辻堂 ゆめ(つじどう ゆめ、1992年12月18日 -)は、… 辻堂 ゆめ(つじどう ゆめ、1992年12月18日 -)は、日本の小説家、推理作家。女性。神奈川県藤沢市出身。 小学4年までは茨城県水戸市で過ごし、中学1年から高校1年までをアメリカで過ごす。(いずれも父の転勤によるもの。) そのため藤沢市立明治中学校に入学したが、1ヶ月で途中で転校し、アメリカ合衆国・ニュージャージー州のBrookside Middle Schoolを卒業。高校2年生のときに帰国し、神奈川県立湘南高等学校に編入。2011年に卒業。国家公務員に興味があったため、同年、東京大学教養学部文科一類に入学した。 2014年、東京大学法学部の在学中に、神家正成「深山の桜」とともに「夢のトビラは泉の中に」で第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞(大賞は降田天「女王はかえらない」)。
遠野 遥(とおの はるか、1991年8月22日 - )は、日… 遠野 遥(とおの はるか、1991年8月22日 - )は、日本の小説家。男性。神奈川県藤沢市出身、東京都在住。父はBUCK-TICKのボーカル櫻井敦司。 藤沢市立駒寄小学校、藤沢市立大庭中学校、神奈川県立柏陽高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 2019年に「改良」で第56回文藝賞を受賞しデビュー。2020年に「破局」で第163回芥川龍之介賞受賞。平成生まれとしては初の芥川賞受賞者となった。2021年に「教育」で第43回野間文芸新人賞候補となる。 小説は大学進学後に書き始めた。国内外の名作を片っ端から読み、「一番しっくりきた」と感じた夏目漱石の文体を手本としてジャンルを問わずに執筆を重ね、新人賞に応募し続けたという。
國井 隆児(くにい りゅうじ、1987年10月12日 - )… 國井 隆児(くにい りゅうじ、1987年10月12日 - )は日本の写真家・映像作家。 父は写真家・映画監督の井出情児。 神奈川県藤沢市出身。 2005年、湘南学園高等学校中退後、オーストラリアに渡豪。クイーンズランド州にあるCoomera Anglican College卒業。現地にて映像制作を学ぶ。 短編映画・ミュージックビデオを撮り続ける側ら、戦場カメラマンであるジェームズ・ナクトウェイの写真を見て、映像だけでなく動きのない写真という媒体でも人の心を動かすことができることに感銘を受け少年期から好きだった写真に再度没頭する。 2015年帰国。日本を拠点に活動中。
本城 雅人(ほんじょう まさと、1965年6月19日 -)は… 本城 雅人(ほんじょう まさと、1965年6月19日 -)は、日本の小説家・推理作家。元新聞記者、スポーツジャーナリスト。 神奈川県藤沢市出身。本名:楠山正人(くすやま まさと)。 明治学院大学経済学部卒業後に産業経済新聞社に入社。「サンケイスポーツ」の記者としてプロ野球、競馬、メジャーリーグ取材などに携わる。20年間勤めた記者を退職後に作家に転身。2009年、「ノーバディノウズ」が第16回松本清張賞の最終候補作となる(受賞作は牧村一人『アダマースの饗宴』)。受賞はのがしたものの同作で小説家デビュー。2010年、同作で第1回サムライジャパン野球文学賞大賞を受賞。本城雅人は「一球一球にさまざまな思惑が交錯する野球は最高の推理ゲーム。
北山 耕平(きたやま こうへい、本名:小泉 徹(こいずみ と… 北山 耕平(きたやま こうへい、本名:小泉 徹(こいずみ とおる)、1949年12月2日 - 2026年3月26日)は、日本の編集者、作家、翻訳家。元「宝島」編集長。神奈川県藤沢市生まれ。立教大学社会学部卒。 作家片岡義男との出会いが契機となり、立教大在学中の1973年、植草甚一編集の雑誌「WonderLand(ワンダーランド、通巻3号より「宝島」と改称)」の編集メンバーとしてその創刊から参加。のち(1975年1月号、公式には同年8月号から1976年6月号まで)編集長(4代目)となる。当初から小泉徹の名で寄稿していた(「長谷川海太郎伝」など)が、1975年1月号より筆名北山耕平を名乗る。 「全都市カタログ」に始まる「別冊宝島」を刊行するなどし、同誌は大胆な編集方針で日本でのサブカルチャー誌成立初期に、その方向性について決定的な役割を果たす。
新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は… 新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は、日本の作家、評論家、翻訳家。小説においては新田 正明名義も使用した。 日本SF作家クラブ会員。テスラ研究所所長、テスラ記念協会会員、日本セルビア協会会員。 神奈川県藤沢市出身。神奈川県立湘南高等学校、横浜市立大学文理学部卒業。 学生時代からSFファン活動を始め、山野浩一主催のNW-SFワークショップに参加。そこで知り合った志賀隆生・永田弘太郎らとSF同人誌『SF論叢』を1974年に創刊。また1982年、小説『汀線都市』でSFファンジン大賞を受賞。一時SFファンジン大賞の審査員もつとめた。 編集プロダクション「スタジオ・アンビエント」主宰者として、1982年から1986年まで9号刊行された、新時代社発行のSF評論誌『SFの本』の発行人をつとめ、自らもSFの評論活動を行う。
大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - … 大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - )は、日本の化学者、科学読物作家。湘南工科大学名誉教授。 神奈川県藤沢市出身。1949年東京物理学校(のち東京理科大学)理化学科卒。神奈川県公立学校教員をへて、1965年相模工業大学講師、1975年教授、1977年副学長、理事。校名変更で湘南工科大学名誉教授。 1975年『黒つちがもえた』でサンケイ児童出版文化賞、1982年『ふしぎないろみず』で日本科学読物賞受賞。
中里 恒子(なかざと つねこ、1909年12月23日 - 1… 中里 恒子(なかざと つねこ、1909年12月23日 - 1987年4月5日)は、日本の小説家。本名・恒。神奈川県生まれ。1939年に国際結婚をテーマにした『乗合馬車』『日光室』で女性初の芥川賞を受賞。人生の機敏を典雅な文体で描いた。戦後は『歌枕』『時雨の記』など老境を描いた作品を多く発表した。日本芸術院会員。 1909年(明治42年)、父・中里万蔵、母・保乃の次女として、神奈川県藤沢市に生まれる。家業は幕末から続く呉服太物商である。1922年(大正11年)、横浜紅蘭女学校(現・横浜雙葉学園)に入学。翌年9月の関東大震災で家も学校も焼失したため川崎に転居し、川崎実科高等女学校(現・川崎市立川崎高等学校)に編入する。
内藤 千代子(ないとう ちよこ、1893年(明治26年)12… 内藤 千代子(ないとう ちよこ、1893年(明治26年)12月9日 - 1925年(大正14年)3月23日)は日本の小説家。雑誌『女学世界』に多くの恋愛小説を発表し、女子学生に絶大な人気を誇った。槍ヶ岳に登頂した初めての日本人女性でもある。 東京府東京市下谷区下谷西町(現在の東京都台東区東上野)で、士族出身の象牙彫刻師である父広蔵と母いくの長女として生まれる。3歳の時に神奈川県高座郡鵠沼村(現・藤沢市)に移り住み、以後生涯を鵠沼で過ごす。父広蔵は漢籍の素養を持つ教養人であったことから、教育は全て父の手によって行われ、内藤は学齢期になっても学校に行かせてもらうことはできなかった。その後、生涯に渡って一切学校教育を受けていない。