高村 良嘉(こうむら よしかず、1971年2月10日 - )… 高村 良嘉(こうむら よしかず、1971年2月10日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 小学3年の時に野球を始める。下松工業高に進み、3年の夏は3回戦で敗退。卒業後に新日本製鐵光に入社。都市対抗野球には補強選手も含めて出場した。チームが休部したため、1994年に読売ジャイアンツの入団テストを受け合格し、同年ドラフト5位で入団した。50メートル走を5秒6で走る俊足が持ち味であった。 1年目の1995年に一軍に昇格し、8月には2番セカンドでのスタメン出場が多くなり注目を集め、それまで下位に沈んでいたチーム浮上に貢献した。徹底して叩きつける打撃が持ち味で、この年19安打を放ったがうち12本が内野安打だった。
山本 和男(やまもと かずお、1954年2月15日 - )は… 山本 和男(やまもと かずお、1954年2月15日 - )は、山口県熊毛郡大和町(現:光市)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 柳井学園高から、社会人野球の新日鉄光に入団。大町定夫、児玉克雅ら先発陣を救援投手として支える。1978年にはチーム創部17年目の都市対抗初出場を果たす。1回戦で大町をリリーフして登板するが日本通運に惜敗。1980年の都市対抗でも、2回戦で大昭和製紙を相手に好投するが敗退。 同年オフに、ドラフト外で広島東洋カープに入団。背番号は江夏豊から26を受け継いだ。スリークォーターから、MAXは138㌔程、スライダー、シュート、カーブ、シンカーなどを武器とした。左の中継ぎとして活躍し1984年には46試合に登板、5勝をあげる。
大町 定夫(おおまち さだお、1953年4月21日 - )は… 大町 定夫(おおまち さだお、1953年4月21日 - )は、山口県光市出身の元プロ野球選手(投手)。1983年の登録名は大町 定生(読みは同じ)。 現在[いつ?]は、阪神タイガースの球団職員。 柳井商高では1年次の1969年に秋季中国大会で準々決勝に進むが、米子東高に敗退。その後は県予選で敗れて甲子園には出場できず、卒業後の1972年に新日本製鐵光へ入社。 1973年からは偏光グラスをかけ出してプロでもトレードマークになる。1973年のドラフトで太平洋クラブライオンズに6位で、1975年のドラフトではロッテオリオンズに2位で指名されたが、どちらも拒否して新日本製鐵光でのプレーを続けた。 1978年には創部17年目で都市対抗野球初出場を果たし、1回戦で先発するが日本通運に惜敗。
藤本 和宏(ふじもと かずひろ、1947年11月28日 -)… 藤本 和宏(ふじもと かずひろ、1947年11月28日 -)は、山口県光市出身の元プロ野球選手(投手)。 聖光高から、社会人野球の八幡製鐵光を経て、1966年にドラフト外で西鉄ライオンズへ入団。 一軍での登板試合は少なく、勝ち星は挙げられないまま1969年オフに西鉄を自由契約となり、翌1970年に広島東洋カープに拾われる。 広島での1年目も成績は西鉄時代と変わらなかったが、1971年は、6月18日に大洋ホエールズから完投で初勝利を挙げると、29日には中日ドラゴンズの渋谷幸春との投手戦を制し1-0で初完封を達成。8月19日の中日戦(広島市民球場)でも渋谷と投げ合い、2四球を与えたのみで安打は許さず勝利、外木場義郎に続いて広島2人目のノーヒットノーラン達成者となる。