八鍬 新之介(やくわ しんのすけ、1981年 - )は、日本… 八鍬 新之介(やくわ しんのすけ、1981年 - )は、日本の男性アニメ監督。北海道帯広市出身。 帯広市立帯広第八中学校、北海道帯広柏葉高等学校、日本大学芸術学部放送学科を卒業。実母は帯広市教育委員会で教育長を務める八鍬祐子。実兄は劇作家・演出家の八鍬健之介。 原恵一監督作品に惹かれ、2005年にシンエイ動画へ入社。『ドラえもん (2005年のテレビアニメ)』制作班に配属され、テレビシリーズの制作進行を務める。 『映画ドラえもん のび太の恐竜2006』(2006年)ではテレビシリーズと平行する手伝いの形での参加だったが、劇中に登場する恐竜図鑑のイラストを一部手がけた。『映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜』(2007年)で正式に映画専属の制作となり、必要な資料の収集といった仕事を担当。
春日森 春木(かすがもり はるき、1977年9月7日 - )… 春日森 春木(かすがもり はるき、1977年9月7日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ監督。北海道岩見沢市出身。 立命館大学法学部卒業後、立命館大学大学院法学研究科に入学。2002年、サン・アド入社。プロダクションマネージャーを経験した後、アニメ版『猫ラーメン』でテレビアニメデビュー。 2006年、DLEに入社、蛙男商会作品のアシスタントや多くのショートアニメを制作した。 2008年よりフリーランスとして活動中。主に短編ギャグアニメを手がけている。 2016年・2017年東京国際アニメアワードフェスティバル「コンペティション部門短編アニメーション」一次選考委員。 2020年〜 三鷹市インディーズアニメフェスタゲスト審査員 2025年 あにめのたね2025 選定委員。
大杉 宜弘(おおすぎ よしひろ、1974年1月17日 - )… 大杉 宜弘(おおすぎ よしひろ、1974年1月17日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家。北海道旭川市出身。誤表記で「大杉宣弘」などの名前でクレジットされることがある。 出生から7歳ごろまで旭川市で過ごしたのち、札幌市へ移り住んだ。 藤子不二雄、手塚治虫のファンであり、元は漫画家を目指していた。北海道札幌東陵高等学校在学中に小学館の編集部へギャグ漫画の原稿を持ち込んだ事があり、その際「2、3年ぐらいしたらモノになるかな」と言われ「ああ2、3年か」と思い、すごすご帰ったという。 高校卒業後は代々木アニメーション学院札幌校へ第1期生として入学。1993年に同校を中退後、亜細亜堂へアニメーターとして入社し動画・原画を担当した。
江口 寿志(えぐち ひさし、1965年12月3日 - )は、… 江口 寿志(えぐち ひさし、1965年12月3日 - )は、男性アニメーター、キャラクターデザイナー。北海道札幌市出身。 東京デザイナー学院中退後、スタジオ古留美、スタジオジュニオを経てフリー。 2023年6月より病気療養のため休業しており、2024年4月には自身のXにて引退を発表した。 漫画家の江口寿史と混同されることが多い。二人はSNSなどを通じ交流があり、互いに別人であることを定期的に公表している。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
合田 浩章(ごうだ ひろあき、1965年3月24日 - )は… 合田 浩章(ごうだ ひろあき、1965年3月24日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督。北海道北見市出身。大のギター好きでも知られる。2015年以降はTROYCAを中心に活動中。 私立堀越高等学校在学中にアルバイトでアニメ業界に入る。『六神合体ゴッドマーズ』で原画デビュー、その後サンライズ、グラビトン等を渡り歩く。 『巨神ゴーグ』以降は一時動画修行をした後、『超獣機神ダンクーガ』で原画、『マシンロボ クロノスの大逆襲』の第33話「謎の遺跡・四つの秘宝」で初の作画監督を担当する。『メタルスキンパニック MADOX-01』の作画監督を担当した際には、キャラクターデザインを担当した田村英樹の絵柄そっくりに全原画を修正するなど。
あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本… あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本のゲームクリエイター・イラストレーター・キャラクターデザイナー・漫画家・元アニメーター。 男性。北海道釧路市出身。本名は安田 朗(やすだ あきら)。 幼少時にはダリやドガなどの美術に影響を受ける。小学生のときに先生に褒められたことがきっかけで本格的に美術に目覚める。しかし、中学時代に安彦良和の戦場の絵を見て絵の方向性が変わったという。地元には就職先が無かったため、新聞奨学生として東京デザイナー学院(現東京ネットウエイブ)に入学。眠るのが好きなので、授業中に寝てたり、課題を出さないことがよくあったという[要出典]。 その後、親に黙って東京デザイナー学院中退後、趣味でパソコンを使ってアニメのイラストなどを描いていたが、新聞屋を辞めて、みゆきプロダクションへ入社。
