荻原 博子(おぎわら ひろこ、1954年5月27日 - )は… 荻原 博子(おぎわら ひろこ、1954年5月27日 - )は、日本の経済評論家、ジャーナリスト。 長野県小諸市出身。長野県上田染谷丘高等学校、明治大学文学部卒業。大学卒業後は経済評論家の亀岡大郎に師事し、亀岡大郎取材班グループでビジネス誌の記事を担当。1982年、27歳の時にルポライター転身を目指し独立。 「満州・浅間開拓の記」という満州引揚者のルポを書くために、約1年間、長野県大日向村を取材。国が国民を棄て去る「棄民」を知り、戦争の酷さを精神的に受け止められず、本は完成し出版されたがルポライターの道を諦め、再びビジネスの世界で記事を書くようになったとしている。 テレビやネット番組のコメンテーター、解説者、パネリストとしても活動している。
柏木 集保(かしわぎ しゅうほ、1948年3月18日 - )… 柏木 集保(かしわぎ しゅうほ、1948年3月18日 - )とは、長野県小諸市出身の競馬評論家である。 「集保」の名はペンネームであり、資料を集めて保つとの意味。身長が高く、同業者からは「ジャンボ」との愛称で呼ばれている。 長野県上田高等学校時代にはハンドボールでインターハイに出場。その後は早稲田大学政治経済学部に進学し、相撲部屋からスカウトされた経験も持つ。1973年に競馬新聞『日刊競馬』を発行する日刊競馬新聞社に入社し、以後同社にて長年にわたり中央競馬の競馬予想を担当。1979年に福島開催で大きな実績を挙げたことから、メイン馬柱に名前が載るようになった。また、1980年の第82回天皇賞で、プリテイキャストの大逃げ勝利をレース展開まで完璧に読み切って的中させ、テレビCMが作られるほどの注目を集める。
桜本(櫻本) 富雄(さくらもと、とみお、1933年9月28日… 桜本(櫻本) 富雄(さくらもと、とみお、1933年9月28日 - 没年不明)は、日本の詩人・評論家。 長野県小諸市生まれ。1952年東京都立上野高等学校卒業、1957年日本大学法学部法律学科卒業。「かつしか幼稚園」を姉弟で経営し、1972年から92年まで理事長。93年から99年まで東京学芸大学非常勤講師。1979年から個人通信誌『空席通信』を発行、戦時中の文学者の動向などを研究・調査してきた。2020年9月『空席通信』休載。「空席通信・余話」のSeesaaブログのみ継続。
影山 裕子(かげやま ひろこ、1932年2月1日 - 200… 影山 裕子(かげやま ひろこ、1932年2月1日 - 2005年9月13日)は、日本の社会評論家、和光大学名誉教授。 長く日本電信電話公社に勤務し、調査役、国立電報電話局長などを歴任して女性管理職の先駆的存在として知られ、評論家としても活動し、女性の社会進出を訴え、後には和光大学教授となった。 影山は、女性の社会進出の妨げになるとして、労働時間に関する女子の保護規定撤廃を唱えるなど、男女雇用機会均等法(1986年)を先取りする主張を早くから展開していた。 長野県小諸市出身(出生地は北海道)。長野県松本深志高等学校を経て、1954年に東京大学経済学部を卒業し、成績トップで日本電信電話公社に入り、経営調査室に配属された。