浅井 昌志(あさい まさし、1960年(昭和35年)4月26… 浅井 昌志(あさい まさし、1960年(昭和35年)4月26日 - )は、日本の政治家。前埼玉県草加市長(1期)。元草加市議会議員(4期)。 埼玉県草加市生まれ。1983年3月、大東文化大学経済学部卒業。 2002年、草加市議会議員に初当選。市議を4期務める。2014年10月31日から2015年10月30日までの1年間、市議会議長を務める。 2018年8月20日、草加市長選挙に出馬するために市議を辞職。同年10月28日執行の草加市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を受けて出馬し、NPO法人理事長の福田誠一を破り初当選を果たした。選挙公約は18歳までの入院費を無料とする子ども医療費助成の拡充策、高齢の重度障害者の入所施設整備、小中学校の体育館へのエアコン設置など。
谷古宇 勘司(やこう かんじ、1950年〈昭和25年〉12月… 谷古宇 勘司(やこう かんじ、1950年〈昭和25年〉12月15日 - )は、日本の政治家、会社役員。第101代埼玉県議会議長、元草加市議会議員。社会福祉法人理事長。草加市体育協会第4代会長。 埼玉県草加市出身。谷古宇甚三郎の長男である。生家は北関東全域や利根川流域で不動産開発を手掛けていた。 草加市立谷塚小学校、明治大学付属中野中学校・高等学校、獨協大学法学部卒業。 1983年4月から2012年12月まで8期埼玉県議会議員をつとめた。1999年、埼玉県議会第101代議長に就任。草加青年会議所理事、草加市体育協会理事、草加市文化協会理事、草加市野球連盟会長、草加市立松江中学PTA会長などをつとめた。
田中 和明(たなか かずあき、1949年(昭和24年)1月2… 田中 和明(たなか かずあき、1949年(昭和24年)1月21日 - )は、日本の政治家。元埼玉県草加市長(2期)。 埼玉県草加市生まれ。1971年3月、國學院大學文学部を卒業し、同年4月に草加市役所に入職。広報広聴課長や草加市教育委員会、議会事務局長等を務める。2009年3月、草加市役所を退職。 2010年10月27日、草加市議会は臨時議会を開き、贈収賄事件で有罪判決が確定した元草加市助役を擁護する発言を問題視され、9月に不信任決議を可決されていた木下博信に対し、再び不信任決議を賛成多数で可決。地方自治法の規定により、木下市長は自動失職した。木下の自動失職により、12月12日に執行された出直し市長選に自民・民主・公明3党の支持を受けて無所属で出馬し、木下を破って初当選した。
尾澤 良甫(おざわ りょうほ、1826年5月14日〈旧暦文政… 尾澤 良甫(おざわ りょうほ、1826年5月14日〈旧暦文政9年4月8日〉- 1894年〈明治27年〉8月1日)は、日本の薬種商、政治家。旧姓は藤城(ふじしろ)。幼字は三次郎(さんじろう)。旧諱は良輔(りょうすけ)。 尾澤薬舗店主、東京市牛込区会議員などを歴任した。 武蔵国出身の薬種商である。薬種店を営む尾澤家の婿養子となるが、養父の早逝により辛酸を舐め、非常な苦労を経て家を再興した。1863年(旧暦文久3年)に麻疹が大流行すると、私財を投じて江戸の患者の治療に力を注いだ。調剤だけでなく医術の研鑽も積んでいたことから、江戸府内の民衆から「脈をとらせても当代一」と謳われた。明治維新後も引き続き薬種店を経営するとともに、さまざまな公職を歴任した。