北川 裕之(きたがわ ひろゆき、1959年(昭和34年)1月… 北川 裕之(きたがわ ひろゆき、1959年(昭和34年)1月2日 - )は、日本の政治家。三重県名張市長(1期)。元三重県議会議員(5期)。 三重県名張市出身。三重県立上野高等学校、同志社大学法学部卒業。 1981年から11年間名張市職員として勤め、1992年からは地元ケーブルテレビ会社で勤務した。 太平洋戦争中に戦艦大和の乗組員を務め、終戦後は語り部として活動した父や、北川正恭元県知事の影響で政治家を志し、2003年より三重県議会議員を務める。2018年1月、当時所属していた民進党を離党し、名張市長選挙への立候補を表明したが、この時の市長選では現職の亀井利克に敗れ落選。翌年に県議に復帰した。 2022年3月9日、市長選挙に立候補するため県議を辞職。
亀井 利克(かめい としかつ、1952年2月13日 - )は… 亀井 利克(かめい としかつ、1952年2月13日 - )は、日本の政治家。三重県名張市長(4期)。元三重県議会議員(3期)。
芝 博一(しば ひろかず、1950年〈昭和25年〉4月21日… 芝 博一(しば ひろかず、1950年〈昭和25年〉4月21日 - 2025年〈令和7年〉11月15日)は、日本の政治家、神職。位階は従三位。勲等は旭日重光章。 参議院議員(3期)、内閣総理大臣補佐官(菅直人第2次改造内閣)、内閣官房副長官(野田第3次改造内閣)、参議院内閣委員長、参議院懲罰委員長、参議院行政監視委員長、民主党総務委員長、民進党幹事長代理、旧立憲民主党参議院国会対策委員長、社団法人鈴鹿青年会議所理事長(第18代)、三重県議会議員(3期)等を歴任。 三重県名張市生まれ。皇學館高等学校、皇學館大學文学部国文学科卒業。大学卒業後はナショナル証券(現・SMBC日興証券)に勤務した。その後、鈴鹿市の椿大神社に婿入りする形で神職として奉職。
永岡 茂之(ながおか しげゆき、1910年(明治43年)10… 永岡 茂之(ながおか しげゆき、1910年(明治43年)10月16日 - 1992年(平成4年)9月28日)は、日本の政治家。三重県名張市長(4期) 。位階は正五位。 三重県那賀郡国津村(現・名張市)出身。1929年、三重県立名賀農学校(のち三重県立名張高等学校、三重県立上野農業高等学校を経て、現・三重県立伊賀白鳳高等学校)卒。1950年、国津村議会議員となり、2期務め、1954年、合併による名張市発足により、名張市議会議員となる。名張市議を5期務め、議長も務めた。1970年、名張市助役となり、1974年、名張市長に就任した。市長を4期務め、1990年に退任。翌1991年、勲三等瑞宝章を受章。1992年に死去。
深山 聳峮(ふかやま たかつら、1858年(安政5年2月)-… 深山 聳峮(ふかやま たかつら、1858年(安政5年2月)- 1912年(大正元年)9月9日)は、明治期の政治家。衆議院議員。 伊賀国名張郡、のちの三重県名張郡箕曲村(一次)(名賀郡箕曲村、名張町、箕曲村(二次)を経て現名張市)で生まれる。漢学を修めた。 三重県会議員に選出され、同常置委員も務めた。1894年(明治27年)3月、第3回衆議院議員総選挙(三重県第6区、自由党)で初当選し、以後、第5回総選挙まで再選され、衆議院議員に連続3期在任した。