA!』『AERA』ほか、サイト『コミックナタリー』や各種書籍、ムック等に寄稿。戦国時代、江戸時代、幕末、三国志、時代劇などの歴史分野も手がける。
柿沼 章(かきぬま あきら、1972年4月24日 - )は栃… 柿沼 章(かきぬま あきら、1972年4月24日 - )は栃木県出身の元自転車ロードレース選手である。2016年現在は宇都宮ブリッツェン運営会社のサイクルスポーツマネージメント株式会社の代表取締役社長である。 プロロード選手としてチームミヤタ、ブリヂストン・アンカー等に在籍。2009年に地元で発足した宇都宮ブリッツェンに選手兼任監督として移籍した。 1997年と2001年に全日本自転車競技選手権大会個人タイムトライアルで優勝した。 2010年現在はコーチ兼任選手という形で宇都宮ブリッツェンに在籍した。 2011年10月にジャパンカップへの出走を最後に選手を引退することを表明した。 2014年4月にサイクルスポーツ株式会社の代表取締役社長に就任した。
ムッシュピエール(1971年8月17日 - )は、大阪市在住… ムッシュピエール(1971年8月17日 - )は、大阪市在住のマジシャン。栃木県足利市出身。 大阪北新地でマジックバー「BAR Magic Time(ばーマジックタイム)」を経営する。怪しげな風貌と高度な技術を併せ持つ特異な存在として日本を代表するマジシャンの一人でもある。血液型はB型。妻と二人暮らし。栃木県立足利高等学校卒業、大阪大学人間科学部中退。太田プロダクション所属。 大阪大学入学当日に奇術研究会に入会。大阪のマジック・バー「バーノンズバー」で出会ったマジシャンルビー天禄に弟子入りし、現在の芸名と風貌、キャラクターが確立される。ステージマジック、テーブルマジック、流行のメンタルマジックなど多彩なジャンルのマジックをこなしマジシャンとしての確かな技術を持つ一方で、ムースでぴっちり固めた髪形に、マーカーで書いた口髭の風貌で登場。
想田 和弘(そうだ かずひろ、1970年6月12日 - )は… 想田 和弘(そうだ かずひろ、1970年6月12日 - )は、日本の映画監督・脚本家・演出家・ジャーナリスト。栃木県足利市出身、岡山県瀬戸内市牛窓町在住。 栃木県立足利高等学校卒業。東京大学文学部宗教学科卒業。宗教学科では島薗進に師事。また在学中に、東京大学新聞編集長を務める。だが、編集長としての激務とプレッシャーのため、燃え尽き症候群を患い、それが後にドキュメンタリー映画『精神』を撮る原点となった。アメリカのドキュメンタリー映画監督フレデリック・ワイズマンの影響を受けた。 卒業後の1993年にニューヨークへ渡り、スクール・オブ・ビジュアル・アーツ映画学科へ入学。在学中に制作した1995年の短編『花と女』がカナダ国際映画祭で特別賞を受賞。
須藤 和臣(すとう かずおみ、1967年〈昭和42年〉12月… 須藤 和臣(すとう かずおみ、1967年〈昭和42年〉12月8日 - )は、日本の政治家。群馬県議会議員(4期)。過去には、第98代群馬県議会議長、群馬県館林市長(1期)を務めた。 群馬県館林市出身。館林市立第八小学校、館林市立多々良中学校、栃木県立足利高等学校卒業。1992年(平成4年)3月、学習院大学卒業。1994年(平成6年)、谷津義男衆議院議員の私設秘書となる。谷津が2000年(平成12年)12月5日に農林水産大臣に就任すると、谷津の秘書官となる。 2007年(平成19年)、群馬県議会議員に初当選。以降、連続3回当選。県議時代は自由民主党に所属した。 2017年(平成29年)2月12日、館林市長の安楽岡一雄が多臓器不全のため死去。
原 つとむ(はら つとむ、1966年12月5日 - )は、栃… 原 つとむ(はら つとむ、1966年12月5日 - )は、栃木県足利市出身のフリーアナウンサー、ラジオパーソナリティ、ナレーター。本名は、原勉。 栃木県立足利高等学校を経て、明治大学卒業後、出版社を経てフリーアナウンサーになる。デビューのきっかけは、ショップチャンネルのキャスターとしての出演。1997年から2002年までTOKYO FM日曜朝の「サンデーモーニングフェスタ(冨永みーな・大崎智美)」内でニュースを担当していた。その後もTOKYO FM「坂上みきのBeautiful」や 「metro pop(ちはる)」などでショッピングコンシェルジュとして活躍。そのほか、TOKYO UPDATE、TOKYO FM SPORTS、JFNニュースも担当している。
