太田 敏夫(おおた としお、1919年(大正8年)3月20日… 太田 敏夫(おおた としお、1919年(大正8年)3月20日 - 1942年(昭和17年)10月21日)は日本の海軍軍人。太平洋戦争における撃墜王。最終階級は海軍飛行兵曹長。 1919年(大正8年)、長崎県の農家に生まれる。軍に入ってから弟の中学学費の仕送りを続ける、家族思い、親孝行の好青年であった。1935年(昭和10年)、佐世保海兵団に入団。戦艦金剛勤務を経て、1939年(昭和14年)1月、第46期操縦練習生課程修了。1941年(昭和16年)6月、十二空に配属。漢口に進出するが、戦闘の機会はなかった。 1941年(昭和16年)10月、台湾の台南基地に新設された台南海軍航空隊(以下、台南空)に配属。
