千葉ヶ嵜 俊治(ちばがさき としじ、1893年4月10日 -… 千葉ヶ嵜 俊治(ちばがさき としじ、1893年4月10日 - 1933年1月16日)は、千葉県印旛郡富里町(現:千葉県富里市)出身で二十山部屋に所属した大相撲力士。本名は玉ノ井 俊治(たまのい としじ)(旧姓:宍倉)。最高位は東大関。 1893年4月10日に千葉県印旛郡富里町(現:千葉県富里市)で生まれる。子供の頃から相撲好きで、地元で開かれていた宮相撲に参加しては大関を張って活躍していたため、1910年に同郷の二十山を頼って二十山部屋へ入門、1911年6月場所で序ノ口から初土俵を踏んだ。宮相撲で大関を張っていた実力は伊達ではなく、幕下時代の1913年5月場所では、それまで無敗の快進撃を続けていた栃木山守也に初黒星を付けて話題を集めた。