羅田 泰和(きぬた やすかず、1966年〈昭和41年〉4月1… 羅田 泰和(きぬた やすかず、1966年〈昭和41年〉4月16日 - )は、日本の歯科医師。 東京都八王子市の西八王子駅前に一般歯科の「きぬた歯科」と、インプラント治療に特化した「インプラント八王子」の2診療所を経営しており、東京都の多摩地域を主体に多くの看板を出している。 苗字は長らくひらがなで「きぬた」と書かれていたが、2022年頃から漢字表記の例が少しずつ増加している。 1966年生まれ。幼少期を過ごした栃木県足利市で栃木県立足利高等学校に進学、日本歯科大学新潟生命歯学部を経てから東京・葛西の歯科医院で勤務した。1996年に独立して西八王子駅南口の奈良ビル2階にきぬた歯科を開業すると、インプラントを前面に出した医院運営を行なって患者を増やし、経営を軌道に乗せた。
和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本… 和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。元栃木県足利市長(2期)。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校卒業。1986年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1987年12月、朝日新聞社に入社。仙台支局、千葉支局、本社社会部に勤務。事件担当や天声人語の補佐を務める。 1997年7月、アメリカ合衆国ハーバード大学ケネディ行政大学院に社費留学。2002年4月、ブラジル・サンパウロ支局長に就任。2009年6月、社会部筆頭次長に就任。2010年9月、宇都宮総局長に就任。 2013年1月、朝日新聞社を退社。 2013年4月の足利市長選挙に自由民主党の推薦と連合栃木の支援を受け、無所属で立候補。
大月 康弘(おおつき やすひろ、1962年 - )は、日本の… 大月 康弘(おおつき やすひろ、1962年 - )は、日本の歴史学者・経済学者。専門は、東ローマ帝国史・ヨーロッパ経済史。一橋大学大学院経済学研究科教授。国立大学法人一橋大学理事・副学長。日経・経済図書文化賞、地中海学会ヘレンド賞受賞。 栃木県立足利高等学校卒業。東ローマ史学者の渡辺金一に師事するため一橋大学経済学部に入学し、1985年に卒業。1987年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1990年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。在学中は、渡辺金一、山田欣吾、阿部謹也の三教授に師事。2005年一橋大学より博士(経済学)の学位を取得。 1990年一橋大学経済学部助手、1991年成城大学経済学部専任講師、1994年同助教授、1996年一橋大学経済学部助教授。
岡ノ谷 一夫(おかのや かずお、1959年7月16日 - )… 岡ノ谷 一夫(おかのや かずお、1959年7月16日 - )は、日本の動物行動学者。帝京大学教授、東京大学名誉教授・客員教授。栃木県足利市生まれ。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校、慶應義塾大学文学部卒業後、米国メリーランド大学大学院で博士号取得。千葉大学助教授、2004年理化学研究所脳科学総合研究センター生物言語研究チーム・チームリーダー。2008年ERATO情動情報プロジェクト総括を兼任、2010年より東京大学総合文化研究科教授。2022年4月より帝京大学先端総合研究機構教授。 小鳥の歌の進化と機構から、人間言語の起源についてのヒントを得る研究で知られている。また、近年では動物とヒトの比較研究から、言語と感情の起源を探っている。
大川 浩(おおかわ ひろし、1959年2月5日 - )は、日… 大川 浩(おおかわ ひろし、1959年2月5日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。財務省大臣官房審議官や、関東信越国税局長、横浜税関長、東京税関長等を歴任した。 1977年 栃木県立足利高等学校から東京大学文科一類に入学。1981年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。主計局総務課配属。1982年 主計局主計企画官付(調整担当)。1984年7月 大臣官房調査企画課調査主任。1985年7月 理財局国有財産総括課調査係長。1986年7月10日 仙台国税局花巻税務署長。1987年7月 理財局国債課長補佐(流通)。1993年7月 主計局主計官補佐(建設第一、二係主査)。1995年 主計局主計官補佐(公共事業総括、第一、二係主査)。
