豊田 収(とよだ おさむ、1882年(明治15年)11月25… 豊田 収(とよだ おさむ、1882年(明治15年)11月25日 - 1969年(昭和44年)7月24日)は、日本の教育者、政治家。衆議院議員を6期務めた。青山学院大学講師、中央大学講師も務めた。 父は教育者の豊田太蔵。国土交通官僚の竹歳誠(国土交通事務次官や内閣官房副長官など歴任)は豊田の妹の孫にあたる。 鳥取県八橋郡由良村(現東伯郡北栄町)出身。 1910年(明治43年)、東京帝国大学法科大学独法科卒業。オックスフォード大学に留学。 帰国後鉄道書記官、鉄道監察官を歴任する。 1928年(昭和3年)に立憲政友会公認で第16回衆議院議員総選挙に立候補して初当選、以降総選挙に連続6回当選。岡田内閣大蔵参与官、鉄道会議議員、土木会議議員、鈴木内閣大東亜政務次官となる。
