若林 学歩(わかばやし まなふ、2004年3月10日 - )… 若林 学歩(わかばやし まなふ、2004年3月10日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・RB大宮アルディージャ所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 日本人とガーナ人のハーフ。2021年12月22日に狭山ヶ丘高等学校より大宮アルディージャへの入団が発表された。 2024年12月26日、いわてグルージャ盛岡へ育成型期限付き移籍。 2025年7月30日、期限付き移籍先を横河武蔵野FCに変更して引き続いて育成型期限付き移籍を発表。 2026年1月6日、RB大宮アルディージャに復帰。
師岡 柊生(もろおか しゅう、2000年12月9日 - )は… 師岡 柊生(もろおか しゅう、2000年12月9日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはフォワード(FW)。 日本航空高等学校卒業後、東京国際大学に進学した。2022年8月6日、Jリーグ・ジュビロ磐田への2023年シーズンの加入内定が決まっていた。11月17日にクラブ内の不祥事により加入内定(仮契約)が取り消しとなった。そんな中、Jリーグ・鹿島アントラーズがオファーを出し加入が決まった。背番号は「36」。 2025年、背番号を「19」に変更する。 ゴールへの鋭い動き出しと嗅覚に優れたFW。豊富な運動量で攻守においてハードワークができ、安定したボディバランスで前線の起点となる。
関川 郁万(せきがわ いくま、2000年9月13日 - )は… 関川 郁万(せきがわ いくま、2000年9月13日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 東京都出身でFC多摩から流通経済大学付属柏高校に進学。流通経済大学付属柏高校では1年時から主力としてプレーし、2年時には全国高等学校総合体育大会で優勝に貢献した。2018年5月、鹿島アントラーズに内定が発表された。3年時の全国高校サッカー選手権大会では、決勝で青森山田高校に敗れ2年連続準優勝となるも、大会で3得点をあげる活躍を見せ 優秀選手の一人に選ばれた。 2019年より鹿島アントラーズに入団した。4月24日、AFCチャンピオンズリーグ第4節の慶南FC戦でプロデビューを果たした。
杉山 弾斗(すぎやま だんと、1999年5月20日 - )は… 杉山 弾斗(すぎやま だんと、1999年5月20日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 FC東京U-15むさしから市立船橋高校に進学して世代別代表も経験した。 2017年7月18日、ジェフユナイテッド千葉への加入内定が発表された。 2018年よりジェフ千葉に入団。3月25日、第6節の京都サンガF.C.戦でプロ入り初先発を果たした。 2019年からカターレ富山に育成型期限付き移籍した。 2020年、カマタマーレ讃岐に期限付き移籍。移籍期間を延長し2021年も讃岐に残留したが公式戦出場はなく、2021年12月15日に千葉・讃岐双方から契約満了が発表。それに先立つ12月10日には、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した 2022年、九州サッカーリーグのヴェロスクロノス都農へ加入した。
青木 義孝(あおき よしたか 、1998年9月2日 - )は… 青木 義孝(あおき よしたか 、1998年9月2日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿児島ユナイテッドFC所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 八王子CBXFC、FC町田ゼルビアジュニアユースを経て、同ユースへ昇格。高校3年次の2016年9月、トップチームに2種登録された。その後トップ昇格はせず、2017年2月27日に拓殖大学へ進学する事がクラブからリリースされた。 2020年2月28日、2021シーズンよりFC町田ゼルビアへ加入する事が発表された。3月13日、JFA・Jリーグ特別指定選手として認定され、背番号は24番を着用する事が発表された。 2022年、ラインメール青森に期限付き移籍。
鳥海 由佳(とりうみ ゆか、1996年7月26日 - )は、… 鳥海 由佳(とりうみ ゆか、1996年7月26日 - )は、東京都出身の女子サッカー選手。韓国WKリーグ・仁川現代製鉄レッドエンジェルズ所属。ポジションはフォワード。デフフットサルワールドカップ2023優勝メンバーである桐生玲奈(旧姓 鳥海)は実妹。 2015年に日テレ・メニーナから日テレ・ベレーザに昇格。 2018年10月にFC十文字VENTUSに期限付き移籍(2018年12月31日まで)、翌2019年1月に完全移籍することが発表された。 2019年は14試合に出場し8得点をあげ、チームのチャレンジリーグ優勝となでしこリーグ2部昇格に貢献し、チャレンジリーグ最優秀選手賞を受賞した。 2021年に新しく創設されるWEリーグの大宮アルディージャVENTUSに移籍した。