佐桑 徹(さくわ とおる、1958年11月5日 - 2024… 佐桑 徹(さくわ とおる、1958年11月5日 - 2024年8月6日)は、日本の団体役員。日本経済団体連合会の関連団体である一般財団法人経済広報センターの前常務理事・前国内広報部長。広報専門誌「月刊 経済広報」の前編集長。環太平洋大学経営学部元客員教授。 1958年、栃木県に生まれる。慶応義塾大学経済学部卒業。在学時代はゴルフ部に所属。 新卒社員として1981年に経団連事務局へ入局。その後、1990年から8年間の東京新聞(中日新聞)経済部記者を経て、1998年、一般財団法人経済広報センターに入局。2005年より国内広報部長を務める。2015年からは常務理事を兼任。 2013年から明治学院大学の特別講師、2014年から北京伝播大学の招聘教員などを務め、その後も早稲田大学の招聘講師、慶応義塾大学の講座講師、東京工業大学の非常勤講師などを歴任。
茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月… 茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)、外務大臣(第155-156代)。内閣総理大臣臨時代理就任順位第2位。自由民主党栃木県支部連合会会長。 栃木県足利市出身。足利市立北郷小学校月谷分校に1年生から4年生まで通う。5年生から同小学校本校に通った。栃木県立足利高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、丸紅社員を経て読売新聞社政治部記者を務めた後に、ハーバード大学ケネディ行政大学院に留学し、公共政策を学んだ。行政学修士を取得し帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しコンサルタントを務めた。1992年にマッキンゼー・アンド・カンパニー幹部の大前研一が代表を務める平成維新の会事務局長に就任した。
川田 司(かわだ つかさ、1955年(昭和30年)3月28日… 川田 司(かわだ つかさ、1955年(昭和30年)3月28日 - )は、日本の外交官。外務省領事局長等を経て、駐ポーランド特命全権大使。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校を経て、1977年(昭和52年)に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。フランス語研修を受けグルノーブル大学留学を経て、1980年(昭和55年)欧州共同体代表部二等書記官(ベルギー在勤)、1982年(昭和57年)経済局海洋課長補佐、1985年(昭和60年)文化交流部文化第二課首席事務官、1986年(昭和61年)経済局国際エネルギー課首席事務官、1989年(平成元年)在ザイール大使館一等書記官。 1991年(平成3年)12月在イタリア日本国大使館一等書記官、同参事官を経て、1995年(平成7年)1月外務省総合外交政策局人権難民課長。
丸山 浩司(まるやま ひろし、1953年7月12日 - )は… 丸山 浩司(まるやま ひろし、1953年7月12日 - )は、日本の版画家(木版画)、美術教育研究者。多摩美術大学教授。 栃木県足利市出身。多摩美術大学在学中に吹田文明に師事し、木版画を始める。その後、東京芸術大学大学院に進学し野田哲也・中林忠良に師事、更に木版画研究を進める。その後、福島大学にて教員養成の仕事に従事し、教科書編集や鑑賞教育、現代美術研究を通して美術教育研究にも力を注ぐ。当初は生まれ故郷の足利にて友禅染めの色彩(渡良瀬川の友禅流し)に魅了され鮮やかな色彩による作品を手掛け、単行本の表紙やテレビドラマのセットに利用されるなど、社会的評価が高かったが、現在はモノクロームを基調にした静謐な作品が多い。