今 敏(こん さとし、1963年〈昭和38年〉10月12日 … 今 敏(こん さとし、1963年〈昭和38年〉10月12日 - 2010年〈平成22年〉8月24日)は、日本のアニメ監督、漫画家。鰐淵 良宏(わにぶち よしひろ)名義を使用することもある。北海道札幌市生まれ、釧路市出身。アニー賞生涯功労賞(ウィンザー・マッケイ賞)受賞者。 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。 PANTA& HAL、PARACHUTEなどの活動で知られるギタリストの今剛は実兄。 新作『夢みる機械』準備中の2010年8月24日に膵臓癌で死去。享年46。 北海道釧路市(出生地は札幌市)出身。父の転勤により4歳から小学4年生までを釧路、小学4年生から中学2年生までを札幌、中学3年生から高校3年生までを再び釧路で過ごす。
恩田 尚之(おんだ なおゆき、1962年12月17日 - )… 恩田 尚之(おんだ なおゆき、1962年12月17日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。フリー。北海道紋別郡遠軽町出身。血液型B型。 『伝説巨神イデオン』を観て湖川に憧れ、アニメーターを志す。高校の先輩・矢木正之が湖川の主宰する作画スタジオビーボォーのアニメーターだったことから紹介してもらい、1979年[要検証 – ノート]に作画スタッフとしてビーボォーに入社、業界入りする。初仕事は『Dr.スランプ アラレちゃん』の動画。『聖戦士ダンバイン』で原画デビューした。先にビーボォーから独立した北爪宏幸が設立したスタジオぱっくに、85〜86年ごろにビーボォーから移籍し、さらに1987年に設立されたアトリエ戯雅を経て、同社の解散によりフリーになる。
飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つ… 飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つとむ)、1961年4月30日 - 2010年11月26日)は日本のアニメーション監督、演出家、プロデューサー、脚本家、漫画家。北海道浦河町出身。北海道浦河高等学校卒。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。旧名は飯田 つとむ。
青山 弘(あおやま ひろし、1960年1月15日 - )は、… 青山 弘(あおやま ひろし、1960年1月15日 - )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督。北海道苫小牧市出身。 他に青山ひろし、青山ヒロシ名義もあり。河合夢男はペンネーム。 代表作に『ロケットガール』『秘密 〜The Revelation〜』『ウルヴァリン』など。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
望月 智充(もちづき ともみ、1958年12月31日 - )… 望月 智充(もちづき ともみ、1958年12月31日 - )は、日本の男性アニメーション監督、演出家、脚本家。北海道出身。妻はアニメーターの後藤真砂子。坂本郷名義で脚本や演出を担当することもある。 亜細亜堂に入社し、アニメーターを経て演出家、監督となる。その後、フリーに。 東京都立小松川高等学校卒業後、早稲田大学に進学。入学の年に始まった『機動戦士ガンダム』に影響を受け、早稲田アニメーション同好会に入る。自主制作アニメや同人誌を制作していたが、あまりにものめり込みすぎて大学を留年してしまう。普通の就職をする気が無くなり、アニメーターになることを思い立つ。 1981年、動画のアルバイトをきっかけに、大学を中退してベテランアニメーターの芝山努、小林治が経営するアニメ制作会社「亜細亜堂」へ入社。
尾鷲 英俊(おわし ひでとし、1958年2月22日 - )は… 尾鷲 英俊(おわし ひでとし、1958年2月22日 - )は、日本のアニメーター、アニメ演出家。北海道小樽市出身。 千代田写真デザイン学院を卒業後、漫画家となったが、直ちにアニメーターへと転向。 1978年頃、作画下請会社「じゃんぐるじむ」に入社し『ドカベン』『怪物くん』などで原画・動画を担当する傍ら、『おじゃまんが山田くん』では絵コンテを担当。アニメーター・演出家としての第一歩を同社で踏み出している。 1983年、じゃんぐるじむを退社しOH!プロダクションに移籍。同プロダクションでは『ベムベムハンターこてんぐテン丸』『とんがり帽子のメモル』『ルパン三世 PARTIII』などの作画監督を務めた(「コンテマン」としても活躍)。
湖川 友謙(こがわ とものり、1950年1月3日 - )は、… 湖川 友謙(こがわ とものり、1950年1月3日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家。旧名は湖川 滋(こがわ しげる)。そのほか、園田美世、花畑まう、小国一和、亥間我子、重塚我子、江塚我子、駅間我子、TOIIIO、枯葉紅葉、音間聞、下井草伊井乃弼、小馳那乃國広道など、多数の別名義を用いている。NEOX顧問。北海道紋別郡遠軽町出身。出生時の名は滋であったが、姓名判断の結果を受け、手続きを経て正式に友謙に改名している。 1970年代の『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ、『銀河鉄道999』といった松本零士作品の作画監督を経て、1980年代に、『伝説巨神イデオン』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』といった日本サンライズ制作の富野由悠季監督のテレビアニメのキャラクターデザインを手掛けた。
