倉重 良一(くらしげ りょういち、1977年〈昭和52年〉5… 倉重 良一(くらしげ りょういち、1977年〈昭和52年〉5月21日 - )は、日本の政治家。福岡県大川市長(2期)。 父はJA福岡中央会会長の倉重博文。 福岡県大川市生まれ。大川市立三又小学校、弘学館中学校・高等学校を経て、2002年に早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業し、JA福岡中央会に就職。 2016年9月9日、鳩山二郎が父の鳩山邦夫の死去に伴う福岡6区補欠選挙に出馬するため、大川市長を辞職した。9月16日、鳩山二郎の同席の下記者会見を開き、鳩山の辞職に伴う大川市長選挙への立候補を表明した。 同年10月23日投開票の大川市長選挙に、自由民主党大川市支部の推薦を受けて出馬し、自民・民進両党の福岡県連から推薦を受けた、元大川市長の江上均を大差で破り、初当選した。
江藤 義行(えとう よしゆき、1947年〈昭和22年〉7月6… 江藤 義行(えとう よしゆき、1947年〈昭和22年〉7月6日 - )は、日本の実業家、政治家。福岡県大川市長(1期)。 福岡県大川市生まれ。大川市立三又中学校(現大川市立大川桐薫中学校)、久留米大学附設高等学校、九州大学理学部卒業後、東亜燃料工業に入社。1976年、妻の実家の製材会社・株式会社エトウに入社。1991年からは代表取締役を務め、バブル崩壊後の荒波を家具の製造や企画販売への業態変更で乗り越えた。2019年に代表取締役を退任し相談役に就任。 2023年8月からは大川市が推し進める同市大野島で整備を進める産業・観光振興拠点「大川の駅」(仮称)について、構想に反対する市民団体を地元市議らと結成し、情報公開請求や署名活動に取り組んだ。
山崎 平八郎(やまざき へいはちろう、1911年12月16日… 山崎 平八郎(やまざき へいはちろう、1911年12月16日 - 1989年1月11日 )は、日本の農林官僚、政治家。 国土庁長官(第14代、第2次中曽根内閣)、衆議院議員(7期)などを歴任。福岡県大川市出身。勲一等瑞宝章受章。 山崎四郎の息子として生まれた。幼くして父と死別したため、子供のいない父方の伯父・達之輔(のちに立憲政友会所属代議士、農林大臣・逓信大臣・農商務大臣)に育てられた。自治大臣を務めた山崎巌は父方の叔父にあたる。 旧制佐賀高等学校を経て1939年九州帝国大学農学部農業工学科卒業。 大学卒業後、農林省に入省。九州農政局長を退官後の1969年、前年死去した叔父・巌の後継者として衆議院議員選挙に福岡3区から自由民主党公認で立候補し初当選(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・渡部恒三・奥田敬和・林義郎・綿貫民輔・塩崎潤・森喜朗・村田敬次郎・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。
山崎 巌(やまざき いわお、1894年〈明治27年〉9月16… 山崎 巌(やまざき いわお、1894年〈明治27年〉9月16日 - 1968年〈昭和43年〉6月26日)は、日本の内務官僚、政治家。内務三役(警保局長、警視総監、内務次官)を経て政界入りし、内務大臣、自治大臣兼国家公安委員会委員長を歴任した。正三位。勲一等。農林大臣・逓信大臣の山崎達之輔は実兄。 福岡県大川市に生まれる。福岡県立中学伝習館、第五高等学校を経て、1918年(大正7年)東京帝国大学法学部法律学科(独法)卒業。 同年、内務省入省。厚生省社会局長、官選静岡県知事、内務省土木局長、警保局長などを経て、1940年(昭和15年)警視総監に就任する。総監時代には企画院事件などを捜査する。東條内閣では内務次官を務める。
山崎 達之輔(やまざき たつのすけ、1880年〈明治13年〉… 山崎 達之輔(やまざき たつのすけ、1880年〈明治13年〉6月19日 - 1948年〈昭和23年〉3月15日)は、日本の台湾総督府・文部官僚、政治家。第9・11・20代農林大臣、初代農商大臣、第40代逓信大臣、衆議院議員7期。内務大臣の山崎巌は実弟。 福岡県大川市出身。内務大臣、自治大臣を務めた山崎巌は達之輔の弟に当たる。また、元国土庁長官の山崎平八郎は達之輔・巌兄弟の甥に当たるが、平八郎の実父・四郎(達之輔の弟で巌の兄)が早世したため、子供のいない達之輔が平八郎を引き取って実の子のように育てた。そのため人名事典などでは山崎平八郎を達之輔の子とした記述が散見する。 後の衆議院議長・保利茂は山崎が岡田内閣の農林大臣時代に農相秘書官を務めた。