土橋 郁矢(とばし ふみや、2001年2月13日 - )は、… 土橋 郁矢(とばし ふみや、2001年2月13日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンレッドハリケーンズ大阪に所属するラグビー選手。ポジションはスタンドオフ(SO)。 北上ラグビースクールでラグビーを始めた。 2019年、黒沢尻工業高校卒業後、東洋大学に入学。 2022年、東洋大学ラグビー部の副将に就任 して、チーム初大学選手権出場に貢献。 2023年1月、アーリーエントリーでNTTドコモレッドハリケーンズ大阪(現・レッドハリケーンズ大阪)に加入。同年3月、東洋大学卒業。同年12月9日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第1節九州電力キューデンヴォルテクス戦にて先発出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
川崎 清純(かわさき せいじゅん、1999年6月17日 - … 川崎 清純(かわさき せいじゅん、1999年6月17日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 高校からラグビーを始めた。 2018年、盛岡工業高校卒業後、関東学院大学に入学。 2021年、関東学院大学ラグビー部の副将に就任。 2022年、埼玉パナソニックワイルドナイツに加入。 2023年5月からニュージーランド・グレンマークに留学中。 2025年2月1日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第6節交流戦浦安D-Rocks戦にて先発出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
藤井 大喜(ふじい たいき、1998年1月4日 - )は、ジ… 藤井 大喜(ふじい たいき、1998年1月4日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 中学時代はバレーボールをやっており、高校からラグビーを始めた。 2016年、黒沢尻工業高校卒業後、大東文化大学に入る。 2020年、大東文化大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。 2021年3月28日にジャパンラグビートップリーグ第5節NECグリーンロケッツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。
手束 伊吹(てつか いぶき、1997年6月9日 - )は、日… 手束 伊吹(てつか いぶき、1997年6月9日 - )は、日本のラグビーレフリー(審判員)。選手時代のポジションはスタンドオフ(SO)。 小学1年生からラグビーを始めた。 2016年、黒沢尻北高校卒業後、市役所入庁してラグビー選手を引退。翌2017年、関東協会B級公認レフリーに選ばれた。 2021年、東京五輪ラグビー競技のアシスタントレフリーを務めた。同年10月、日本協会A級公認レフリーに選ばれた。
川崎 龍清(かわさき りゅうせい、1997年6月7日 - )… 川崎 龍清(かわさき りゅうせい、1997年6月7日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 2016年、盛岡工業高校卒業後、関東学院大学に入学。なお盛岡工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2019年、関東学院大学ラグビー部の副将に就任した。 2020年、関東学院大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。
合澤英旦(あいざわ ひであき、1995年3月23日 - 、男… 合澤英旦(あいざわ ひであき、1995年3月23日 - 、男性)は、日本の元ラグビー選手。日本の岩手県釜石市出身。 2013年、釜石商工高校卒業後、釜石シーウェイブスに加入。なお釜石商工高校時代は花園とは無縁であった。 2014年、第69回国民体育大会(愛称長崎がんばらんば国体)のラグビーフットボール競技成年の部に岩手県成年男子代表で選ばれた。 2015年、トップリーグ東芝ブレイブルーパスへ2週間国内留学した。 2017年、現役を引退し、バンド活動を行なっており、WANIMAのライブ活動にも積極的に参加している。。 この項目は、日本のラグビーユニオン関連人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJラグビー/Pラグビー)。
福士 周太(ふくし しゅうた、1994年8月15日 - )は… 福士 周太(ふくし しゅうた、1994年8月15日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンの日本製鉄釜石シーウェイブスに所属するラグビー選手。 2013年、盛岡第一高校卒業後、立命館大学に入る。 2017年、立命館大学スポーツ健康科学部卒業後、釜石シーウェイブスに加入。
