野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 … 野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党熊本県支部連合会特別顧問。 自治大臣(第52代)、国家公安委員会委員長(第62代)、経済企画庁長官(第45代)、建設大臣(第53代)、通商産業政務次官(鈴木善幸内閣)、経済企画政務次官(第1次大平内閣)、衆議院商工委員長、衆議院議員(16期)、自由民主党税制調査会長、同衆議院議員総会長、同国民運動本部長、同商工部会長、保守党党首(第2代)、同幹事長(初代)、自由党幹事長(初代)、新進党政策審議会長(初代)などを歴任。 東京府東京市(現在の東京都)杉並区生まれ。実父は日本大学教授の小立稔であり、筆跡学の創始者ルートヴィヒ・クラーゲスを初めて日本に紹介した哲学者として知られる。
柏原 ヤス(かしわばら やす、1917年〈大正6年〉1月10… 柏原 ヤス(かしわばら やす、1917年〈大正6年〉1月10日 - 2006年〈平成18年〉11月10日)は、日本の政治家。 参議院議員(4期)、公明党副書記長、公明党婦人局長などを歴任した。 1956年7月8日、第4回参議院議員通常選挙に東京地方区から創価学会系無所属で立候補するも、落選する。 1959年6月2日、第5回参議院議員通常選挙に東京地方区から立候補し、初当選を果たす。第7回参議院議員通常選挙より全国区に移り、以降、参議院議員として通算4期を連続で務めることとなる。 公明政治連盟への所属を経て、1964年11月17日、公明党の結党に参加。公明党副書記長に就任する。 1967年、公明党委員長の竹入義勝の下で公明党婦人局長に就任し、以降16年に渡って在任する。
古井 喜実(ふるい よしみ、別表記 : 古井 喜實、1903… 古井 喜実(ふるい よしみ、別表記 : 古井 喜實、1903年 <明治36年> 1月4日 - 1995年 <平成7年> 2月3日)は、日本の内務官僚、政治家。日中友好議員連盟会長を務めた。位階は正三位。 鳥取県八頭郡国中村(現・八頭町)に、古井實壽の二男として生まれる。生家は祖父久次郎の代からすでに田五町歩、山林三町歩をもつ小地主だった。父實壽は古井が生まれたころ、郡役所の書記だったが後に国中村の村長を務めた。 旧制鳥取中学校(現・鳥取県立鳥取西高等学校)、第三高等学校を経て、1922年東京帝国大学法学部英法科に入学する。なお中学時代の同期生に政治学者の矢部貞治がいる。1925年内務省に入省する。
内田 秀五郎(うちだ ひでごろう、1876年11月1日 - … 内田 秀五郎(うちだ ひでごろう、1876年11月1日 - 1975年7月26日)は、日本の政治家。東京府豊多摩郡井荻村長・井荻町長、東京府議会議員(5期)、東京市会議員(4期)、第17代東京府会副議長、東京都議会議員(1期)、第3代・5代東京都議会議長を歴任した。 1876年11月1日、東京府東多摩郡上井草村(現・東京都杉並区)に生まれる。1907年に井荻村長に就任し1926年の町制後も引き続き町長に在任。関東大震災以降に進行が加速した東京近郊の都市化への対応に力を入れ、省線中央本線に西荻窪駅の設置を実現し新たに開通した西武鉄道にも上井草・井荻・下井草三駅を誘致。加えて町主導で大規模区画整理を手掛けて善福寺一帯を風致地区とした。