近藤 蔵波(こんどう くらば、2002年7月6日 - )は、… 近藤 蔵波(こんどう くらば、2002年7月6日 - )は、徳島県出身のサッカー選手。ポジションはMF。 田宮ビクトリーサッカー少年団からセレッソ大阪U-15に加入し、U-18に昇格。2019年9月12日に二種登録選手として登録され、同年10月27日に行われたJ3リーグ・ガンバ大阪U-23戦で西本雅崇に代わって途中出場し選手初出場。翌年も7月17日に二種登録され、2020年9月27日の横浜スポーツ&カルチャークラブ戦で選手初得点を記録した。 2021年1月20日にアルビレックス新潟シンガポールへの加入が発表された。 2022年1月5日、バレスティア・カルサFCへの完全移籍が発表された。 2023年2月27日、地元のFC徳島への完全移籍が発表された。
澤崎 凌大(さわざき りょうた、2002年3月21日 - )… 澤崎 凌大(さわざき りょうた、2002年3月21日 - )は、徳島県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・松本山雅FC所属。ポジションはフォワード(FW)。 2024年に大阪学院大学からFC大阪に加入した。 2024年3月13日、JリーグYBCルヴァンカップ1回戦のいわきFC戦で公式戦デビュー。4月10日、J3第9節のヴァンラーレ八戸戦でリーグ戦デビューを果たし、4月20日の大阪サッカー選手権大会(天皇杯大阪予選)・準決勝の桃山学院大学戦でプロ入り後初ゴールを含む2得点を記録。6月9日、J3第16節のカマタマーレ讃岐戦でJリーグ初得点となる直接FKを決めた。 2025年12月29日、松本山雅FCへの完全移籍が発表された。
森田 凜(もりた りん、2002年2月14日 - )は、徳島… 森田 凜(もりた りん、2002年2月14日 - )は、徳島県徳島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・奈良クラブ所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 徳島ヴォルティスのアカデミー出身。2017年、U-15日本代表に選出され、中国遠征に参加した。2019年3月には、トップチームに2種登録された。 2020年より、トップチームへ昇格した。 2021年、奈良クラブに育成型期限付き移籍。 2023年、FC琉球に育成型期限付き移籍 をしていたが同年9月6日に解除され、奈良クラブに育成型期限付き移籍をすることが発表された。 2025年、奈良クラブに完全移籍。
西 大輔(にし だいすけ、1998年10月31日 - )は、… 西 大輔(にし だいすけ、1998年10月31日 - )は、徳島県徳島市出身のサッカー選手。ポジションはMF、FW。兵庫県社会人サッカーリーグ・エベイユFC所属。 徳島県立徳島商業高等学校から2017年にヴェルスパ大分に加入した。 生まれつき聴覚障害をもっており、JFL以上のカテゴリーで聴覚障害者のサッカー選手が登録されたのは西が初めてである。 2017年7月にトルコ・サムスンで開かれた聴覚障害者の国際スポーツ大会デフリンピックに日本代表として出場した。 2019年5月、FC徳島へ移籍。 2021年、FCバレイン下関へ移籍。 2025年、エベイユFCへ移籍。
中坂 勇哉(なかさか ゆうや、1997年8月5日 - )は、… 中坂 勇哉(なかさか ゆうや、1997年8月5日 - )は、徳島県徳島市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 ユース時代は素行不良が何度も指摘されたこともあり、トップチーム昇格がギリギリまで決まらなかったが、「将来性に賭けてみようと思った」という村野晋強化部長の意向により、2015年末にトップチーム昇格が発表された。 2016年J1リーグ1stステージ第12節川崎フロンターレ戦でプロ入り後公式戦初出場。同年ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)グループリーグ6節名古屋グランパス戦で公式戦初得点を記録した。J1リーグ戦2ndステージ第16節名古屋グランパス戦でリーグ戦初得点を記録。
市瀬 菜々(いちせ なな、1997年8月4日 - )は、徳島… 市瀬 菜々(いちせ なな、1997年8月4日 - )は、徳島県徳島市出身の元女子サッカー選手。元日本女子代表。ポジションはディフェンダー。 徳島県徳島市川内町出身。徳島市川内南小学校1年の時、サッカーを始めた。 徳島市川内中学校の時、男子に交じり四国クロスバーリーグで活躍。同時に鳴門ポラリスレディースフットボールクラブでもプレーした。宮城県の強豪・常盤木学園高等学校に進み、2年時にはコスタリカで行われた2014 FIFA U-17女子ワールドカップで優勝し、3年時にはAFC U-19女子選手権2015で優勝を果たした。 2016年、ベガルタ仙台レディースに加入。加入年から2018年までの3年間は、仙台市内のホームセンター「ダイシン」で勤務していた。
吉田 凪沙(よしだ なぎさ、1996年10月26日 - )は… 吉田 凪沙(よしだ なぎさ、1996年10月26日 - )は、徳島県徳島市出身の女子サッカー選手、 YouTuber 。ニッパツ横浜FCシーガルズ所属。ポジションはミッドフィルダー。 徳島県徳島市国府町出身。小学1年の時、2歳上の兄の影響でサッカーを始めた。地元の少年サッカーチームでプレイし、小学6年の時、女子のクラブチームにも所属。中学でもサッカーを続け、兄と同じ男子チームの練習に参加した。 中学を卒業後、兵庫県の日ノ本学園高等学校に進学。スピードと体力を買われ、高校1年時から試合出場の機会に恵まれた。高校2年時の10月、当時、大学1年だった兄が交通事故で突然他界。遺体の兄との最期の別れで、「必ず全国大会で優勝する」と約束した。
