義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや、2001年6月25日 -… 義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや、2001年6月25日 - )は、熊本県宇土市出身で、伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士。本名及び旧四股名は草野 直哉(くさの -)。最高位は東小結(2026年7月場所)。 相撲は5歳の時に宇土少年相撲クラブで始めた。宇土市立鶴城中学校では3年次に中学生横綱のタイトルを獲得した。文徳高校では3年次には全国高校総体準優勝、世界ジュニア選手権団体優勝。高校卒業後は日本大学文理学部社会学科に進学して日本大学相撲部に入部し、4年次に全国学生相撲選手権大会個人優勝(学生横綱)など全部で9の個人タイトルを獲得した。 大学卒業後は中学、高校、大学の先輩である輝鵬(花の富士)と同じ宮城野部屋に入門する予定だったが、入門直前に宮城野部屋が閉鎖されたため、宮城野部屋関係者の転属先となった伊勢ヶ濱部屋に入門した。
竜虎 川上(りゅうこう かわかみ、1998年(平成10年)6… 竜虎 川上(りゅうこう かわかみ、1998年(平成10年)6月23日 - )は、熊本県宇土市出身で尾上部屋に所属した元大相撲力士。本名は川上 竜虎(かわかみ りゅうこう)。身長182cm、体重124kg、血液型はB型。最高位は西十両12枚目(2019年7月場所)。 元小結・濱ノ嶋(尾上親方)は叔父であり、弟は竜翔、従兄弟は照寶らがいる。 相撲は5歳から地元の道場(宇土少年相撲クラブ)で始めた。道場にはのちに大関となる正代も通っており、共に汗を流した関係である。2006年8月に叔父の17代尾上(元小結・濱ノ嶋)が三保ヶ関部屋から分家独立して尾上部屋を興した後は、母親に連れられて部屋のパーティーに参加し夏休みを利用して部屋に遊びに行くこともあった。
牧本 英輔(まきもと えいすけ、1941年8月13日 - 2… 牧本 英輔(まきもと えいすけ、1941年8月13日 - 2025年4月3日)は、熊本県宇土市長浜町出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名同じ。新十両時の四股名は、轟 亘(とどろき わたる)。身長181cm、体重150kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東前頭12枚目(1972年9月場所)。角界関係者からは「マキさん」の呼び名で親しまれていた。 幼い頃から相撲を始め、地元の中学では相撲部に所属し実家が農家であったため中学卒業後は、熊本農業高校に進学。高校の相撲部では、3年時に九州大会で優勝するなど、活躍を見せた。 時津風親方(元横綱・双葉山)の再三の勧誘もあり、高校卒業と同時に時津風部屋へ入門。
不知火 諾右衛門(しらぬい だくえもん(なぎえもん)、180… 不知火 諾右衛門(しらぬい だくえもん(なぎえもん)、1801年(享和元年) - 1854年8月20日(嘉永7年7月27日))は、肥後国宇土郡轟村栗崎(現・熊本県宇土市栗崎)出身の元大相撲力士。第8代横綱。本名は近久 信次(ちかひさ しんじ)。 歴代横綱の中で、下位番付へ陥落したことのある唯一の力士である。 1801年に肥後国宇土郡で生まれる。幼い頃から郷里で平穏な生活を送っていたが、ある日巻き込まれた傷害事件によって妻子を残したまま大坂・堺へ出ることとなり、1822年に大坂相撲へ加入、大関まで昇進した。その後、1830年に江戸相撲・浦風門下へ加入し、江戸相撲で再スタートを切る。江戸相撲では黒雲 龍之介・濃錦里 諾右衛門と改名し、1837年春場所で新入幕を果たす。
正代 直也 は、熊本県宇土市出身で時津風部屋所属の現役大相撲… 正代 直也 は、熊本県宇土市出身で時津風部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長184.0cm、体重169kg、血液型はA型。得意技は右四つ、寄り。最高位は東大関。