緋縅 祐光(ひおどし すけみつ、1889年7月25日 - 1… 緋縅 祐光(ひおどし すけみつ、1889年7月25日 - 1928年10月14日)は、現在の千葉県市原市出身で二十山部屋に所属した元力士。本名は鈴木 勇作。167cm、109kg。最高位は東前頭17枚目。 1903年1月13歳で入門。1905年1月場所序ノ口に付き、最初「槙ノ嶌」を名乗って着実に出世した。1910年1月場所新十両昇進、一時番付に「牧ノ嶌」と書かれたこともあった。1913年1月場所幕下に陥落したが、1914年1月場所に十両に復帰した。1915年1月場所、再び幕下に陥落していたが、この場所から四股名を「緋縅」と改めて翌1915年6月場所で再び十両に復帰し、そこで4勝1敗の好成績を残して1916年1月場所で新入幕を果たした。
小柳 常吉(こやなぎ つねきち、1838年〈天保9年〉 - … 小柳 常吉(こやなぎ つねきち、1838年〈天保9年〉 - 1881年〈明治14年〉8月20日)は、阿武松部屋、武隈部屋、鬼面山部屋に所属した元力士。本名は御簾生 春吉(御簾納とする資料もある)。上総国市原郡戸田村岩崎(現在の千葉県市原市南岩崎)出身。身長170cm・体重115kg。最高位は西関脇。 1858年1月場所で初土俵(二段目〈現在の幕下〉)を踏んだ。1861年10月場所5日目に千草山と改名し、徳島藩のお抱え力士となった。1866年3月場所で東十両9枚目(十枚目格)に昇進。その場所で、いきなり7勝1敗の優勝次点の好成績を挙げた(優勝相当成績は同じ徳島藩お抱えの千羽ヶ嶽兵右エ門〈8勝1分け〉)。
盤石 力勝(ばんじゃく りきかつ、1834年〈天保5年〉 -… 盤石 力勝(ばんじゃく りきかつ、1834年〈天保5年〉 - 1875年〈明治8年〉10月15日)は、木瀬部屋,錦戸部屋に所属した元力士。江戸時代最後の新入幕力士である。 本名は古茶とのみ伝わっている(姓か名かは不明)。上総国市原郡養老村(現在の千葉県市原市養老)出身。身長・体重は不明。 最高位は西前頭筆頭。 津藩のお抱え力士として、1857年11月場所で初土俵(二段目〈現在の幕下〉)を踏んだ。1863年7月場所で、西十両9枚目(十枚目格)に昇進。十両時代は5割程度の勝率だったこともあり、比較的ゆっくりと昇進を重ねていった。1867年6月場所で、新入幕を果たした(ちなみに前述の通り、江戸時代最後の新入幕力士となった)。
小柳 常吉(こやなぎ つねきち、1817年(文化14年)8月… 小柳 常吉(こやなぎ つねきち、1817年(文化14年)8月 - 1858年5月6日(安政5年3月23日)は、上総国市原郡上高根村(現・千葉県市原市上高根)出身の大相撲力士。本名は高石 桂治。所属部屋は武隈部屋→雷部屋→阿武松部屋。アンコ型の大関として知られた。 横綱阿武松緑之助の弟子となり1835年(天保6年)1月緑松 慶治郎の名で二段目に付け出されるが4番取って全敗。翌10月場所東二段目11枚目につくも2敗して休場。1836年(天保7年)2月8枚目に上がって緑松 常吉と改めるが1預を挟んで4連敗。6日目に漸く初白星を上げた。(この場所6日目限り)その後も負け越し続きながら番付はじりじり上がった。