今井 昌治(いまい まさはる、1884年(明治17年)1月5… 今井 昌治(いまい まさはる、1884年(明治17年)1月5日 - 没年不明)は、明治時代後期から昭和時代前期の台湾総督府官僚。高雄市尹、花蓮港庁長。 新潟県中頚城郡高田城下に生まれる。1899年(明治32年)台湾に渡り、1908年(明治41年)6月に台北庁警部、1920年(大正9年)9月に台北州保安課長を経て、1922年(大正11年)5月、台湾総督府地方警視に進み、台北南警察署長に就任する。 1924年(大正13年)12月、地方理事官に進み、台中州新高郡守となり、ついで1926年(大正15年)1月に新竹州苗栗郡守、1927年(昭和2年)8月に台中州彰化郡守を経て、1929年(昭和4年)5月に高雄市尹に就任した。
田沼 健(たぬま けん、弘化3年11月16日〈1847年1月… 田沼 健(たぬま けん、弘化3年11月16日〈1847年1月2日〉 - 1909年〈明治42年〉7月6日)は、幕末の高田藩士、明治期の内務官僚。官選山梨県知事。名・利遂、通称・周太郎。 越後国頸城郡高田蓮池横町(現新潟県上越市)で、高田藩士・田沼善太夫(通称・恆)の長男として生まれる。藩儒・木村容斎に学んだ。明治2年9月(1869年)、高田藩史監となり、さらに同藩少属十四等出仕を務めた。 廃藩置県後、柏崎県に出仕。1873年8月、新潟県少属に就任し、楠本正隆県令に仕えた。楠本が東京府知事に転じると、1876年、同府少書記官に就任。1883年6月、神奈川県大書記官に転じた。 1893年(明治26年)3月21日、山梨県知事に就任。
前島 密(まえじま ひそか、1835年2月4日〈天保6年1月… 前島 密(まえじま ひそか、1835年2月4日〈天保6年1月7日〉- 1919年〈大正8年〉4月27日)は、日本の官僚、政治家、教育者。位階勲等爵位は正二位勲二等男爵。本姓は上野。幼名は房吾郎。名(諱)は巻退蔵、密。通称は来輔。号は如々山翁鴻爪。 越後国出身。日本の近代郵便制度の主要な創設者の一人であり「日本近代郵便の父」と呼ばれ、大蔵省駅逓頭(後の郵政大臣・現総務大臣)、逓信省次官を務めた。今も使われる「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めたほか、1円切手の肖像で知られる。また、東京専門学校及び早稲田大学の建学に深く関わり、早稲田大学第2代校長を務め、校賓の名誉を受けている。早稲田大学正門横にある「早稲田大学教旨」の碑文は、前島密が1915年(大正4年)に揮毫した自筆が元であり、原本は大学に保存されている。
岩佐理(いわさ おさむ)は、日本の財務官僚。財務省大臣官房文… 岩佐理(いわさ おさむ)は、日本の財務官僚。財務省大臣官房文書課長。 新潟県上越市出身。新潟県立高田高等学校、東京大学法学部卒業。1994年 大蔵省入省(主計局総務課)。国家予算の編成に関わり、深夜、早朝まで各種資料の作成や文献調査等をこなしていた。1996年6月 米国留学。1998年7月 文部省教育助成局教職員課企画係長。 2000年7月 関税局調査保全課長補佐(総括)。2001年1月6日 財務省関税局調査保全課長補佐(総括)。総括課長補佐として、課長など、幹部の最終判断をするため、課に関係する全ての案件を把握し、課を代表して関係各局課間との調整を担当するとともに20数名の課員を統率する立場にいた。