樋口 美雄(ひぐち よしお、1952年(昭和27年)11月2… 樋口 美雄(ひぐち よしお、1952年(昭和27年)11月23日 - )は、日本の経済学者。専門は、労働経済学・計量経済学。学位は、商学博士(慶應義塾大学・課程博士・1980年)。慶應義塾大学名誉教授。日本経済学会会長(第43代)、(独)労働政策研究・研修機構理事長を務めた。日本学士院会員。栃木県足利市出身。
売野 雅勇(うりの まさお、1951年〈昭和26年〉2月22… 売野 雅勇(うりの まさお、1951年〈昭和26年〉2月22日 - )は、栃木県足利市出身の作詞家。麻生 麗二(あそう れいじ)の別ペンネームでも活動している。所属事務所はフェブライオ・エ・メッツオ、ディヴァイン。 栃木県立足利高等学校、上智大学文学部英文学科卒業。就職試験ではニッポン放送に初めてできた音楽ディレクターの専門職の採用面接で最後の5人まで残ったものの不合格。代わりにグループ会社のポニー(現:ポニーキャニオン)をディレクター職として推薦されたが、音楽性の違いから辞退した。 石井直の勧めにより、コピーライター志望で老舗広告代理店の萬年社に入社。春闘が決着した5月に新聞雑誌制作部にコピーライターとして配属される。
須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5… 須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5日 -2021年(令和3年)5月15日 )は、歌人、小説家、評論家。幻想的な作風が特徴。栃木県足利市出身。 少年時代から和歌・短歌・俳句・詩などに親しみ、在原業平、和泉式部、式子内親王、藤原良経、藤原定家、與謝蕪村、与謝野鉄幹、與謝野晶子、北原白秋、木下杢太郎、日夏耿之介、安西冬衛などを愛誦。日本古典は『源氏物語』などの王朝物語や戦記から中世の短篇物語、江戸文芸全般に至るまで広く親しむ一方、能・浄瑠璃や歌舞伎など。近代文学は森鷗外・幸田露伴・泉鏡花・谷崎潤一郎・佐藤春夫・稲垣足穂・三島由紀夫など。外国文学はE.T.A.ホフマン、スタンダール、メリメ、トーマス・マンなどを愛読。
平塚 浩士(ひらつか ひろし、1945年1月13日 - ) … 平塚 浩士(ひらつか ひろし、1945年1月13日 - ) は、日本の化学者。専門は機能物質化学、物理化学。群馬大学学長。 群馬県館林市出身。1963年栃木県立足利高等学校卒業。1967年群馬大学工学部卒業。1969年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1972年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了、理学博士。同年東京工業大学理学部助手。 1987年群馬大学工学部助教授。1992年群馬大学工学部教授。1995年群馬大学工学部応用化学科長。2000年群馬大学工学部応用化学科長。2006年群馬大学工学部応用化学科長。2007年群馬大学大学院工学研究科教授。 2009年国立大学法人群馬大学理事(企画・教学担当)・副学長。
室田 武(むろた たけし、1943年〈昭和18年〉10月8日… 室田 武(むろた たけし、1943年〈昭和18年〉10月8日 - 2019年〈令和元年〉5月8日)は、日本の経済学者・エコロジスト。同志社大学名誉教授。一橋大学教授・同志社大学教授を歴任。専門は理論経済学。 はじめエントロピー理論を研究し、栗本慎一郎に称賛されたが、その後反原発運動に加わり、エコロジストとして活動し、コモンズ理論を唱えていた。
阿部 昭(あべ あきら、1943年〈昭和18年〉5月1日 -… 阿部 昭(あべ あきら、1943年〈昭和18年〉5月1日 - 2021年〈令和3年〉11月16日)は、日本近世史の研究者。 1943年、栃木県足利市に生まれる。1966年に東京教育大学文学部史学科日本史学専攻を卒業後、黒磯高等学校や宇都宮女子高等学校で県立高等学校教諭を務める。栃木県立文書館(wikidata)の1986年設立に際しては、指導主事として尽力し、1987年4月に国士舘大学文学部国史学専攻助教授に就任した。 1992年4月に同学の教授に就任し、学部長(2000年4月 - 2004年4月)、2004年からは法人常任理事を歴任したが、2013年3月をもって法人理事および教授職から退いた。
