田江 弥三郎(彌三郎、たごう やさぶろう、1853年(嘉永6年4月)- 1895年(明治28年)5月8日)は、明治期の農業経営者・教育者・政治家。衆議院議員。 伯耆国久米郡弓原村(鳥取県久米郡下北条村、東伯郡下北条村弓原、北条町を経て現北栄町弓原)で、代々大庄屋を務めた田江家に生まれた。大庄屋を務め農業を営む。自邸内に家塾・択善学舎を設け子弟の教育を行った。 1873年(明治6年)10月、第64区戸長となり、同年12月、第16区第7小区長に就任。広正社を創立して社長となり地域の金融の便を図った。また、田江製糸の設立、ブドウ園の経営など、地域産業の振興に尽力した。 1884年(明治17年)3月、補欠選挙で鳥取県会議員に当選し、同年7月まで在任した。
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