西浦 颯大(にしうら はやと、1999年5月21日 - )は… 西浦 颯大(にしうら はやと、1999年5月21日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)、YouTuber。 八代市立鏡西部小学校3年生時に、軟式の小川キングリバーズで野球を始め、6年生時(2011年)には福岡ソフトバンクホークスのジュニアチームでNPB12球団ジュニアトーナメントに出場する。鏡中学校時代は硬式の熊本北リトルシニアに在籍し、3年生時(2014年)には第2回15U野球ワールドカップの日本代表に選出された。 明徳義塾高等学校では、1年春から公式戦に出場する。1年夏の高知大会でも20人のメンバー入りし、チームは優勝し甲子園出場したものの、自身は地方大会での不振により甲子園本戦の18人メンバーから漏れた。
宮本 秀明(みやもと しゅうめい、1996年7月24日 - … 宮本 秀明(みやもと しゅうめい、1996年7月24日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。 小学生時代から軟式野球を始め、中学生時代には、シニアリーグの熊本南シニアに所属した。 秀岳館高等学校への進学後は、2年時に遊撃手のレギュラーへ定着。松尾大河が入学した3年時に三塁手へ転向。対外試合で松尾と三遊間を組んだこともある。しかし、在学中は春夏とも、甲子園には出場できなかった。 高校卒業後にパナソニックへ入社すると、1年目から内野手として公式戦、2年目に社会人野球日本選手権大会へ出場。3年目から外野手に転向した。 2017年10月26日に行われたドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから内野手として7位指名を受け、契約金3,000万円、年俸750万円(金額は推定)という条件で入団。
小田 裕也(おだ ゆうや、1989年11月4日 - )は、オ… 小田 裕也(おだ ゆうや、1989年11月4日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(外野手)。
野田 浩輔(のだ こうすけ、1977年12月4日 - )は、… 野田 浩輔(のだ こうすけ、1977年12月4日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手、右投右打)。現在は埼玉西武ライオンズの二軍野手コーチを務めている。 八代東高では2年春、3年春に県大会準優勝。3年夏は県大会ベスト4。新日本製鐵君津時代に渡辺俊介とバッテリーを組み、シドニー五輪に出場して話題となった。シドニー五輪ではプロ枠で出場した当時中日に在籍していた鈴木郁洋に正捕手を奪われたが、同じ五輪代表に選ばれた阿部慎之助(中央大学)とともにチームを引っ張る存在として欠かせなかった。また、同年の都市対抗野球ではベスト4となり社会人野球ベストナイン捕手となった。 ドラフトでは下位指名での争奪戦が予測されたが、入団前から野田と西武ライオンズとの相思相愛ということで他球団に指名されず、2000年のドラフトで西武ライオンズから6位指名を受け、入団。
松中 信彦(まつなか のぶひこ、1973年12月26日 - … 松中 信彦(まつなか のぶひこ、1973年12月26日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。左投左打。NPBにおける平成唯一かつ最後の三冠王である。
塩崎 真(しおざき まこと、1973年6月29日 - )は、… 塩崎 真(しおざき まこと、1973年6月29日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手)、指導者。
柏田 貴史(かしわだ たかし、1971年5月14日 - )は… 柏田 貴史(かしわだ たかし、1971年5月14日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学4年生から野球を始める。八代工業高ではノーヒットノーランを3回記録した。 1989年オフにドラフト外で読売ジャイアンツに入団。 1994年に、一軍初登板を果たしプロ初勝利も記録。 1995年はイースタン・リーグで9勝を挙げて最多勝を獲得。二軍での実績はあったものの一軍では出場機会に恵まれなかった。 1997年2月には、MLBニューヨーク・メッツのスプリングトレーニングに谷口功一と共に野球留学で参加し、変則左腕が通用すると踏んだ監督のボビー・バレンタインからのオファーもあり、巨人を自由契約という形で退団してメッツに入団。
村上 誠一(むらかみ せいいち 1970年5月31日 - )… 村上 誠一(むらかみ せいいち 1970年5月31日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(投手)。