佐々木 裕次郎(ささき ゆうじろう、1993年12月27日 … 佐々木 裕次郎(ささき ゆうじろう、1993年12月27日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンの釜石シーウェイブスRFCに所属するラグビー選手。 2012年、黒沢尻工業高校卒業後、東海大学に入る。 2016年、東海大学卒業後、釜石シーウェイブスRFCに加入。同年9月10日に行われたトップイーストリーグDiv.1第1節の秋田ノーザンブレッツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。
高城 佑太(たかぎ ゆうた、1993年10月21日 - )は… 高城 佑太(たかぎ ゆうた、1993年10月21日 - )は、元ラグビーユニオン選手。 5歳から、盛岡ラグビースクールでラグビーを始めた。 2012年、盛岡工業高校卒業後、関東学院大学に入学する。 2015年、関東学院大学ラグビー部の主将に就任し、4年ぶりとなる関東大学ラグビーリーグ戦グループ1部昇格に貢献した。 2016年、関東学院大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツに加入。 2020年2月22日にジャパンラグビートップリーグ第6節NTTドコモレッドハリケーンズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2023年6月、ニュージーランド・ランギオラに短期留学。 2025年6月、ジャパンラグビーリーグワンの埼玉パナソニックワイルドナイツを退団し、選手引退した。
平野 恵里子(ひらの えりこ、1992年4月26日 - )は… 平野 恵里子(ひらの えりこ、1992年4月26日 - )は、日本の女子ラグビーユニオン選手。アザレア・セブンに所属する。 小学1年生からラグビーを始めた。 2011年、釜石高校卒業後、日本体育大学に入る。 2014年、世界大学選手権の女子セブンズ学生日本代表に選出された。 2015年、日本体育大学卒業後、YOKOHAMA TKMに加入。 2017年、女子ラグビーワールドカップ2017の15人制女子日本代表に選ばれた。 2020年、セビージャに加入。 2021年、アザレア・セブンに加入。
楢山 直幸(ならやま なおゆき、1990年2月26日 - )… 楢山 直幸(ならやま なおゆき、1990年2月26日 - )は、日本のラグビー選手。 15歳からラグビーを始めた。 2008年、盛岡工業高校卒業後、明治大学に入る。なお盛岡工業高校時代、高校日本代表に選ばれ、第31回高校東西対抗試合に東軍として出場した。 2012年、明治大学卒業後、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。 2014年12月20日に行われたジャパンラグビートップリーグ2ndステージ第4節のパナソニック ワイルドナイツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2019年、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスを退団した。
佐々木和樹(ささき かずき、1989年12月27日 - )は… 佐々木和樹(ささき かずき、1989年12月27日 - )は、日本のラグビー選手。トップチャレンジリーグの釜石シーウェイブスRFCに所属する。 2008年、盛岡工業高校卒業後、釜石シーウェイブスに加入。なお盛岡工業高校時代、花園へ2度出場し、第31回高校東西対抗試合に東軍として出場した。 2009年10月31日に行われたトップイーストリーグ第8節のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2014年、チームの副将(バイスキャプテン)に就任し、また2014年度のほとんどの試合に出場し、チームのトップチャレンジとトップリーグ入れ替え戦出場に貢献した。また同年にはトップリーグの東芝ブレイブルーパスとヤマハ発動機ジュビロにそれぞれ国内留学した。
高城 良太(たかぎ りょうた、1989年11月8日 - )は… 高城 良太(たかぎ りょうた、1989年11月8日 - )は、日本のラグビー選手。 2008年、盛岡工業高校卒業後、法政大学に入る。なお盛岡工業高校時代、東北高校選抜に選ばれたことがある。 2012年、法政大学卒業後、キヤノンイーグルスに加入。同年9月1日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のNTTドコモレッドハリケーンズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2018年、キヤノンイーグルスを退団した。
細川諭(ほそかわ さとし、1987年10月27日 - )は、… 細川諭(ほそかわ さとし、1987年10月27日 - )は、日本のラグビー選手。 2006年、盛岡工業高校卒業後、関東学院大学に入る。なお盛岡工業高校時代に2度花園への出場経験があり、2005年度の高校日本代表セレクション合宿参加メンバーに選出された。 2010年、関東学院大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。同年9月12日に行われたトップイーストリーグ第1節のセコムラガッツ戦に途中出場ながら公式戦初出場を果たした。 2016年、釜石シーウェイブスを退団した。
