平井 快青(ひらい かいせい、2000年9月12日 - )は… 平井 快青(ひらい かいせい、2000年9月12日 - )は、京都府京丹後市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 岐阜第一高等学校では1年秋からエース。2年夏の県大会は3回戦敗退。3年夏の県大会は21年ぶりのベスト4進出。 2018年10月25日に行われた2018年度新人選手選択会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト2位で指名され入団。背番号は012。 2019年はイースタン・リーグでの登板が1試合だけだった。 2020年はイースタン・リーグ2試合の登板に終わった。 2021年もイースタン・リーグ3試合の登板に終わり、10月4日に戦力外通告を受けた。 2022年よりジャイアンツアカデミーのコーチを務める。
広瀬 新太郎(ひろせ しんたろう、1962年12月8日 - … 広瀬 新太郎(ひろせ しんたろう、1962年12月8日 - )は、京都府京丹後市出身の元プロ野球選手(投手)。 峰山高では、新浦寿夫や鈴木啓示のフォームを真似たというしなやかな投げ方で注目を浴びた。大きなテイクバックとリストの強さを生かしたフォームは評価が高く、最速144km/hのストレートと鋭いカーブ、スライダー、シュートが持ち味だった。 2年次の1979年に夏の府大会で決勝に進出するが宇治高に敗退。 1980年は春の府大会で準優勝、夏も準々決勝に進むが、京都商業高に惜敗し甲子園には出場できなかった。同年のプロ野球ドラフト会議で原辰徳のクジを外した横浜大洋ホエールズから1位指名を受け入団。エースナンバー18が与えられる。
藤村 雅人(ふじむら まさと、1961年4月5日 - )は、… 藤村 雅人(ふじむら まさと、1961年4月5日 - )は、京都府京丹後市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 吉備高では、2年次に1978年春の選抜に出場。1回戦で岐阜高に敗退するが、この試合では1年上の岡本哲司投手をリリーフして甲子園初登板を果たす。同年夏の甲子園県予選ではエースとして活躍し決勝に進むが、箕島高の石井毅、嶋田宗彦の2年生バッテリーに完封を喫した。本格派でスライダー、カーブを武器とした。 1979年オフに、ドラフト外で西武ライオンズに入団。西武での一軍登板はなく、1983年オフに南海ホークスに移籍。1984年には3試合に登板するが、その後はあまり登板機会に恵まれず1987年10月に自由契約となり、現役引退。
滝川 博己(たきがわ ひろみ、1942年1月1日 - )は和… 滝川 博己(たきがわ ひろみ、1942年1月1日 - )は和歌山県出身の元プロ野球選手。
野村 克也(のむら かつや、1935年6月29日 ‐ 20… 野村 克也(のむら かつや、1935年6月29日 ‐ 2020年2月11日)は、京都府竹野郡網野町(現:京丹後市)出身のプロ野球選手(捕手)・コーチ・監督、野球解説者・野球評論家。プロ野球史において唯一、選手と監督の両方で通算3000試合を達成。捕手でありながら当時歴代最多のシーズン52本塁打、戦後初の三冠王などの記録を打ち立て、歴代最多のベストナイン19回選出。監督としても数多の人材と名言を遺し、評論家時代を通じて野球の理論・技術の発展と普及に尽力した。京丹後市名誉市民。後妻にタレントの野村沙知代。 NPB戦後初(史上2人目)の三冠王を達成(世界のプロ野球史上初の捕手による三冠王)。実働26年で本塁打王9回、打点王7回、最優秀選手5回は歴代2位かつパ・リーグ最多記録(歴代1位はいずれも王貞治)。