須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月… 須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月27日 - 2016年(平成28年)11月5日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事を経て、東京電力ホールディングス取締役。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1970年4月に弁護士登録後、みなと協和法律事務所に所属。法学博士。 東京弁護士会副会長、財団法人法律扶助協会常務理事、最高裁判所司法研修所教官(民事弁護)、日本弁護士連合会綱紀委員会委員長、東京都労働委員会公益委員、国際医療福祉大学客員教授を歴任。そごうグループ民事再生申立代理人、日本長期信用銀行内部調査委員を務める。 2009年(平成21年)12月28日に最高裁判所判事に67歳で就任。
チアキ・イシイ(Chiaki Ishii、石井 千秋、194… チアキ・イシイ(Chiaki Ishii、石井 千秋、1941年10月1日- )は、栃木県足利市出身の柔道家。男性。1969年にブラジルに帰化した。得意技は大内刈。彼の2人の娘、タニア・イシイ(ポーランド語版)、バニア・イシイも柔道家である。 生家は天神真楊流柔術の流れを汲む柔道の足利造士館石井道場。五男の末っ子として生まれる。 祖父は慶応2年生まれの天神真楊流柔術の石井清吉柳喜斎源正義こと石井清吉。清吉は大正に入って嘉納治五郎から請われ道場の看板を柔道に変える。それ以来、父親の石井勇吉(1970年現在、柔道七段)は清吉に講道館の寒稽古・暑中稽古に送られみっちり鍛えられる。チアキはこのころ講道館六段が清吉に贈られたと述べている。
橋本 幸治(はしもと こうじ、1936年1月21日 - 20… 橋本 幸治(はしもと こうじ、1936年1月21日 - 2005年1月9日)は日本の映画プロデューサー、元映画監督、東宝映画常務取締役。栃木県足利市出身。
稲村 利幸(いなむら としゆき、1935年10月29日 - … 稲村 利幸(いなむら としゆき、1935年10月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(8期)。 栃木県足利市出身。1954年、栃木県立足利高等学校卒業。 高校時代から政治家を志し、旧栃木2区選出の自由民主党衆議院議員小平久雄の事務所などに出入りする。1958年、学習院大学政経学部政治学科卒業。 政界に人脈を広げるために雄弁会に入会しようと考え、早稲田大学政治経済学部経済学科に学士入学。1961年、早稲田大学政治経済学部卒業。早大在学中、三木武夫の秘書として活動。大学卒業後、小平の秘書となる。 1963年、第30回衆議院議員総選挙に旧栃木2区から自由民主党公認で立候補し落選。
山本 鉱太郎(やまもと こうたろう、1929年9月15日 -… 山本 鉱太郎(やまもと こうたろう、1929年9月15日 - )は東京都江東区深川木場出身の旅行作家、劇作家。現在千葉県流山市在住。栃木県立足利高等学校、群馬大学卒。旅行をテーマにした作品の小説が多い。日本旅のペンクラブ代表。 2005年12月、社会教育功労者として文部科学大臣より表彰される。日本ペンクラブ、日本推理作家協会、旅行記者クラブ、日本旅のぺンクラブ、旅行作家の会会員。趣味はカメラ、郷土玩具収集、料理、水泳、ハーモニカ、スケッチ。いまも年間100日は国内外の旅を続けている。
相田 みつを(あいだ みつを、雅号:貪不安(ドンフアン)、1… 相田 みつを(あいだ みつを、雅号:貪不安(ドンフアン)、1924年〈大正13年〉5月20日 - 1991年〈平成3年〉12月17日)は、日本の詩人、書家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。書の詩人、いのちの詩人とも称される。栃木県足利市出身。本名は相田 光男(あいだ みつお)。 1924年、栃木県足利市に6兄弟の三男として生まれた。生家は名刹、鑁阿寺(ばんなじ)の東に位置していた。旧制栃木県立足利中学校在学中に書や短歌、絵に親しんだが、喫煙の濡れ衣をきせられ軍事教練の教官に嫌われたために進学を断念。卒業後は歌人・山下陸奥に師事した。1942年、歌会で生涯の師となる曹洞宗高福寺の武井哲応と出会い、在家しながら禅を学んだ。
