川名 雄児 (かわな ゆうじ、1959年 - )は、日本の政… 川名 雄児 (かわな ゆうじ、1959年 - )は、日本の政治家、武蔵野市議会議員(6期)、立憲民主党東京都総支部連合会会長(現職)。 千葉県鴨川市出身。武蔵野市立境北小学校(現桜野小学校)、武蔵野市立第二中学校、私立東亜学園高等学校、東放学園専門学校放送芸術科卒業。 フリーライター及びカメラマンとして雑誌メディアを中心に活動を展開、デジタル関係書籍の執筆・出版なども行う。 2003年民主党公認で武蔵野市議会議員に初当選。以後、6期連続で当選(所属政党はのち旧立憲民主党→立憲民主党)。 2026年5月、立憲民主党東京都総支部連合会会長選挙に立候補し、同年5月16日の本選挙でベテラン参議院議員の蓮舫に43票差で勝利して会長に選出された
亀田 郁夫(かめだ いくお、1952年(昭和27年)2月16… 亀田 郁夫(かめだ いくお、1952年(昭和27年)2月16日 - )は、日本の政治家。元千葉県鴨川市長(1期)、元千葉県議会議員(3期)、元鴨川市議会議員(1期)。 千葉県鴨川市出身。芝高等学校卒業後、1976年(昭和51年)3月、立正大学経営学部卒業。同年4月、朝日生命保険に就職。1981年(昭和56年)9月、同社を退社。同年10月、医療法人鉄蕉会亀田総合病院に転職。 1985年(昭和60年)9月、株式会社ケイテイエスを設立。2004年(平成16年)2月、同社の代表取締役と亀田総合病院の理事を退任。同年3月、鴨川市議会議員選挙に初当選(一般選挙か補欠選挙か不明)。2006年(平成18年)5月31日、任期満了により市議を退任。
石田 三示(いしだ みつじ、1952年1月27日 - )は、… 石田 三示(いしだ みつじ、1952年1月27日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、新党きづな副代表などを歴任した。 千葉県鴨川市出身。千葉県立長狭高等学校卒業。 家業の農業に従事し、千葉県NPO活動推進委員、長狭中学校PTA会長、鴨川農協理事などを歴任。NPO法人大山千枚田保存会・理事長、農事組合法人鴨川自然王国・代表理事などを務める。 2007年の千葉県議会議員選挙に民主党公認で鴨川市選挙区より出馬するも落選。2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で出馬し比例南関東ブロック37位で当選。2011年2月17日民主党政権交代に責任を持つ会に入会。 2011年12月28日、野田内閣の消費増税路線に反発し、内山晃らとともに離党届を提出(民主党は2012年2月7日の常任幹事会で離党届を受理せず除籍処分とすることを決定した)。
長谷川 孝夫(はせがわ たかお、1948年(昭和23年)12… 長谷川 孝夫(はせがわ たかお、1948年(昭和23年)12月9日 - )は、日本の政治家、教諭。元千葉県鴨川市長(2期)。 千葉県鴨川市粟斗に生まれる。西条小学校、西条中学校(現:鴨川市立鴨川中学校)卒業。1967年3月、千葉県立長狭高等学校卒業。1971年3月、玉川大学文学部(現:教育学部)卒業。 1971年4月、館山市立北条小学校の教諭となる。1984年4月、千葉県教育庁に入庁。1995年4月、鋸南町立佐久間小学校の校長に就任。2年後の1997年に千葉県教育庁に戻る。2005年3月31日から2012年6月2日まで、鴨川市教育委員会の教育長をつとめた。 2013年2月24日告示、3月3日投開票の鴨川市長選挙に自由民主党、公明党および連合千葉の推薦を得て無所属で出馬。
本多 利夫(ほんだ としお、1939年(昭和14年)10月9… 本多 利夫(ほんだ としお、1939年(昭和14年)10月9日 - )は、日本の政治家。元千葉県鴨川市長。 千葉県鴨川市出身。中央大学法学部卒。旧鴨川市議会議員を4期14年務め、議長も務める。1990年の鴨川市長選挙に立候補し初当選、2005年に天津小湊町と合併するまで旧鴨川市長を4期務める(1994年から3期連続無投票当選)。2005年の合併後の鴨川市長選挙に立候補し、無投票で当選する。市長を1期務め、2009年に退任した。2010年に旭日中綬章を受章。2012年に鴨川名誉市民に推戴された。
千葉 千代世(ちば ちよせ、1907年(明治40年)4月6日… 千葉 千代世(ちば ちよせ、1907年(明治40年)4月6日 - 1991年(平成3年)3月10日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。参議院議員(2期)。旧姓は安田。 千葉県安房郡大山村(現鴨川市平塚)で、安田常吉、さだ夫妻の長女として生まれる。15歳で上京、東京文化女学校専門部卒。書生をしながら小学校家庭科教師、保健婦の資格取得。1929年港区の小学校の学校衛生婦、1941年養護訓導となる。 戦後、1945年、東京都国民学校教職員組合結成に参加し婦人部長に就任。また同年の日本社会党結成時に入党。日本教職員組合書記長、同副部長、同婦人部長、日本労働組合総評議会婦人協議会長などを務める。 1959年の第5回参議院議員通常選挙で全国区から日本社会党公認で立候補して初当選。
永井 謙蔵(ながい けんぞう、1856年2月10日〈安政3年… 永井 謙蔵(ながい けんぞう、1856年2月10日〈安政3年1月5日〉 - 1914年〈大正3年〉5月7日)は、明治期の政治家、実業家。衆議院議員、千葉電灯会社創立者。 安房国長狭郡、後の千葉県安房郡吉尾村(現鴨川市)生まれ。村塾に学び、1877年(明治10年)慶應義塾を卒業。千葉県師範学校講師となり、1898年(明治31年)3月、第5回衆議院議員総選挙に千葉県第7区から進歩党所属で出馬して当選し、衆議院議員を一期務めた。 1901年(明治34年)、日本赤十字社の嘱託を受けて千葉支部主事となり閑院宮載仁親王より有功章を受ける。1906年(明治39年)、千葉電灯会社を創立し、取締役となる。 その他、千葉県属、同警部、同農商課長、天羽郡長、千葉県農会議員、同県教育会議員、同県会議員などを務めた。
安田 勲(やすだ いさお、1853年7月23日(嘉永6年6月… 安田 勲(やすだ いさお、1853年7月23日(嘉永6年6月18日)- 1916年(大正5年)6月9日)は、明治から大正初期の畜産家・政治家。衆議院議員、千葉県長狭郡大山村長。 安房国長狭郡平塚村(千葉県長狭郡大山村平塚、安房郡大山村、長狭町を経て現鴨川市平塚)で安田栄存の長男として生まれる。3歳で母を失い祖母に養育された。嶺田楓江から学び、その後上京し岡鹿門に師事して漢学を修めた。洋学を志し、1871年(明治4年)慶應義塾に入り政治学、経済学などを学んだ。 1876年(明治9年)帰郷し、第二大区区会議員に就任し、1877年(明治10年)第二大区の代議員(千葉県代議人)に当選し千葉県会に出席した。