葛西 優人(かさい ゆうと、1988年 - )は青森県弘前市… 葛西 優人(かさい ゆうと、1988年 - )は青森県弘前市出身の写真家。 2006年青森県立弘前高等学校卒業。東京理科大学卒。 東京理科大学では建築学を専攻し、若手写真家の登竜門である1 WALL(ひとつぼ展)で審査員である鷹野隆大、姫野希美、町口覚、増田玲、土田ヒロミから評価を得て、第9回写真「1 WALL」グランプリを「Marginal Man is Dead」で受賞した。 セクシュアリティーにはとらわれず、人間の出生や不条理、葛藤をテーマに作品を制作したいと、雑誌Penで述べている。 ガーディアン・ガーデンにおいて、展示期間中に行われた鷹野隆大とのトークセッションでは「隠された人の心理や問題、社会の問題を視覚化することにより、逆説的に見る人に訴えかけたい。
岩木 登(いわき のぼる、1953年10月7日 - )は、日… 岩木 登(いわき のぼる、1953年10月7日 - )は、日本の写真家。青森県十和田市出身。 青森県立三本木高等学校卒業、立教大学社会学部社会学科中退。 1982年よりフリーランス写真家となり現在にいたる。広告写真家として、リーバイス、ゴールドウィン、ブリヂストンスポーツ、ソニー・エリクソン、東芝等の企業広告の撮影を担当。その一方で、1984年から「幻色の都」というシリーズの作品を発表し、同年JPS(社団法人 日本写真家協会)展で入選。 2003年にNHK総合テレビジョン「小さな旅/20周年特別番組 東京/夜の光景」に出演。「幻色の都」の作品の紹介とインタビューを受けて、より広く知られるようになる。
沢田 教一(さわだ きょういち、戸籍上の表記は澤田 教一、1… 沢田 教一(さわだ きょういち、戸籍上の表記は澤田 教一、1936年〈昭和11年〉2月22日 - 1970年〈昭和45年〉10月28日)は、日本の報道写真家。ベトナム戦争を撮影した『安全への逃避』でハーグ第9回世界報道写真大賞、アメリカ海外記者クラブ賞、ピューリッツァー賞を受賞した。位階は従五位。 日本光学工業(現ニコン)は「1971年度(原文ママ)のピューリッツァー賞も、ニコンによる作品に授与された。ベトナム戦線において取材にあたったUPI通信社の沢田カメラマンの『安全への逃避』という力作である」と主張していたが、実際には日本製カメラをどんなに勧められても「日本のカメラは写りが悪い」「日本のカメラを使うと壊れちゃうんだよ」といって日本製のカメラを使いたがらなかったという。
小島 一郎(こじま いちろう、1924年11月14日 - 1… 小島 一郎(こじま いちろう、1924年11月14日 - 1964年7月7日)は日本の写真家。 青森県青森市出身。戦後、青森を拠点に北国の風景を撮り続けた。写真家として本格的に活動したのは、1954年頃から死去までの10年ほどに限られている。この間、厳寒の津軽や下北の風土を大胆な構図と独特の世界観で表現する。雪原、農作業風景など平凡な被写体と覆い焼きによって強調した空の風景から生み出される強烈なイメージや構図力と確かな技術は、日本の報道写真のさきがけである名取洋之助からも高い評価を受ける。ベタ焼きに代わるものとして考え出した通称「小島のトランプ」と呼ばれる手札サイズの作品群も特徴的である。また、小島の写真店に勤めていた沢田教一に大きな影響を与えた。