興津 要(おきつ かなめ、1924年〈大正13年〉4月21日… 興津 要(おきつ かなめ、1924年〈大正13年〉4月21日 - 1999年〈平成11年〉10月20日)は、日本の近世文学研究家・落語研究家。早稲田大学名誉教授。専門は近世後期の滑稽本と明治期の落語、戯作、ジャーナリズム。位階は正五位。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校を経て、1949年早稲田大学文学部国文学科卒業。当時の同級生に立原正秋がいた。1951年まで大学院に在籍、教育学部助手。1956年同専任講師、1959年助教授、1968年早稲田大学教育学部国語国文学科教授、1995年定年退任、名誉教授。1999年死去。死没日付をもって正五位に叙された。 1972年から1974年にかけて講談社文庫として刊行した『古典落語』シリーズ全6巻は200万部を超すロングセラーとなり、現在は一部が講談社学術文庫で刊行されている。
柿沼 幸一郎(かきぬま こういちろう、1919年9月29日 … 柿沼 幸一郎(かきぬま こういちろう、1919年9月29日 - 2010年8月16日)は日本の行政官。元公正取引委員会委員、元公正取引委員会事務局長。新日鉄合併事件の独占禁止法的処理にあたった。神戸税関長や日本銀行理事等も歴任。1989年勲二等瑞宝章受章。 栃木県出身。旧制足利中学校(のちの栃木県立足利高等学校)を経て、1941年12月旧制東京商科大学(のちの一橋大学)を繰り上げ卒業。大学では田中誠二ゼミナールに所属。卒業論文は「法律社会学の諸問題」。 1942年1月大蔵省入省、会社部勤務(六給俸)。短期現役海軍主計科士官(8期)を志願し、同年同月、海軍経理学校に入校し海軍主計中尉に任官。同年5月、経理学校を卒業し東京監査官付となる。
檀 一雄(だん かずお、1912年〈明治45年〉2月3日 -… 檀 一雄(だん かずお、1912年〈明治45年〉2月3日 - 1976年〈昭和51年〉1月2日)は、日本の小説家、作詞家、料理家。 私小説や歴史小説、料理の本などで知られる。「最後の無頼派」作家・文士ともいわれた。また、西遊記の日本語抄訳もある(東京創元社ほか)。 代表作は、律子夫人の没後に描いた『リツ子 その愛』『リツ子 その死』、時代娯楽作品も人気があり『真説石川五右衛門』(1950年、第24回直木賞受賞)、『夕日と拳銃』など、また20年以上に亘り、書き継がれライフワークとなった遺作『火宅の人』(1986年、東映で異父弟のプロデューサーの高岩淡の企画、深作欣二監督、緒形拳主演により映画化)など。
久保 貞次郎(くぼ さだじろう、1909年5月12日 - 1… 久保 貞次郎(くぼ さだじろう、1909年5月12日 - 1996年10月31日)は、日本の美術評論家、小中学生を対象とした創造主義美術教育運動の指導者。跡見学園短期大学学長、町田市立国際版画美術館初代館長なども務めた。婚家の莫大な資産をもとに美術品蒐集でも知られ、芸術家の支援も行なった。旧姓・小此木。小此木真三郎は弟。 栃木県足利町で金物店を営む小此木仲重郎、ヨシの次男として生まれる。3歳で母を亡くし、継母と姉を母替わりに育つ。足利尋常西小学校、栃木県立足利中学校(旧制)を経て、成蹊高等学校 (旧制)に進学。欧米に憧れを抱いていた貞次郎は、1927年に国際語エスペラントを新聞広告で知って寮友らと学習を始め、1928年に日本エスペラント学会に入会。
相川 紗登士(あいかわ さとし、生年月日非公表)は、北海道と… 相川 紗登士(あいかわ さとし、生年月日非公表)は、北海道と関東地方を拠点に活動している日本のフリーアナウンサー。2007年9月までは相川 聡(読み同じ)名義で活動していた。オフィスケイアール所属。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校、中央大学商学部経営学科卒業。 大学を卒業後、1995年4月から2001年3月まで札幌テレビ放送 (STV) のアナウンサーを務めた。 札幌テレビを退社してからも、引き続き北海道を拠点に活動。その間、佐藤のりゆきが運営するテレベックに所属していた。札幌大学で情報文化論の非常勤講師を務めていたこともある。 2006年10月にオフィスケイアールへ移籍。以後はフジテレビ平日午前テレビショッピング枠の通販番組に出演するなど、関東地方での活動がメインになっている。
大豆生田 実 は、日本の政治家、薬剤師。