村上 正泰(むらかみ まさやす、1974年9月28日 - )… 村上 正泰(むらかみ まさやす、1974年9月28日 - )は、日本の評論家、元財務官僚。山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授。博士(医学)。 財務、厚生労働の両省での経験を踏まえた医療分野での評論活動を行う医療経済学者。日本医師会総合政策研究機構客員研究員なども兼務。 広島県因島市(2006年、尾道市に編入)出身。岡山白陵中学校・高等学校卒業。1997年に東京大学経済学部を卒業後、大蔵省(後の財務省)に入省。大学生時代から西部邁が主宰する「発言者塾」に参加していた。また、高校生時代に知遇を得た元外交官の国際政治学者である伊藤憲一が理事長を務める財団法人日本国際フォーラムでアルバイトをしていたこともある。
木曽 功(きそ いさお、1952年〈昭和27年〉2月11日 … 木曽 功(きそ いさお、1952年〈昭和27年〉2月11日 - )は、日本の文部官僚。学位はMaster of Business Administration(イェール大学・1979年)。2016年(平成28年)4月に千葉科学大学学長と学校法人加計学園理事に就任。 文部省初等中等教育局職業教育課課長、文部省高等教育局医学教育課課長、広島県教育委員会教育長、文部科学省大臣官房国際課課長、文化庁文化財部部長、独立行政法人日本学術振興会理事、文部科学省国際統括官、国際連合教育科学文化機関政府代表部特命全権大使、東日本旅客鉄道株式会社顧問、内閣官房参与などを歴任した。 文化庁文化財部の部長や文部科学省の国際統括官などの要職を歴任し、2010年より国際連合教育科学文化機関政府代表部に特命全権大使として赴任した。
小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業… 小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業官僚、農業経済学者。 広島県尾道市生まれ。1947年東京農業大学卒。1948年農林省入省、1972年農政調査委員会国内調査部長、85年理事。1987年「現代農業・農村の高齢化問題に関する政策的研究」で東京農業大学農学博士。
島居 辰次郎(しますえ たつじろう、1905年9月12日 -… 島居 辰次郎(しますえ たつじろう、1905年9月12日 - 1997年10月4日)は、日本の逓信官僚。海上保安官、海上保安庁長官。広島県尾道市出身。 広島県立福山中学校(現福山誠之館高等学校)、第一高等学校を経て1930年、東京大学法学部卒業。1930年、逓信省入省。1938年12月8日、ダグラス14人乗りの航空機DC-2(台北福岡ルート、フライトは台北のフィールド(この台北松山空港)から早朝6時30分、離陸、福岡、九州で飛ぶ)、"富士"がクラッシュを生き延びた。北海道海運局、近畿海運局長などを経て1953年海上保安庁次長。1955年5月から1958年12月まで海上保安庁長官を務めた。退官後は特定船舶整備公団理事長、日本原子力船開発事業団理事長などを務めた。
沖森 源一(おきもり げんいち、1899年8月25日 - 1… 沖森 源一(おきもり げんいち、1899年8月25日 - 1951年8月14日)は、大正・昭和期の内務官僚・政治家。最終学歴は高等小学校ながら、高等文官試験に合格して内務官僚となり、最後は佐賀県知事を務めた。 広島県御調郡市村(現在の尾道市)出身。高等小学校卒業後、苦学の末に高等文官試験に合格して内務省へ入った。香川県経済部長・岡山県経済部長・長野県内務部長を歴任後、1945年10月27日に官選知事として佐賀県知事に就任した。ところが翌1946年7月8日になって食糧供出に非協力的であるとして更迭された。その後、新憲法下の最初の知事選挙に立候補し、沖森の後任官選知事であった戸沢盛男らを破って当選を果たした。