園川 一美(そのかわ かずみ、1963年5月1日 - )は、… 園川 一美(そのかわ かずみ、1963年5月1日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(投手)。
谷松 浩之(たにまつ ひろゆき、1960年5月16日 - )… 谷松 浩之(たにまつ ひろゆき、1960年5月16日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(外野手)。 PL学園高時代は、外野手(主に中堅手)のレギュラーを獲得。3年次夏の選手権に出場し優勝に貢献。高校同期には、西田真二、木戸克彦、金石昭人がいる。 1978年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから4位指名を受け入団。 一軍出場はないまま、1983年限りで現役を引退。 2011年から地元八代市にあるリトルシニアチームのコーチを務め、2013年には監督を務めている。
米村 明(よねむら あきら、1959年8月6日 - )は、熊… 米村 明(よねむら あきら、1959年8月6日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(投手)。 現役引退後は中日ドラゴンズのスカウトを務めていた。 ロサンゼルスオリンピック野球の金メダリスト。 PL学園高では1976年、2年生の時に、中村誠治(早大-日産自動車)の控え投手として夏の甲子園府予選決勝に進む。この試合では先発を任され、山田勉、山村勝彦らのいた大鉄高を降して夏の甲子園に出場を決める。大会では順調に勝ち進み、エース酒井圭一を擁する海星高との準決勝ではリリーフで甲子園初登板、また延長11回には決勝点となる大きな左犠飛を放った。チームは決勝で桜美林高に延長11回サヨナラ負け、準優勝。新チームとなった同年の秋季近畿大会では、1年下の木戸克彦とバッテリーを組みエースとして府予選準決勝に進むが、大鉄高の前田友行(阪神)に抑えられ惜敗。
川本 智徳(かわもと とものり、1959年5月1日 - )は… 川本 智徳(かわもと とものり、1959年5月1日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(投手)。 熊本県の八代工では、1977年夏の甲子園県予選準々決勝に進出するが、専大玉名高に9回サヨナラ負け。甲子園には出場できなかった。 本格派右腕として期待され、1977年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズに4位指名され入団した。 1983年に一軍初登板、同年には初勝利をあげる。 1984年オフ、日本ハムを戦力外となり西武ライオンズと打撃投手として契約した。 1985年シーズン途中に選手契約、現役復帰を果たした。 1986年には5先発を含む17試合に起用され、日本シリーズでも第3戦に登板している。
渡辺 長助(わたなべ ちょうすけ、1956年10月11日 -… 渡辺 長助(わたなべ ちょうすけ、1956年10月11日 - 2011年6月28日)は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ・スコアラー。
釘谷 肇(くぎたに はじめ、1954年4月30日 - )は、… 釘谷 肇(くぎたに はじめ、1954年4月30日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 八代東高から1973年ドラフト2位でヤクルト入団。二軍暮らしが長かったが長打力には定評があり、キャンプでは「和製大砲」、「アリゾナの星」と期待された。1975年、1976年と2年連続でジュニアオールスターにも出場。1981年には一軍に定着、5月末から外野手として7試合連続で先発に起用され、24打数9安打と活躍するが直後に故障欠場。1983年も5月から27試合に先発出場、打率.304、5本塁打の成績を残すが、またも8月に故障し先発から外れる。その後もレギュラーには定着できなかった。1985年限りで現役引退。
柏原 純一(かしわばら じゅんいち、1952年6月15日 -… 柏原 純一(かしわばら じゅんいち、1952年6月15日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ、解説者・評論家・YouTuber。 実家はイグサ農家で、母親は代用教員をしていたという家庭だった。4人きょうだいの第3子(姉、兄、妹がいる)。高校から本格的に野球を始め、八代東高校では3年次の1970年、春の選抜にエースとして出場。1回戦で日大三高の渡部良克(日大)と投げ合うも0-2で完封負けを喫した。同年の夏の甲子園県予選では、準々決勝で熊本一工に延長15回の末、敗退した。 同年のドラフトで南海ホークスから8位指名を受け、外野手として入団。当時は中央球界ではまだ無名の存在で、地元のファンがたまたま訪れていた南海のスカウトに紹介したことがそのままプロ入りに繋がったという。