飯泉 涼矢(いいずみ りょうや、1995年12月28日 - … 飯泉 涼矢(いいずみ りょうや、1995年12月28日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ブラウブリッツ秋田所属。ポジションは、ディフェンダー (DF)、フォワード(FW)。 三菱養和SCユース所属時の2013年、U-18日本代表候補に選出され、トレーニングキャンプに参加した。 早稲田大学を経て、2018年よりFC今治へ加入した。2022年、契約満了により今治を退団。 2023年、ガイナーレ鳥取へ加入。 2024年、水戸ホーリーホックへ移籍。 2025年6月30日、ブラウブリッツ秋田への期限付き移籍が発表された。 2026年、ブラウブリッツ秋田に完全移籍。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。
小池 龍太(こいけ りゅうた、1995年8月29日 - )は… 小池 龍太(こいけ りゅうた、1995年8月29日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはディフェンダー(サイドバック)、ミッドフィールダー。元日本代表。JFAアカデミー福島3期生。 小学生時代は地元の松ヶ谷FCや横河武蔵野FCの下部組織でプレー。横河武蔵野FCジュニアユース時代には、一学年下の三竿健斗と仲が良かったと言う。2008年の中学進学時にJFAアカデミー福島の入校テストに合格し、入校。同期に金子翔太、安東輝、平岡将豪がいる。高校2年生まではミッドフィールダーとして攻撃的なポジションを任され、JFAアカデミー福島のU-18プレミアリーグ昇格にも貢献した。
田嶋 みのり(たじま みのり、1995年4月2日 - )は、… 田嶋 みのり(たじま みのり、1995年4月2日 - )は、東京都八王子市出身の女子サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。結婚後の本名は武政 みのり(旧姓:田嶋)。 サッカーは兄の影響で始める。東京都立飛鳥高等学校では全国ベスト16、東洋大学ではインカレ出場。卒業後、2018年にちふれASエルフェン埼玉に入団。2018年になでしこリーグ2部で新人賞を受賞した。 埼玉で3年間プレーした後、2021年に新しく創設されるWEリーグの大宮アルディージャVENTUSに移籍した。しかし開幕前の紅白戦で左膝靱帯断裂の重傷を負い、初年度は大半をリハビリに費やす。 大宮で3シーズンプレーしWEリーグに35試合に出場した。
中島 翔哉(なかじま しょうや、1994年8月23日 - )… 中島 翔哉(なかじま しょうや、1994年8月23日 - )は、東京都八王子市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・浦和レッズ所属。ポジションはミッドフィールダー(攻撃的ミッドフィールダー、サイドハーフ)、フォワード(セカンドストライカー)。元日本代表。 同じくプロサッカー選手で鹿島アントラーズ所属の小池龍太は母方の従弟。 6歳の時にサッカーを始めるも、同時期に両親が離婚して、母子家庭に育ち、2つのサッカースクールとフットサル教室に通っていた。2004年より東京ヴェルディの下部組織に加入。中学生時にはブラジルへのサッカー留学も3度経験した。2010年には東京都選抜の一員として国体で優勝。2011年にはクラブユース選手権で連覇を果たし、自身もベストヤングプレーヤーに選出された。
南部 健造(なんぶ けんぞう、1992年8月22日 - )は… 南部 健造(なんぶ けんぞう、1992年8月22日 - )は、東京都八王子市出身のサッカー選手。ポジションはFW、DF。 小学校1年生から西八王子SCでプレー。6年生で八王子市の選抜チームに選出され全国大会に出場すると、東京ヴェルディのユースから声がかかり同クラブのジュニアユースに入団。 ユース時代はサッカーに専念するためチームと連携のあったウィザス高等学校(現・第一学院高等学校)に転入。 ジュニアユース、ユース時代は小林祐希と同期。 その後中京大学に進学し4年次にはキャプテンを務める。 大学卒業後は当時J3のカターレ富山に加入。その後はJFLのブリオベッカ浦安で2年、FC大阪で1年プレー、この間はサッカースクールの指導などで生計を立てていた。
木村 勝太(きむら しょうた、1988年8月16日 - )は… 木村 勝太(きむら しょうた、1988年8月16日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。 東京ヴェルディジュニアユース、横浜F・マリノスユースを経て2007年に当時J1のヴァンフォーレ甲府に加入した。 2008年シーズンをもって契約を満了、当時北信越フットボールリーグ1部だった松本山雅FCへ移籍した。 2011年に契約を満了、2012年からJ2・カターレ富山に移籍した。 甲府、松本ではFW登録だったが富山では移籍当初はMF登録となった。2013年シーズンには負傷者が続出したためDF(サイドバック、後にセンターバック)に起用され、2014年シーズンからはDF登録となった。 2014年シーズン終了後契約満了をもって退団。
