川崎 博也(かわさき ひろや、1954年8月4日 - )は、… 川崎 博也(かわさき ひろや、1954年8月4日 - )は、日本の実業家。神戸製鋼所元代表取締役社長。第31代神戸商工会議所会頭。 和歌山県伊都郡かつらぎ町生まれ。かつらぎ町立笠田中学校、和歌山県立笠田高等学校を卒業。1980年、京都大学大学院工学研究科修了、神戸製鋼所に入社。2001年IPP本部建設部長、2002年加古川製鉄所設備部長、2007年執行役員、2010年常務執行役員、2012年専務執行役員を経て、2013年代表取締役社長、2016年代表取締役会長兼社長に就任。2018年、検査データ改竄問題に対する責任を取り退任。現在は神戸製鋼所特任顧問。2022年11月より神戸商工会議所第31代会頭に就任。
玉本 敏雄(たまもと としお、ぎょくもと としお、1933年… 玉本 敏雄(たまもと としお、ぎょくもと としお、1933年9月 - )は、日本の実業家、艶福家。タイやカンボジアで多くの女性を囲い込んでいたことで知られる。 和歌山県かつらぎ町出身。1956年に大阪経済大学を卒業後、和歌山相互銀行に就職。1964年に砂利会社に転職して一時は社長を務めるものの砂利不足で会社が解散、別の砂利会社に転職したものの退職している。 1968年頃からタイに渡るようになる。1973年段階では、永住ビザの申請を試みていた。1972年、チエンマイ県で多数の少女を囲い込んでいることが日本の週刊誌で報道され内外で批難にさらされる。当時のタイでは学生らによる反日運動が激化していたことも問題を複雑化させた。
森田 庄兵衛(もりた しょうべえ、1862年11月12日(文… 森田 庄兵衛(もりた しょうべえ、1862年11月12日(文久2年9月21日)- 1924年(大正13年)11月5日)は、明治から大正期の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。 紀伊国伊都郡丁ノ町村(和歌山県伊都郡妙寺村、妙寺町を経て現かつらぎ町)で、酒造業・森田正治の長男として生まれる。1879年(明治12年)に上京して慶應義塾で学び、1882(明治15年)に帰郷した。父の隠居に伴い1883年(明治16年)4月に家督を相続した。 その後、英語、数学、漢学、修身、習字を教授する伊都郡自助私学校を設立し、夜間部も設け、英語教師に英文学者河島敬蔵を招き、地域の子弟の育成に貢献したが、1887年(明治20年)に閉校した。
望月 右内(もちづき うない、1858年7月2日(安政5年5… 望月 右内(もちづき うない、1858年7月2日(安政5年5月22日)– 1917年(大正6年)1月28日)は、明治・大正期の実業家、政治家。衆議院議員。 紀伊国伊都郡、のちの和歌山県伊都郡見好村(現かつらぎ町)で、豪農・望月嘉八郎の長男として生まれる。上田釆女の塾で学んだ。 1873年(明治6年)第四大区五小区役場書記に就任。その後、兄井村総代、兄井・三谷・寺尾・平沼田・皮張五カ村戸長、伊都郡書記を歴任。1883年(明治16年)6月、補欠選挙で和歌山県会議員に選出され、1884年(明治17年)寺尾村外十三カ村戸長に就任したため県会議員を退任。1886年(明治19年)補欠選挙で県会議員に再選され、その後1888年(明治21年)、1892年(明治25年)に再選され、1894年(明治27年)3月に辞任するまで在任。