丸岡 満(まるおか みつる、1996年1月6日 - )は、徳… 丸岡 満(まるおか みつる、1996年1月6日 - )は、徳島県徳島市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。弟は同じくプロサッカー選手の丸岡悟。 Kリーグ時代の登録名は丸岡(ハングル: 마루오카)。 兄の影響でサッカーを始め、小学校時代は川内北SSSに所属。川内中学校では、3年時キャプテンとしてチームを牽引し全国中学校サッカー大会で8強入りに貢献した。 中学卒業後は、地元の徳島を離れセレッソ大阪U-18へ入団。2011年からは、各年代別の日本代表を経験した。また、クラブの育成サポート組織であるハナサカクラブの支援によって、4度の欧州遠征に参加。2013年8月に対戦したボルシア・ドルトムントU-19との試合では勝利を収め(前年から2年連続で勝利)、その試合を視察したクロップ監督やGMらから高評価を受けた。
岡 卓磨(おか たくま、1991年(平成3年)7月13日 -… 岡 卓磨(おか たくま、1991年(平成3年)7月13日 - )は、徳島県徳島市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 2003年から徳島ヴォルティス(及びその前身の大塚FC)の下部組織に所属。2009年9月11日、2010年からのトップチーム昇格が発表された。なお、徳島ユースからは初昇格選手となる。 2011年より東京学芸大学に復学。
佐々木 一輝(ささき いっき、1991年2月19日 - )は… 佐々木 一輝(ささき いっき、1991年2月19日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 小学校1年でサッカーを始めた。徳島商業高校の3年時に出場した全国高校サッカー選手権では、2回戦でその大会で優勝した広島皆実高校から得点を記録した。高校卒業後は京都産業大学へ進学し、2年時からレギュラーに定着した。3年時には関西学生サッカーリーグ1部昇格を経験。 2013年、地元の徳島ヴォルティスに加入。 2016年シーズン、契約満了により徳島を退団。 2017年、カターレ富山へ移籍。ポジション登録はフォワードだが、左サイドバックでも起用された。2021年12月4日、契約満了による退団が発表された。
實藤 友紀(さねとう ゆうき、1989年1月19日 - )は… 實藤 友紀(さねとう ゆうき、1989年1月19日 - )は、徳島県徳島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カターレ富山所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 2010年の広州アジア大会でU-21日本代表に選出される。決勝のアラブ首長国連邦戦で決勝点を決めて日本のサッカー競技におけるアジア大会初優勝の立役者となる。 2011年、高知大学から川崎フロンターレに入団。 2015年11月30日に契約満了が発表された。 2016年、アビスパ福岡への移籍が発表。 2020年3月に横浜F・マリノスへの移籍が発表。 2022年3月12日に行われたリーグ戦第4節の北海道コンサドーレ札幌戦でのゴールが、2・3月度のJ1月間ベストゴールに選出された。
平井 将生(ひらい しょうき、1987年12月4日 - )は… 平井 将生(ひらい しょうき、1987年12月4日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。 地元の徳島県でサッカーを始め、高校進学の際プロサッカー選手になるべく、中学まで過ごした故郷の徳島を離れ、ガンバ大阪のユースチームでプレーするために単身大阪へと渡った。ユース時代の3年次には前十字じん帯断裂という大怪我に見舞われるが、クラブは将来性と才能を見込んでトップ契約を結び、2006年にガンバ大阪ユースからトップチームに昇格。この年に同時に昇格した6人組(平井、安田理大、横谷繁、植田龍仁朗、伊藤博幹、岡本英也)にはクラブによって「G6」という愛称がつけられていた。 2007年、ゼロックススーパーカップに出場したが、リーグ戦では出場機会を得られなかった。
高橋 良太(たかはし りょうた、1986年12月28日 -… 高橋 良太(たかはし りょうた、1986年12月28日 - )は、徳島県出身の元サッカー選手である。ポジションはMF。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
天羽 良輔(あもう りょうすけ、1983年9月19日 - )… 天羽 良輔(あもう りょうすけ、1983年9月19日 - )は、徳島県出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF 中央大学時代の同期に元FC東京の平松大志、元ファジアーノ岡山FCの小林優希がいる。 2006年、徳島ヴォルティスにクラブ史上初の県出身選手 として加入、1年目から開幕スタメンに名を連ねるなどしたが、2年目に出場機会が大幅に減少。 2008年からはJFLのソニー仙台FCでプレー。 2011年からはカマタマーレ讃岐に在籍し、香川県として初のJ昇格に貢献。。 2014年より当時JFLのFC大阪に完全移籍。天皇杯では、セレッソ大阪を破るジャイアントキリングを達成。 2015年をもって現役引退が発表されていた が、2016年から地元・徳島市を本拠地とするFC徳島セレステに加入。
