上野 裕寿(うえの ひろとし、2003年5月5日 - )は、… 上野 裕寿(うえの ひろとし、2003年5月5日 - )は、日本の将棋棋士である。兵庫県加古川市出身。井上慶太九段門下。棋士番号は340。 2012年、第11回全国小学生倉敷王将戦の低学年の部で優勝。 加古川市立野口南小学校 6年生であった2015年4月19日の第40回記念小学生将棋名人戦 決勝大会3位。同年 8月23日には、第4回J:COM杯 こども将棋大会 全国大会準優勝。 2015年9月、小学校6年生で奨励会入会試験を経て6級で奨励会入会。 2016年4月、加古川市立中部中学校へ進学。入会後は順調に昇級・昇段を重ね、中学校3年生の2018年8月には三段に昇段。同年度後期の第64回三段リーグから三段リーグに参加。
横山 友紀(よこやま ともき、2000年1月26日 - )は… 横山 友紀(よこやま ともき、2000年1月26日 - )は将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は329。 兵庫県加古川市出身。甲南高等学校を経て甲南大学法学部卒業[要出典]。 2011年、第36回小学生将棋名人戦ベスト4。 三段リーグには第62回(2017年度後期)から参加。8期目の第69回(2021年度前期)三段リーグでは序盤で2勝3敗と躓きながらもその後は連勝街道に乗り、最終日の1局目に勝利し13勝4敗の成績で最終局を残して1位が確定。同じ井上慶太門下の狩山幹生と共に四段昇段を決めた。自身の体調不良のため後日に延期された最終局では黒星を喫し、最終的な勝敗は13勝5敗(1位)となった。 昇段規定は、将棋の段級 を参照。
船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は… 船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は、将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は281。公認会計士。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。2025年4月1日より加古川市監査委員(任期4年)。 祖父に教えられて5歳で将棋と囲碁を始める。当時は「将棋が好きというよりも祖父が好きだった」という。小学2年時、同郷の井上慶太が師範を務める加古川将棋センターに入会し、将棋に打ち込む。 1998年、加古川市立東神吉南小学校5年(出場時は4年)のとき、第23回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝で負けた相手は、1学年上の高崎一生である。この期の出場者には、他にも後にプロ棋士になった者が多く、船江も西日本大会で牧野光則、糸谷哲郎に勝っている。
久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、… 久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、将棋棋士。棋士番号は207。淡路仁茂九段門下。兵庫県加古川市出身。県立加古川南高校中退。日本将棋連盟棋士会副会長(2015年6月 - )。 1986年の小学生将棋名人戦でベスト4進出(準決勝で優勝者の鈴木大介に敗れる)。同年奨励会に入会。 1993年4月、17歳で四段に昇段(プロ入り)。その後、10年をかけて2003年にA級八段となる。1994年度には、全棋士中1位、歴代6位(当時)の勝率0.8095(34勝8敗)をマーク。1997年度にはオールスター勝ち抜き戦で6連勝し、棋戦初優勝。 定員7名・残留4名という棋界随一の難関・王将リーグ(王将戦挑戦者決定リーグ)に、第49期(1999年度)に初参加。
神吉 宏充(かんき ひろみつ、1959年3月1日 - )は、… 神吉 宏充(かんき ひろみつ、1959年3月1日 - )は、将棋棋士。2011年、引退。内藤國雄九段門下。棋士番号は160。兵庫県加古川市出身。 将棋界きってのエンターテイナーと評される。2021年現在の所属事務所は昭和プロダクション。 小学生の頃に将棋を覚え、中学生のときに本格的に指し始める。そのきっかけは、おじさんに「ヨワ将」と呼ばれたこと。 1977年のアマチュア名人戦で兵庫県代表となる。全国大会では最年少の18歳であったが、ベスト4進出。角頭歩戦法を用いた勝局もあったという。 そして、1978年、内藤門下で奨励会に入会。入門前の約3年間は会社員だった。1級での入会は1961年の若松政和(アマ名人戦優勝歴あり)以来17年ぶり。