児嶋 幸吉(こじま こうきち、安政4年11月1日(1857年… 児嶋 幸吉(こじま こうきち、安政4年11月1日(1857年12月16日) - 昭和4年(1929年)12月1日)は日本の実業家。鳥取ガス株式会社の創業者。昭和44年(1969年)9月24日、鳥取市名誉市民に選ばれた。 商家に育ったからさしたる教育は受けていなかったが、心が至って敏く、物事に綿密で早くからなかなか商才に富んでいた。 明治9年(1876年)19歳で酒造業を開設、明治21年(1888年)因幡酒造組合を設立し、組合長として業界の指導に当たり、明治23年(1890年)市会議員に当選して4期11年間市政に参画し、都市計画、発電計画案を作るなど市政の発展と経済の振興に尽力された。明治25年(1892年)鳥取汽船会社を設立して阪神地方へ農産物の移出を行う。
遠藤 董(えんどう ただし、えんどう ただす、嘉永6年1月2… 遠藤 董(えんどう ただし、えんどう ただす、嘉永6年1月22日(1853年3月1日)‐ 昭和20年(1945年)1月22日)は、日本の教育者。 「鳥取県教育の源流」、「郷土教育の父」とされる。鳥取県立図書館の前身となる鳥取県初の公共図書館を設立した。鳥取県立鳥取盲学校と鳥取県立鳥取聾学校の前身である鳥取盲聾唖学校を設立した。鳥取県立図書館の敷地内には遠藤の銅像(胸像)がある。 嘉永6年1月22日(1853年3月1日)、因幡国鳥取(現在の鳥取県鳥取市材木町)に生まれた。父は鳥取藩士の遠藤重嘉、母は雪であり、董は長男だった。幼名は東造。 文久元年1月(1861年1月または2月)には鳥取藩の藩校である尚徳館に入り、坂田潤蔵の門弟となる。
岸本辰雄(きしもと たつお/ たつゆう、1852年12月18… 岸本辰雄(きしもと たつお/ たつゆう、1852年12月18日(嘉永5年11月8日) - 1912年(明治45年)4月4日)は、日本の法学者。明治大学の創設者。 因幡国南本寺町(現在の鳥取市)に鳥取藩士岸本平次郎の三男として生まれる。幼名、辰三郎。当初藩校尚徳館で蘭式兵法を修める。 戊辰戦争に従軍後、1869年(明治2年)、箕作麟祥の共学塾に入門。翌年、貢進生として鳥取藩の推薦を受け、大学南校(後の東京大学)に入学。1872年(明治5年)、新設の司法省明法寮(後に司法省法学校)に第一期生として入学。ジョルジュ・ブスケ、ギュスターヴ・エミール・ボアソナードらにフランス法を学び1876年(明治9年)卒業。
田中 尚(たなか ひさし、嘉永4年(1851年) - 大正6… 田中 尚(たなか ひさし、嘉永4年(1851年) - 大正6年(1917年))は、日本の教育者。 因幡国邑美郡吉方村(現在の鳥取県鳥取市吉方温泉)に田中四郎左衛門の長男として生まれた。 明治7年(1874年)東京師範学校(現在の筑波大学)卒業後、明治9年(1876年)県公立師範学校(現在の鳥取大学地域学部)校長に就任。明治14年(1881年)退職。3年後再び鳥取師範学校に勤務し明治40年(1907年)退職。県教育界のために尽くした。 明治45年(1912年)3月、国幣中社宇倍神社宮司になった。
岡崎 平内(おかざき へいない、1848年4月3日(嘉永元年… 岡崎 平内(おかざき へいない、1848年4月3日(嘉永元年2月28日)- 1917年(大正6年)8月12日)は、日本の政治家。7代目平内。衆議院議員。初代鳥取県会議長。初代鳥取市長。 明治の鳥取士族、政治界の指導者として、明治の100年式典の時、県政功労者となった。幼名は兵太郎、長じて可観と改め、後1880年(明治13年)9月父の名を継ぎ平内と改める。 因幡国邑美郡馬場町(現在の鳥取県鳥取市馬場町)、鳥取藩御用係500石の藩士の家に生まれた。平内の嫡男。明治元年に若くして家督を継ぎ、また鳥取藩大砲隊長となった。 1874年(明治7年)「愛国社」に入り自由民権運動に参加したが、一転して1877年(明治10年)に陸軍省に入省。
