加登脇 卓真(かどわき たくま、1987年6月12日 - )… 加登脇 卓真(かどわき たくま、1987年6月12日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手、内野手)。現在は警察官として勤める。 中学時代はボーイズで全国制覇後、高校は京都から北海道の北照高校へ野球留学。1年からレギュラーに定着し、投打の両面で活躍した。高校通算36本塁打を記録。甲子園出場はならなかったが、3年の夏の南北海道大会決勝で、当時2年生だった駒大苫小牧高校の田中将大からホームランを放つ。 同年、超高級左腕と評された辻内崇伸と共に、投手として高校生ドラフト3位で読売ジャイアンツ(以下、巨人)に入団。しかし、一軍での出場のないまま、2008年(平成20年)10月1日に巨人から戦力外通告を受けた。
駒居 鉄平(こまい てっぺい、1982年5月22日 - )は… 駒居 鉄平(こまい てっぺい、1982年5月22日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。2021年からは四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでフロント業務を担当。 小学3年の時に野球を始め、中学3年の時にボーイズリーグの世界大会に出場した。関西創価高では、通算打率.418、20本塁打の成績を残した。2000年のドラフト会議にて6位指名を受け、日本ハムファイターズに入団。同校出身で初のプロ野球選手となった。 将来性が期待されていたものの、プロ入り後は、ディフェンス面での評価は高かったものの、売りであった打撃力に関してはプロの壁が高く、二軍でも二割前後の低打率の状態が続いていた。
内海 哲也(うつみ てつや、1982年4月29日 - )は、… 内海 哲也(うつみ てつや、1982年4月29日 - )は、京都府城陽市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。現在は読売ジャイアンツに所属。
川口 知哉(かわぐち ともや、1979年8月25日 - )は… 川口 知哉(かわぐち ともや、1979年8月25日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手)・監督。
河端 龍(かわばた りゅう、1976年11月10日 - )は… 河端 龍(かわばた りゅう、1976年11月10日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手)。 西城陽高ではエースとして1994年夏の第76回全国選手権に出場。1回戦の対大垣商業戦で完投するも、7失点(自責点4)で敗退。 龍谷大学時代は先発投手として活躍。1995年、1年生にして頭角を現し新人賞を受賞している。その後も1997年春と1998年春の2度のMVPの他、最優秀投手賞3度受賞、ベストナイン3回など、エースとして大活躍。大学選手権では1997年の3年時は初戦九州東海大戦に先発し5-4で勝利、翌1998年の4年時は初戦完投から全試合で先発し準々決勝では亜大を5-3で下し、準決勝で準優勝した東海大に0-2て惜敗したもののベスト4。
堀井 恒雄(ほりい つねお、1958年11月15日 - )は… 堀井 恒雄(ほりい つねお、1958年11月15日 - )は、京都府城陽市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、解説者。1984年から1990年の登録名は「堀井 幹夫」(読み同じ)。 実家は1887年代々続く宇治茶の栽培農家で、幼少の頃から玉露や煎茶を当たり前のように飲み、ジュースは飲んだことが無かった。「体を動かすのが好きで」と小学校まで柔道、中学ではクラスメートに誘われて野球部に入部し、入部後間もなく肩の強さを買われ、投手に転向。ノーヒットノーランを達成するなど才能を開花させ、大谷高校卒業後の1977年に大阪商業大学へ進学。 関西六大学リーグでは1年次の同年からマウンドに上がったが、3年次の1979年にはベンチ入りメンバーからも外れてしまった。