杉本 潔彦(すぎもと きよひこ、1974年7月9日 - )は… 杉本 潔彦(すぎもと きよひこ、1974年7月9日 - )は、山口県萩市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、オリックス・バファローズの打撃投手、スコアラー。 小学4年の時に野球を始め、当時は外野手だった。萩商業高では1年生から投手を務め、3年夏は4番投手として出場するが県大会2回戦で敗退した。 日産自動車九州では右膝半月板故障の影響であまり投げる事ができなかった。 1997年度ドラフト会議にてオリックス・ブルーウェーブから4位指名を受け、入団。登録名を「キヨ」とした。同期入団の前田浩継(ヒロ)・前田和之(カズ)と共に登録名を変更した事で話題となる。 イニング数を上回る四死球を記録するなど、制球面の課題があったが克服できず2001年シーズンオフに戦力外通告を受け現役を引退。
廣田 浩章(ひろた ひろあき、1964年2月26日 - )は… 廣田 浩章(ひろた ひろあき、1964年2月26日 - )は、山口県萩市出身の元プロ野球選手(投手)。1993年までの登録名は広田 浩章。 萩商業高から、社会人野球の電電中国に進む。1983年の都市対抗野球に日本鋼管福山の補強選手として出場。翌1984年の都市対抗野球も川崎製鉄水島に補強され、岩手銀行との1回戦ではリリーフで好投、初勝利を飾る。しかし、2回戦では北海道拓殖銀行に打ち込まれ敗戦投手となった。翌1985年は自チームで都市対抗野球出場を果たし、リリーフエースとして自身としては3年連続の出場となった。 1985年のプロ野球ドラフト会議にて読売ジャイアンツ(巨人)から2位指名を受けて入団。
和田 博盛(わだ ひろもり、1957年8月12日 - )は、… 和田 博盛(わだ ひろもり、1957年8月12日 - )は、山口県萩市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 山口水産高では投手。久留米大学に進学し外野手に転向。九州六大学野球リーグでは在学中2回の優勝を経験。 1979年オフにドラフト外で日本ハムファイターズに入団。1982年に一軍に上がり、10月3日にはロッテを相手に右翼手として初先発出場。翌1983年にも4試合に先発するが、1984年には出場機会がなく、同年限りで現役を引退。引退後は、印刷会社の営業に転身。
椙本 勝(すぎもと まさる、1931年7月1日 - )は、山… 椙本 勝(すぎもと まさる、1931年7月1日 - )は、山口県萩市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手、外野手。 萩北高校では、速球とドロップを武器に、エースとして1950年春の選抜に出場。1回戦で八幡高のエース渡辺雅人(法大-三重交通)に抑えられ敗退。八幡高には松永怜一、森下正夫がいた。 1951年に松竹ロビンスへ入団。1952年には開幕から先発陣の一角として起用され、4勝を挙げる。しかし同年には6ボークを記録、これは2003年に広島東洋カープのクリス・ブロックが更新するまでセ・リーグのシーズン記録だった(2007年に阪神タイガースのエステバン・ジャンがブロックの記録を更新したので椙本の記録は現在リーグ3位)。