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12… 安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。北海道紋別郡遠軽町出身、埼玉県所沢市在住。 遠軽高校、弘前大学 (退学処分)を経て、1970年虫プロ養成所に入りアニメーターとなる。虫プロ倒産後はフリーとなり『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『超電磁ロボ コン・バトラーV』『無敵超人ザンボット3』など数多くのアニメ作品に携わる。その中でもキャラクターデザインおよび作画監督を務めたアニメ『機動戦士ガンダム』は、その後放映された劇場版とも併せ社会現象ともいえるブームを巻き起こし、2022年の時点でも根強い人気を誇る。
杉野 昭夫(すぎの あきお、1944年9月19日 - )は日… 杉野 昭夫(すぎの あきお、1944年9月19日 - )は日本のアニメーター、アニメ監督。北海道札幌市出身、北見市育ち。
角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5… 角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5日 - 2014年〈平成26年〉1月14日)は、日本のアニメーター。教授や講師として世界各国で後進の育成に励んだ。 1939年(昭和14年)2月5日、北海道釧路市に生まれる。1963年(昭和38年)、武蔵野美術大学油絵科を卒業した後、同年に東映動画へ入社した。同社では『デビルマン』、『マジンガーZ』、『銀河鉄道999』、『サイボーグ009 超銀河伝説』、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』、『オーディーン 光子帆船スターライト』、『トランスフォーマー ザ・ムービー』などの原画、作画監督、キャラクターデザインを手掛けるなど数多くのアニメーション制作に携わった。
伊東 岳彦(いとう たけひこ)は、日本の漫画家、イラストレー… 伊東 岳彦(いとう たけひこ)は、日本の漫画家、イラストレーター、アニメーション作家。男性。 本名や生年月日は公表されていない。代表作は『宇宙英雄物語』『星方武侠アウトロースター』『覇王大系リューナイト』。愛称は「老師」。 北海道北見市出身。高校卒業後、東京のデザイン専門学校へ進み、同時期に様々な雑誌の仕事や設定協力などを手掛ける。その後おもちゃのデザインの仕事に就いた後、漫画編集者に。しかし担当した作品がどれも面白くないと思いそれなら自分で描いたほうがいいと考えて転職、「Good Morning アルテア」をアンソロジーコミック『C-LIVE 1』(夢元社発行、東京創元社発売)に掲載。 デビュー当初はBLACK POINTというペンネームを使用しており、自画像(顔に「BP」と書かれている)や初期の作品で確認できる。
鴫野 彰 は、日本の男性アニメ演出家、アニメ監督。別名義にし… 鴫野 彰 は、日本の男性アニメ演出家、アニメ監督。別名義にしぎのあきら、義野利幸(ぎゃりこ)がある。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。北海道出身。
daipo(ダイポ)は、日本のイラストレーター、ゲームデザイ… daipo(ダイポ)は、日本のイラストレーター、ゲームデザイナー、アニメーター。ClaGla常務取締役。 北海道小樽市出身。趣味はゲームと石集め。 北海道教育大学札幌校卒業後、スタジオロッカでイラストレーター・アニメーターとして活動。小さい頃からのゲーム好きが高じて、2015年にセンバノブユキと共にアナログゲーム制作団体CRIMAGE(クリメージ)を設立。 2017年に発表したボードゲーム「たった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。」が、ゲームマーケット大賞2018優秀作品賞、日本アナログゲーム ゲームカフェ大賞2018ー2019を受賞した。
渡部 穏寛(わたなべ としのり)は、日本の男性アニメーター、… 渡部 穏寛(わたなべ としのり)は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家・監督。 北海道美唄市に生まれ、小学校時代に札幌市へと移り住んだ。幼少期より絵を描くことを好み、アニメや漫画に親しむ生活を送っていたが、アニメ制作の道を志す契機となったのは高校2年生の時である。春休みに偶然視聴した『ふしぎの海のナディア』に感銘を受け、同作の監督を務めた庵野秀明の影響を受けて演出家を志望するようになった。 高校卒業後は、当時札幌における唯一の選択肢であった代々木アニメーション学院へ進学した。将来的にアニメ監督となることを見据え、演出を学ぶにはアニメーター科が適していると誤認して同科に入学したが、結果としてそこで学んだ技術が業界入り後の即戦力として役立つこととなった。
下田 正美(しもだ まさみ)は、日本の男性アニメーター、アニ… 下田 正美(しもだ まさみ)は、日本の男性アニメーター、アニメーション演出家、アニメーション監督。舞台演出も手がける。北海道富良野市出身。 1996年の『セイバーマリオネットJ』で初監督。代表作に『セイバーマリオネットJ』シリーズや『藍より青し』シリーズ、『ゼーガペイン』などがある。監督として自分の名前をクレジットする際、青空を背景にすることが多い。いわゆるただの「大団円」で終わらせず、何らかの含みを持たせて最終回を迎えるような作品を得意とする。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。