出口 太(いでぐち ふとし、1975年〈昭和50年〉1月24… 出口 太(いでぐち ふとし、1975年〈昭和50年〉1月24日 - )は、日本の政治家。長崎県五島市長(1期)。 長崎県五島市出身。青雲高等学校を経て、1999年(平成11年)に東京大学農学部を卒業し、人事院入庁。2005年4月、読売新聞東京本社に入社。2016年8月からは青山繁晴参議院議員の政策担当秘書を務めた。 2024年2月に秘書を退職し、3月7日、五島市長選挙への立候補を表明。9月1日投開票の市長選では、自民党・公明党の推薦を受けた出口が、一部の保守系市議などが支援する荒尾正登元市議長、立憲民主党が推薦する中西大輔元市議の2人を破り、初当選した。
久保 勘一(くぼ かんいち、1910年9月25日 - 199… 久保 勘一(くぼ かんいち、1910年9月25日 - 1993年11月23日)は、日本の政治家。長崎県知事(公選第7-9代)、参議院議員(2期)。愛称は「クボカン」。元五島市長の中尾郁子は娘。 長崎県五島列島の三井楽町(現五島市)で生まれる。長崎県師範学校(現長崎大学)を卒業後、五島の農協組合長を経て長崎県議会議員に当選。1961年から1962年に同議会議長。 1962年の第6回参議院議員通常選挙に出馬し、長崎地方区で初当選。参議院文教委員長などを務め、2期目途中の1970年に長崎県知事選挙に出馬。4選をめざす佐藤勝也に挑戦し、地元生え抜きの久保と官僚出身の佐藤という構図の対決となり、自民党県連が2つに割れた。
西村 久之(にしむら ひさゆき、1893年(明治26年)9月… 西村 久之(にしむら ひさゆき、1893年(明治26年)9月23日 - 1964年(昭和39年)2月4日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。旧姓・牟田。 長崎県南松浦郡岐宿町(現・五島市)出身。牟田久蔵の二男に生まれ、力之助の養子となる。早稲田大学商科で学び、1914年に中退した。漁業を営む。 南松浦郡岐宿町会議員となり、また長崎県会議員にも選出されて、同参事会員、同議長も務めた。 1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に長崎県選挙区から日本自由党公認で立候補して初当選。以後、第24回総選挙まで長崎県第2区から立候補して再選された。1952年(昭和27年)10月の第25回総選挙では次点で落選したが、1953年(昭和28年)4月の第26回総選挙で再選され、衆議院議員に通算4期在任した。
宮崎 栄治(みやざき えいじ、1855年7月4日(安政2年5… 宮崎 栄治(みやざき えいじ、1855年7月4日(安政2年5月21日)- 1915年(大正4年)1月25日)は、明治時代の政治家。衆議院議員(8期)。 宮崎広茂の長男として、肥前福江藩領松浦郡福江村(長崎県南松浦郡福江村、福江町、福江市を経て現五島市)に生まれる。1882年(明治15年)12月、家督を相続する。福江藩校に入り和漢学を修めたのち上京し英学を学ぶ。本業は農業を営んだ。 1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では長崎県第5区から出馬し当選。第2回総選挙では候補を大坪利晋に譲り、つづく第3回総選挙で再び衆議院議員となる。その後、第4回、第5回、第6回、第7回、第8回、第9回総選挙でも当選し衆議院議員を通算8期務めた。
大坪 利晋(おおつぼ りしん、1848年(嘉永元年2月) -… 大坪 利晋(おおつぼ りしん、1848年(嘉永元年2月) - 1901年(明治34年)2月4日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。 肥前国松浦郡福江村(のち長崎県南松浦郡福江村→福江町→福江市、現・五島市)生まれ。福江藩育英館で学ぶ。福江藩御秘筆下書役、同側小姓となる。のち、佐賀県神埼郡長、佐賀典獄、会計検査院属を務めた。 1892年の第2回衆議院議員総選挙において長崎5区から中央交渉会で立候補して当選した。衆議院議員を1期務め、1894年3月の第3回衆議院議員総選挙は不出馬。同年9月の第4回衆議院議員総選挙では国民協会から立候補して落選した。1901年に死去した。