常盤 聡(ときわ さとし、1987年5月14日 - )は、東… 常盤 聡(ときわ さとし、1987年5月14日 - )は、東京都八王子市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 小学校1年時にサッカーを始める。早稲田実業高校へ進学したが1学年在籍中に留年することとなったため、2学年より通信制高校に転入し、同時にFC東京の下部組織に加入した。長島裕明の厳しい指導の下2005年のJリーグユース選手権では15得点を挙げ、得点ランキング2位に入るなどの活躍を見せた。同期に村田翔などがいた。2006年に進学した東京農業大学では、高い身体能力と技術を発揮して2年時から関東2部リーグの得点ランキング上位に定着し、4年時には副将としてチームを支え、伊藤大介(順天堂大学)とともに4年間の最多出場選手として表彰された。
三吉 聖王(みよし きよたか、1985年7月10日 - )は… 三吉 聖王(みよし きよたか、1985年7月10日 - )は、東京都八王子市出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションは、ディフェンダー。 亜細亜大学を卒業後に南米に渡ると、アルゼンチンのエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタにアマチュア留学生として練習に数日参加。2010年から2012年まではウルグアイ2部のCAボストン・リーベルでプレーした。 2012年8月、清水エスパルスに加入するも、半年で退団。 2013年からは古巣であるCAボストン・リーベルに復帰。その後、11月の試合で前十字靭帯を断裂し、治療のため退団。帰国し、1年間手術とリハビリを行う。2015年にウルグアイ2部のロチャFCと契約。
本間 康貴(ほんま やすたか、1983年6月6日 - )は、… 本間 康貴(ほんま やすたか、1983年6月6日 - )は、東京都八王子市出身の元サッカー選手。サッカー指導者。
井上平(いのうえ たいら、1983年4月11日 - )は、東… 井上平(いのうえ たいら、1983年4月11日 - )は、東京都八王子市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、フォワード。 動き出しで裏を狙う、また前線からのプレスなど、豊富な運動量で攻守ともにチームに貢献する。苦境に直面しても最後まで闘い抜く強い精神力も魅力。 小学校2年でサッカーを始める。中学卒業後、1年間ブラジルに留学。ホームステイ先の家族のなかには元コリンチャンスの選手もいた。帰国後は清水商業高校を経て法政大学に進学。サッカー部ではキャプテンを務め、2005年に関東大学サッカーリーグ戦の得点王とベストイレブンのタイトルを獲得。2006年、関東大学選抜Aに選出された。 2007年、東京ヴェルディ1969に入団。
一木 太郎(いちき たろう、1976年9月1日 - )は、東… 一木 太郎(いちき たろう、1976年9月1日 - )は、東京都八王子市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)、ディフェンダー(スイーパー、サイドバック)。 小学5年生のときから読売クラブの下部組織でサッカーを学び、桐蔭学園高校進学後もユースを選択した。同期には財前宣之らがいる。 1993年、日本で開催された1993 FIFA U-17世界選手権に出場するU-17サッカー日本代表のメンバーに選ばれる。ボランチとして4試合すべてに先発出場し、ベスト8進出に貢献。同年のJユースカップに無理を押して出場したことにより腰のヘルニアを発症し、高校3年生時はサッカーができる状態になくリハビリに専念する。
篠原 統(しのはら おさむ、1971年10月26日 - )は… 篠原 統(しのはら おさむ、1971年10月26日 - )は、東京都八王子市出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはフォワード。 都立駒場高校を卒業後、日本サッカーリーグ2部の読売ジュニオールに加入。 1992年、読売ジュニオールが日本プロサッカーリーグのヴェルディ川崎のサテライトチームとして再編されたことに伴い、同クラブに加入。トップチームでの出場機会はなく、同シーズン限りで退団した。その後は、横河電機サッカー部(後の横河武蔵野FC、現東京武蔵野シティFC)や青梅FCでプレーした。 1995年から横河の選手兼スクールコーチとして活動を始め、1999年に同クラブのジュニアコーチに就任した。以来、横河の育成部門で10年近く指導に関わった後、2007年にNPO法人Sports Unityや、三鷹FAJrユースを立ち上げた。
関口 潔(せきぐち きよし、1969年1月15日 - )は、… 関口 潔(せきぐち きよし、1969年1月15日 - )は、東京都八王子市出身のサッカー指導者。早稲田大学卒。 1991年に早稲田大学を卒業し、リクルートに入社。 1995年、日本サッカー協会(JFA)に転職し、1999年までは事業部で国際試合の運営などを担当、2000年からは技術部で主に指導者養成事業を担当した。 2005年、フィートエンターテイメントより、Jリーグ・横浜FCに出向。2008年3月まで同クラブの強化育成部長、2008年4月から2009年5月までは同クラブの常務取締役を務めた。 2010年3月より、JFAのアジア貢献事業の一環として、サッカー北マリアナ諸島代表監督に就任。2012年5月より同事業によりラオスサッカー連盟技術委員長に就任。