大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は… 大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は、日本の弁護士、政治家。公明党所属の元参議院議員(1期)。 岡山県備前市出身。1972年に津田塾大学英文科を卒業後、アニメーション会社での勤務などを経て、司法試験に合格。検事を経て弁護士に転じる。 1995年、第17回参議院議員通常選挙に新進党から比例区で立候補して当選。新進党解党後は公明に加わり、1998年11月には新公明党結成に参加した。2001年に政界を引退した。 引退後は岡山市で弁護士として活動する。
行吉 角治(ゆきよし かくじ、1890年(明治23年)6月1… 行吉 角治(ゆきよし かくじ、1890年(明治23年)6月10日 - 1945年(昭和20年)3月5日)は、大正から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。 岡山県和気郡香登村香登西(香登町香登西、備前町を経て現備前市香登西)で、行吉百三郎の息子として生れた。行吉家は屋号「戎屋」として瓦製造を家業としていたが、百三郎はかけごとが好きなことなどから事業に失敗し、角治が3、4歳ころに岡山市に移り食べ物屋「三子屋ぜんざい」を開いた。角治は関西中学校(現関西高等学校)で学んだが、素行不良で中退した。その後、遊び人の仲間となった。 岡山で土木請負業「山崎組」を営む。1928年(昭和3年)2月の第16回衆議院議員総選挙で横山泰造の選挙運動に加わったことが契機で政治家に関心を持つようになった。
玉野 知義(たまの ともよし、1876年(明治9年)2月8日… 玉野 知義(たまの ともよし、1876年(明治9年)2月8日 - 1945年(昭和20年)2月7日)は、明治後期から昭和前期の政治家、実業家。衆議院議員、岡山県会議長、岡山県和気郡片上町長。幼名・桃三郎。1886年(明治19年)家督を相続し知義に改名した。反木堂派として活動した。 岡山県和気郡東片上村(片上村、片上町、備前町を経て現備前市東片上)で、農業・玉野友吉、文の二男として生まれる。閑谷黌(閑谷学校)で学んだが中退し、片上郵便局勤務を経て和気郡書記に就任。 1900年(明治33年)片上町助役を経て1902年(明治35年)片上町長に就任し2年間在任。片上町会議員、和気郡会議員、同参事会員も務めた。
横山 泰造(よこやま たいぞう、1870年10月14日(明治… 横山 泰造(よこやま たいぞう、1870年10月14日(明治3年9月20日)- 1947年(昭和22年)4月10日)は、明治後期から昭和前期の農業経営者、実業家、政治家。衆議院議員、岡山県会議長、岡山県邑久郡鶴山村長、同県和気郡日生町長。木堂派として活動した。 備前国邑久郡鶴海村(岡山県邑久郡鶴山村鶴海、備前町を経て現備前市鶴海)で、素封家、酒造業・横山栄蔵の二男として生まれる。東京高等商業学校(現一橋大学)を中退し兵役に服し、帰郷して家業の酒造業を手伝った。 その後、分家して果樹園を営みナシ栽培を行う。邑久郡農会長、同郡畜産組合長、岡山県畜産組合連合会副会長、中央畜産会副会頭、帝国馬匹協会理事、岡山酪農販売購買利用組合理事長などを務め、畜産などの農業振興に尽力。
柴原 政太郎(しばはら まさたろう、1852年(嘉永5年1月… 柴原 政太郎(しばはら まさたろう、1852年(嘉永5年1月)- 1940年(昭和15年)4月25日)は、明治から昭和時代前期の政治家、実業家。製塩家。衆議院議員(1期)。 志賀源作の三男として備前岡山藩領和気郡(のちの岡山県和気郡片上町、備前町を経て現備前市)に生まれ、1870年(明治3年)9月、赤穂郡塩屋村(兵庫県赤穂郡赤穂町を経て現赤穂市)の柴原政右衛門の死跡を相続する。漢学を修める。製塩業を営む。1871年(明治4年)赤穂郡の塩田取締となり、1874年(明治7年)戸長に就任する。郡内7箇村戸長に挙げられるが、1883年(明治16年)5月に脳充血により職を辞した。ほか、赤穂鉄道社長、同相談役を歴任した。
樽井 良和 は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)、参… 樽井 良和 は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)を歴任。