西谷 正也(にしたに まさや、1978年9月16日 - )は… 西谷 正也(にしたに まさや、1978年9月16日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 北陽高校時代は、1年生のときからFWのレギュラーとして活躍した。全国高校選手権にも出場し、国体にも選ばれた。 セレッソ大阪、ヴィッセル神戸、ベガルタ仙台、浦和レッドダイヤモンズに所属した。セレッソ時代の1999年のリーグ戦ではドラガン・ストイコビッチの16アシストに次ぎ、単独2位となる14アシストを記録する活躍を見せた。2005年9月からコンサドーレ札幌に期限付き移籍。2006年から完全移籍となった。 2007年は札幌の攻撃陣をリードし多くの得点シーンに絡み、チームのJ1昇格へ貢献した。
田村 直弘(たむら なおひろ、1978年7月3日 - )は、… 田村 直弘(たむら なおひろ、1978年7月3日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィルダー。現在は桃山学院大学体育会サッカー部の監督を務める。 徳島県徳島市出身。徳島商業高校時代、1996年度の全国高校サッカー選手権にて5得点をあげ準決勝進出に貢献。日本高校選抜にも選出されデュッセルドルフ国際ユース大会に出場。桃山学院大学では1999年に関西学生サッカー春季リーグ得点王(8得点)を獲得。 大学在学中の2000年7月にガンバ大阪に加入。2002年7月よりサガン鳥栖に期限付き移籍。2002年7月10日のJ2リーグ第17節・ヴァンフォーレ甲府戦で公式戦初出場。2003年よりサガン鳥栖に完全移籍し、同年限りで契約満了。
森 一哉(もり かずや、1974年4月17日 - )は、徳島… 森 一哉(もり かずや、1974年4月17日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ミッドフィールダー。 徳島市立高校から慶應義塾大学に進学し、同大学ソッカー部でプレー。1997年に卒業すると、同年にプロ化した川崎フロンターレの創設時メンバーとなったが、ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)への出場経験はなく、この1年間で現役を引退した。現役引退後は、1999年から川崎の下部組織で指導者を歴任し、主にジュニアユース(中学生)世代の指導に当たった。 2014年より、風間八宏監督の下でトップチームのコーチに就任した。 2017年、前年まで川崎の監督だった風間が名古屋グランパスの監督に就任すると、森は名古屋のヘッドコーチに就任し、2019年9月23日に風間が解任されたことに伴い契約解除された。
中口 雅史(なかぐち まさふみ、1972年4月10日 - )… 中口 雅史(なかぐち まさふみ、1972年4月10日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 長崎県立国見高校時代は決定力の高いFWとして活躍。初の九州勢同士の決勝となった第69回全国高等学校サッカー選手権大会決勝の対鹿児島実業高校戦では、延長後半に決勝点を挙げ、国見高校を優勝へ導いた。 大阪商業大学を経て1995年に入団したガンバ大阪での公式戦の試合出場はなし。1997年からは佐川急便大阪SCに完全移籍。関西サッカーリーグ1部では1998年および1999年にベスト11に選出された。 引退後の2002年から佐川急便大阪SCでコーチを務め、2006年に監督に昇格。
東 泰(あずま ゆたか、1967年9月21日 - )は、徳島… 東 泰(あずま ゆたか、1967年9月21日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。徳島ヴォルティスコーチ。 徳島県立徳島商業高等学校(同期に島卓視)から日本サッカーリーグのトヨタ自動車サッカー部に入部し、主力の一人として活躍した。 現役引退後は名古屋グランパスエイトのサテライトチームマネージャーを経て、1995年4月1日からは大塚製薬サッカー部スクールコーチに就任。 2005年、大塚製薬サッカー部がプロ化して徳島ヴォルティスが発足すると同時に、徳島のコーチに就任。 2006年9月28日、成績不振を理由に監督を辞任した田中真二の後任として、徳島の監督に就任。シーズン終了後に退任。
城福 浩(じょうふく ひろし、1961年3月21日 - )は… 城福 浩(じょうふく ひろし、1961年3月21日 - )は、徳島県徳島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 1983年から6年間、JSL2部の富士通サッカー部に所属。同じくサッカー指導者である城福敬(仙台育英高校サッカー部監督)は実兄。 小学校3年生時に兄の影響でサッカーを始めた。周囲が強豪徳島商業を選ぶ中、大学進学のために徳島県立城北高等学校へ進学。同校在学時に国体に2度出場。国体選抜でのプレーが松本育夫の目に留まり3年生時にはFIFAワールドユースに向けた日本代表候補に選出された。1979年に早稲田大学に進学し、ア式蹴球部で活動。部内ではトリッキーなパスを多用する異端派だったが、宮本征勝監督からは重用され全日本大学選手権での準優勝に貢献した。