東山 玲士(ひがしやま れいじ、2000年5月5日 - )は… 東山 玲士(ひがしやま れいじ、2000年5月5日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 5歳ごろにテレビで阪神タイガースの試合を見ると「金本(知憲)さんが格好良くて」と親にグラブとボールを買ってもらい、小学校入学までは連日「親に止められるまでやってましたね」と日が暮れるまで壁当てをしていた。 坂出市立川津小学校1年生のときに『川津野球スポーツ少年団』で本格的に野球を始め、投手兼捕手。坂出市立坂出中学校では軟式野球部に所属して投手。3年春の県大会で準優勝し、四国大会では1回戦敗退であった。 丸亀高校では投手・三塁手・外野手としてプレーし、1年夏から背番号18でベンチ入りした。
末包 昇大(すえかね しょうた、1996年5月27日 - )… 末包 昇大(すえかね しょうた、1996年5月27日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 坂出市立白峰中学校から進学した高松商業高校時代は、1年秋より一塁手としてレギュラーとなり、秋季四国大会に出場。2年から三塁手となり、3年夏は4番打者を務めた。高校通算11本塁打。 東洋大学時代は、3年生時からリーグ戦に出場。守備位置は右翼手に転向。野球部の同期には後にプロ野球に進んだ人物が多く、甲斐野央、梅津晃大、上茶谷大河、藤井聖、中川圭太がいる。 大学ではレギュラーにはなれなかったが、当時大阪ガス副部長を務めていた竹村誠に見いだされ同社に入社。1年目は控え選手だったが、2年目から4番打者を務め、都市対抗に出場。
松本 直樹(まつもと なおき、1993年10月17日 - )… 松本 直樹(まつもと なおき、1993年10月17日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学生の時、金山野球スポーツ少年団で野球を始める。香川大学教育学部附属坂出中学校では長尾健司監督の指導の下、放課後の練習時間が1時間弱という環境の中、四国大会準優勝を達成した。 丸亀高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権香川大会決勝戦で松本竜也擁する英明高に完封負け。立教大学に一般入試で進み、硬式野球部ではリーグ戦通算13試合に出場(フル出場は3試合)したが、無安打に終わった。 社会人の西濃運輸では1年目から正捕手の座を掴むなど急成長を遂げ、都市対抗野球8強入りに貢献。
山中 達也(やまなか たつや、1988年12月23日 - )… 山中 達也(やまなか たつや、1988年12月23日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(投手)。
三野 勝大(みの かつひろ、1971年7月6日 - )は、香… 三野 勝大(みの かつひろ、1971年7月6日 - )は、香川県坂出市出身の元プロ野球選手(投手)。
香川 正人(かがわ まさと、1954年3月27日 - 201… 香川 正人(かがわ まさと、1954年3月27日 - 2016年11月3日)は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(投手)。 元プロ野球選手の香川正は実父。 坂出工業高校では2年生からエースとなる。1971年夏の甲子園香川県予選では、1回戦で三本松高を相手にノーヒットノーランを記録。しかし準決勝で坂出商に敗退した。高校卒業後は早稲田大学に進学するが、同期には阿部政文、谷井潤一(日産自動車)と好投手がおり、東京六大学野球リーグではあまり出番はなかった。 大学卒業後は三菱重工神戸に入社、1977年ドラフトで近鉄バファローズに5位指名される。これを保留したまま1978年の都市対抗にエースとして出場。1回戦で東芝の黒紙義弘と投げ合うが完封負け。
樋笠 一夫(ひがさ かずお、1920年3月20日 - 200… 樋笠 一夫(ひがさ かずお、1920年3月20日 - 2007年6月17日)は、香川県坂出市出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ。
沖 克已(おき かつみ、1918年8月9日 - 1993年6… 沖 克已(おき かつみ、1918年8月9日 - 1993年6月15日)は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(捕手)・プロ野球審判員。 香川県立坂出商業学校を卒業後、社会人の朝鮮竜山鉄道局でプレー。1937年に阪急軍に入団するが、その年限りで退団した。 太平洋戦争ではレイテ島の戦いに参加。捕虜収容所で、アメリカ軍の通訳にバッキー・ハリスがいるのに気づいて声をかけると、捕虜の雰囲気が一挙に好転、ハリスも再会を大変喜んだという逸話がある。 阪急軍退団後はプロ野球界との関わりを絶っていたが、1955年にパシフィック・リーグの東京審判部に入部し、プロ野球審判として再出発。以降、1988年に引退するまで一筋の道を往く。