筧 雄平(かけい ゆうへい、1842年11月12日〈天保13… 筧 雄平(かけい ゆうへい、1842年11月12日〈天保13年10月10日〉 - 1916年〈大正5年〉3月12日)は、日本の実業家、豪農、篤志家、鳥取県の大地主。筧融通合名会社代表社員。慈善及び教育事業に尽くす。日本最初の季節保育所の創始者である。族籍は鳥取県平民。 因幡国高草郡下味野村(のち鳥取県気高郡美穂村下味野、現・鳥取県鳥取市下味野)出身。筧橘五郎の長男。家業である農業の発達につとめ、傍ら鳥取市で酒類醸造業を営む。1876年、村有原野の開拓と共有林造成事業に着手する。1890年、繁忙期の農家のため託児所を開設する。 下味野に分教場を設けることに尽力し、社会的・経済的に劣悪な環境にあり就学率が低かった赤池部落の子弟のための学校教育の道を開く。
勝山 芳藏(かつやま よしぞう、1841年12月27日(天保… 勝山 芳藏(かつやま よしぞう、1841年12月27日(天保12年11月15日) - 1896年(明治29年)11月30日)は、因幡国気高郡(現鳥取市)出身の力士。本名は小松 芳五郎。年寄2代尾車。最高位は東前頭5枚目(明治5年4月場所)。 玉垣に入門し1864年10月序ノ口。負け越しが一度もなく1871年4月入幕。しかし幕内では不調で一度も勝ち越せず下位の常連であった。負け越し続きにもかかわらず1877年6月までの6年間幕内から陥落しなかったのは若者頭的存在で指導能力があったためと思われる。1877年引退し年寄尾車を襲名。尾車の名跡は元禄時代以来の復活と思われ、師匠玉垣の後ろ盾と事務能力から角界に残るため復活させたと考察される。
足立 正声(正聲、あだち まさな、天保12年9月22日〈18… 足立 正声(正聲、あだち まさな、天保12年9月22日〈1841年11月5日〉 - 1907年〈明治40年〉4月19日)は、日本の武士(鳥取藩士)、官僚、華族。男爵。字は興卿、通称は八蔵。雅号は老狸、天瀑、克己斎、礫室、碌々山房、楽石山人、鼓腹庵、古狸窟。 因幡国邑美郡鳥取庖丁人町(現鳥取県鳥取市)で、鳥取藩士・足立次郎八中和の二男として生まれる。文久元年(1861年)学正堀庄次郎(熙明、敦斎)の推挙で江戸の芳野金陵に学ぶ。文久2年(1862年)冬、国事周旋方に就任。 文久3年8月17日(1863年9月29日)本圀寺事件に参加したため、京都藩邸に拘留され、伯耆国日野郡黒坂、鳥取に幽閉された。第二次長州征討が始まり、慶応2年7月(1866年)幽閉先の荒尾直就邸から同志と共に脱出し、長州藩諸隊の南園隊に加わり、備前、京都で活動して長州藩のために周旋し、大村益次郎から西洋軍学を学んだ。
木下 荘平(莊平、きのした しょうへい、1840年(天保11… 木下 荘平(莊平、きのした しょうへい、1840年(天保11年8月)- 1906年(明治39年)5月14日)は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員、鳥取県会議長。 因幡国八上郡布袋村(鳥取県八上郡三保村、河原村、八頭郡河原村、河原町を経て現鳥取市河原町)で、代々大庄屋を務めた家に生まれた。鳥取の藩儒・正墻適処(薫)に師事し和漢学を修めた。 八上郡農兵組頭、智頭郡農兵組頭、戸長、大区長、学区取締、准十二等出仕、八束郡長などを歴任。1881年(明治14年)鳥取県が再置され、同年11月、鳥取県会議員に当選し、同常置委員、同議長(第3、4、7代)を務めた。 岡崎平内の辞職に伴い1891年(明治24年)9月に実施された第1回衆議院議員総選挙鳥取県第1区補欠選挙で当選し、以後、第2回総選挙でも再選され、衆議院議員に連続2期在任した。
新 貞老(あたらし さだお、1827年11月7日(文政10年… 新 貞老(あたらし さだお、1827年11月7日(文政10年9月18日) - 1900年(明治33年)3月9日)は、幕末の鳥取藩士。明治時代の官吏。国学者。神職。佐渡県権知事、相川県権令。本姓は衣笠。通称は初め田中良達、新庄恒蔵、五郎。変名に池田謙斎。雅号に真木園。 因幡国高草郡村上村に生まれる。新武男の父。国学を飯田秀雄に、紀州にて医学を、和歌を加納諸平に学ぶ。 1860年(万延元年)国書掛となり、国学局教授に転任。1862年(文久2年10月)国事周旋方となり京都に上った。1863年(文久3年)本圀寺事件に参加し、大坂の獄につながれ、1867年(慶応3年)赦されて出獄した。 1868年(明治元年4月)内国事務局書記、12月には権弁官となり、1869年(明治2年2月)奥羽民政巡察使を兼任し奥羽巡回中、7月に佐渡県権知事となる。
