緒方 宏志郎(おがた こうしろう、1995年3月5日 - )… 緒方 宏志郎(おがた こうしろう、1995年3月5日 - )は、和歌山県出身の日本の経営者、グラブ職人、和歌山県岩出市を拠点とする野球用品メーカー株式会社Wan Lix代表取締役社長、株式会社RED代表取締役である。投手用グラブブランド「NoLimit ProWave」(ノーリミット プロウェーブ)を主力とし、年間1,000個近くのグラブを扱う。 和歌山県立和歌山高等学校野球部で投手として活動した。高校時代から仲間のグラブ修理やメンテナンスを行うことを好んだ。 高校卒業後、一般企業の会社員となったが、趣味と副業としてグラブの修理を継続した。2019年9月にWebマーケティングを学び創業し、2020年1月にWebを用いて野球用品のメンテナンス・修理等の全国受注を開始した。
平藤 真治(ひらとう しんじ、1968年3月30日 - )は… 平藤 真治(ひらとう しんじ、1968年3月30日 - )は、日本の実業家、イベントプロデューサー。『神戸コレクション』『東京ランウェイ』創業者・プロデューサー、『超十代』統括プロデューサー、映画『パラダイスキス』ファッションプロデューサー。株式会社ソニマージュ代表取締役社長。和歌山県岩出市出身、身長171センチ、血液型はA型。 ファッション業界の風雲児。2002年に誕生した、リアルクローズファッションショーの先駆け、「神戸コレクション」の制作からスタートし、「超十代」「東京ランウェイ」「静岡コレクション」「東京ボックス」など、ファッションイベントの企画制作。そのムーブメントを20年近くに渡り成長させてきた。
吉村 茂夫(よしむら しげお、1918年5月10日 - 20… 吉村 茂夫(よしむら しげお、1918年5月10日 - 2009年12月9日)は、日本の実業家。南海電気鉄道(南海電鉄)元社長・会長。 和歌山県岩出市出身。大阪商科大学(現・大阪市立大学)卒業後の1942年に南海鉄道へ入社。常務取締役、専務取締役を経て、1985年に南海電鉄代表取締役社長に就任し、1992年に代表取締役会長を歴任。 社長時代の1988年4月、南海ホークスのオーナーだった川勝傳の死去に伴い、後任としてオーナーを務めた。前任者の川勝時代から大阪スタヂアムを含めた「難波再開発」(後の「なんばパークス」)案が浮上した時から川勝は「ワシの目が黒いうちは球団は売らん!!」と表面上は強い姿勢を見せていたが(ただし青木一三は、川勝が秘密裏に売却先の候補として来島どっくやダイエーと接触していたことを自著で証言している)、南海ホークスは年間10億円の赤字だった。
津村 紀陵(つむら きりょう、1863年4月9日(文久3年2… 津村 紀陵(つむら きりょう、1863年4月9日(文久3年2月22日) - 1933年(昭和8年)12月16日)は、明治から昭和時代前期の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。前名・光三郎。 素封家・津村重兵衛の長男として紀伊国那賀郡、のちの和歌山県那賀郡山崎村(岩出町を経て現岩出市)で生まれる。1904年(明治37年)3月、家督を相続し紀陵と改名した。 1884年(明治17年)中野黒木村外8カ村戸長に就任。和歌山県会議員を経て、紀南索道、野上軽便鉄道、秋津川水力電気各社長、和歌山倉庫銀行取締役などを歴任した。1918年(大正7年)6月和歌山県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から1925年(大正14年)9月28日まで在任した。
吉村 角次郎(よしむら かくじろう、1844年10月19日(… 吉村 角次郎(よしむら かくじろう、1844年10月19日(弘化元年9月8日)- 1921年(大正10年)10月8日)は、幕末から大正期の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。 紀伊国那賀郡山崎組畑毛村(和歌山県那賀郡山崎村、岩出町を経て現岩出市)で、吉村六右衛門の息子として生まれた。元治元年(1864年)以降、那賀郡畑毛村ほか3ヵ村庄屋、戸長を務めた。 1875年(明治8年)父の死去に伴い家督を相続した。1878年(明治11年)頃から津村重兵衛と協力して養蚕業の振興に尽力。1890年(明治23年)居谷平助と共同で岩出製糸工場を設置し、他に畑毛製糸を設立して経営したが、経済状況の悪化により、1895年(明治28年)に畑毛製糸が、翌年には岩出製糸工場が閉鎖を余儀なくされた。