北窓 絢音(きたまど あやね、2004年7月6日 - )は、… 北窓 絢音(きたまど あやね、2004年7月6日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 島根県松江市出身。姉の影響で小学1年生からバレーボールを始める。中学時代は島根県選抜として活躍した。 2020年、誠英高等学校に進学。2022年、U20日本代表に選出され、第21回アジアU20選手権 (en) に出場。チームは優勝を果たした。その後、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)でベスト8に入り、優秀選手賞を受賞。高校最後の大会となった第75回全日本高等学校選手権大会(春高バレー)では、高さを活かしたスパイクや丁寧なレシーブなどで活躍し準優勝に貢献した。 2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する久光スプリングスの内定選手となった。
神田 さくら(かんだ さくら、2000年4月27日 - )は… 神田 さくら(かんだ さくら、2000年4月27日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 島根県松江市出身。3人兄弟の第二子の長女。小学2年生のとき、友人に誘われたことをきっかけにバレーボールを始めた。 2019年1月31日、JTマーヴェラスへの入団内定が発表された。同期入団は西川有喜、籾井あき。 2021-22シーズン終了をもってJTマーヴェラスを退団し、V2のルートインホテルズ Brilliant Ariesに移籍した。 2024年、ブレス浜松に移籍。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り。
万代 真奈美(まんだい まなみ、1998年5月17日 - )… 万代 真奈美(まんだい まなみ、1998年5月17日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 島根県松江市出身。ママさんバレーの影響で小学3年生からバレーボールを始める。 2014年、就実高等学校に進学。同年、U-18日本代表に選出され、アジアユース選手権に出場。チームは金メダルを獲得した。2015年も、U-18日本代表に選出され、世界ユース選手権に出場した。2017年1月、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で準優勝を果たす。 2017年、筑波大学に進学。同年、春季関東大学1部リーグで優勝。同年の全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で準優勝し、自身は1年生にしてセッター賞を受賞した。
杉原 若葉(すぎはら わかば、1995年6月10日 - )は… 杉原 若葉(すぎはら わかば、1995年6月10日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 島根県松江市出身。ママさんバレーをしていた母の影響で小学4年のときにバレーボールを始める(別の資料では「テレビでバレーボールを見た影響で、小学4年生の時にバレーボールをはじめた」ともある)。 開星中学在学中、島根県選抜代表としてJOCジュニアオリンピックカップに出場し、優秀選手に選出された。 安来高校在学中には、春高バレーなどで活躍した。 2013年12月、Vプレミアリーグ・東レアローズに内定入団。 2014年3月15日のトヨタ車体クインシーズ戦で途中出場で1得点をあげ、プレミアデビューを果たした。 2015年7月、V・サマーリーグ女子西部大会において、チームの優勝に貢献しフレッシュスター賞を獲得した。
石橋 里紗 (いしばし りさ、1990年2月3日 - )は、… 石橋 里紗 (いしばし りさ、1990年2月3日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 島根県松江市出身。ママさんバレーをしていた実母の影響で小学4年次からバレーボールを始めた。高校は中国地方の強豪校である就実高等学校に進学し、全国高等学校バレーボール選抜優勝大会やインターハイに出場経験を持つ。同校卒業後は鹿屋体育大学に進学した。 2010年12月に行われた全日本バレーボール大学男女選手権大会では上屋敷綾、田中涼子らとともにチーム初優勝を果たした。 2011年12月、全日本バレーボール大学選抜男女東西対抗戦2011にてキャプテンを務め、敢闘選手賞を受賞。 2012年2月、V・プレミアリーグの久光製薬スプリングスは石橋らの入団内定を発表した。
石倉 弘士(いしくら ひろし、1982年5月2日 - )は、… 石倉 弘士(いしくら ひろし、1982年5月2日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 島根県八束郡東出雲町(現:松江市)出身。揖屋小学校6年(揖屋VBC)よりバレーボールを始める。 島根県立安来高等学校を経て早稲田大学へ進学。その年の関東大学2部リーグでサーブ賞と新人賞を獲得し、チームの1部リーグ昇格に貢献。2004年には早稲田大学男子バレーボール部の主将を務めた。同年6月の第16回アジア太平洋カップ登録メンバーに選出され、優勝を経験した。 大学卒業後の2005年4月、NECブルーロケッツに入団。2009年5月、NECの無期限休部に伴い、現役引退した。 2022年、母校である早稲田大学の男子バレーボール部のコーチに就任した。
古橋 美知子(ふるはし みちこ、女性、旧姓:塩川、1951年… 古橋 美知子(ふるはし みちこ、女性、旧姓:塩川、1951年(昭和26年)1月26日 - )は、日本の元バレーボール選手。 島根県松江市出身。「他に部活がなくて」小学5年よりバレーボールを始める。四天王寺高校を経て、1969年(昭和44年)に日本リーグのユニチカ貝塚(当時)に入部。 1970年(昭和45年)に全日本メンバーに選出され、1970年(昭和45年)の世界選手権銀メダル、1972年(昭和47年)のミュンヘンオリンピック銀メダルを獲得した。 一方国内では、1973年(昭和48年)からチーム主将を務め、1976年(昭和51年)の第9回日本リーグにおいてサーブ賞を獲得し、チーム準優勝に大きく貢献した。