飯田 年平(いいだ としひら、文政3年8月6日〈1820年9… 飯田 年平(いいだ としひら、文政3年8月6日〈1820年9月12日〉 - 1886年〈明治19年〉6月26日)は、因幡国鳥取藩国学方、国学者である。 因幡国気多郡寺内町(現・鳥取県鳥取市)の加知弥神社祠官飯田秀雄の次男として生まれる。 秀雄が本居大平の門人であったため、年平も大平に従学、さらに加納諸平にも学んだ。その好学を鳥取藩主池田慶徳に認められ、万延元年(1860年)3月、士班に列して鳥取藩国学方雇となる。挙兵に失敗した天誅組の三枝蓊を屋敷に匿った。明治維新後は、まず史官となり、次いで神祗大史となる。その後、神祇大録・式部大属兼中掌典・神宮神嘗祭奉幣使・式部寮御用掛准奏任官などを歴任。 明治19年(1886年)6月26日、死去の際に従六位に叙された。
福井 コウダイ(ふくい コウダイ)は、日本のロックバンド ド… 福井 コウダイ(ふくい コウダイ)は、日本のロックバンド ドカンズのギタリスト。鳥取県鳥取市出身。
福田 貴訓(ふくた たかのり、1月19日 - )は、日本のソ… 福田 貴訓(ふくた たかのり、1月19日 - )は、日本のソングライター、編曲家、ベーシスト。鳥取県鳥取市出身。ONE5所属。 “ふくだ”ではなく“ふくた”。愛称はタカボー。 2000年よりサポートベーシストとして活動を始める。2003年よりロックバンド「camino」に参加。2008年、avexよりメジャー・デビュー。2011年11月、活動休止。2012年より作家活動を開始。現在にいたるまでAKB48グループ、坂道シリーズの楽曲を数多く手掛けている。
瀧本 美織 は、日本の女優、歌手。鳥取県鳥取市出身。スターダ… 瀧本 美織 は、日本の女優、歌手。鳥取県鳥取市出身。スターダストプロモーション所属。
市来 秋果(いちき しゅうか)は、NHKのアナウンサー。 鳥… 市来 秋果(いちき しゅうか)は、NHKのアナウンサー。 鳥取県鳥取市出身。鳥取県立鳥取西高等学校、神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒業後、2021年4月、地域職員アナウンサーとしてNHKに入局。初任地は鳥取放送局。2025年8月広島放送局に異動。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
河村 芳舟(かわむら ほうしゅう、明治12年(1879年) … 河村 芳舟(かわむら ほうしゅう、明治12年(1879年) - 昭和38年(1963年)は、日本画家。鳥取県邑美郡今町(現・鳥取県鳥取市)出身。 河村鉄二郎の二男として生まれる。名は正吉。 早くから狩野派の画法を学び、のちに東京に出て、狩野派の橋本雅邦の門に入る。兄弟子に川合玉堂がいた。 大正12年(1923年)、鳥取市掛出町の妙円寺本堂の左右それぞれ3枚の襖に半年を費やして墨絵の大作を描いている。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
鈴木 旬(すずき しゅん)は、日本のイラストレーター、キャラ… 鈴木 旬(すずき しゅん)は、日本のイラストレーター、キャラクターデザイナー、アートディレクター。イラストレーベル「TOFUBOY RECORDS(トウフボーイ・レコーズ)」を主宰。昭和カルチャーや歌謡曲、妖怪などをモチーフとした、ノスタルジックかつ現代的なポップスタイルで知られる。 鳥取県鳥取市出身。漫画、アニメ、玩具絵、妖怪画などから強い影響を受け、絵画を独学で習得する。地元である境港市の「水木しげるロード」に関連する企業に5年間勤務し、キャラクターグッズの企画・制作・デザインに従事した。 2013年に東京へ拠点を移し、アニメ制作会社やデザイン会社での勤務を経て、2017年頃よりフリーランスとして活動を開始。