渡邊 太生(わたなべ たいき、1987年6月23日 - )は… 渡邊 太生(わたなべ たいき、1987年6月23日 - )は、日本の元ラグビー選手。 15歳からラグビーを始めた。 2006年、黒沢尻北高校卒業後、筑波大学に入る。なお黒沢尻北高校時代には第29回高校東西対抗試合に東軍代表で選ばれた。 2010年、筑波大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。 2012年9月1日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2021年、現役を引退した。
瀧澤 陽兵(たきざわ ようへい、1985年7月6日 - )は… 瀧澤 陽兵(たきざわ ようへい、1985年7月6日 - )は、日本のラグビー選手。 5歳からラグビーを始めた。 2004年、盛岡工業高校卒業後、帝京大学に入る。なお盛岡工業高校時代、第27回高校東西対抗試合に東軍で出場した。 2008年、三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニック ワイルドナイツ)に加入。 2011年、三洋電機ワイルドナイツを退団した。
阿部 博典(あべ ひろのり、1984年9月15日 - )は、… 阿部 博典(あべ ひろのり、1984年9月15日 - )は、日本のラグビー選手。
佐々木天晃(ささき たかみつ、1984年1月13日 - )は… 佐々木天晃(ささき たかみつ、1984年1月13日 - )は、日本のラグビー選手。2015年現在、イーハトーブリーグの北上矢巾ブレイズラガーに所属する。 2002年、盛岡工業高校卒業後、東芝府中に加入。6シーズンプレーした。 2003年11月8日に行われたジャパンラグビートップリーグ第3節のワールドファイティングブル戦に先発出場で公式戦初出場を果たし、ジャパンラグビートップリーグ最年少出場記録を樹立した。 2008年、釜石シーウェイブスに加入。5シーズンプレーした。 2014年、北上矢巾ブレイズラガーに加入。
高橋 英明(たかはし ひであき、1983年8月24日 - )… 高橋 英明(たかはし ひであき、1983年8月24日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2002年、黒沢尻工業高校卒業後、日本大学に入る。 2006年、日本大学卒業後、リコーブラックラムズに加入。 2008年9月14日に行われたトップイーストリーグ11第2節の秋田ノーザンブレッツラグビーフットボールクラブ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2010年、リコーブラックラムズの副将に就任した。 2015年、現役を引退した。
小野寺 政人(おのでら まさと、1983年7月14日 - )… 小野寺 政人(おのでら まさと、1983年7月14日 - )は、 日本のラグビー選手。 2002年、盛岡工業高校卒業後、東海大学に入る。なお盛岡工業高校時代、花園へ3度出場した。 2006年、東海大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。9シーズンプレーした。 2006年9月2日に行われたトップイーストリーグ11第1節の秋田ノーザンブレッツラグビーフットボールクラブ戦で途中出場ながら公式戦初出場を果たす。 2014年、チームのFWリーダーに就任して、チームのトップチャレンジ出場とトップリーグ入れ替え戦出場に貢献した。
小原 義巧(おばら のりよし、1982年4月4日 - )は、… 小原 義巧(おばら のりよし、1982年4月4日 - )は、日本のラグビー指導者。元ラグビー選手。2016年現在、盛岡工業高校ラグビー部の監督を務めている。
藤原 誠(ふじわら まこと、1982年1月22日 - )は、… 藤原 誠(ふじわら まこと、1982年1月22日 - )は、日本の元ラグビー選手。2015年現在、トップイーストリーグ1部に所属する釜石シーウェイブスRFCのアシスタントコーチ。 1997年、盛岡工業高校に入学。 2000年、盛岡工業高校卒業後、日本大学に入る。なお盛岡工業高校時代に花園へ2度出場している。 2004年、日本大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。9シーズンプレーした。 2013年、釜石シーウェイブスの総務に就任する。 2016年、釜石シーウェイブスのコーチを退任した。
細川進(ほそかわ すすむ、1978年10月18日 - )は、… 細川進(ほそかわ すすむ、1978年10月18日 - )は、日本の元ラグビー選手。 1997年、盛岡工業高校卒業後、東北福祉大学に入る。なお盛岡工業高校時代、花園へ3度出場している。 2001年、東北福祉大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。9シーズンプレーした。 2010年、釜石シーウェイブスのアシスタントコーチに就任し、イーハトーブリーグの紫波オックスに加入した。 2016年、釜石シーウェイブスのコーチを退任した。
山口 貴豊(やまぐち たかとよ、1977年11月9日 - )… 山口 貴豊(やまぐち たかとよ、1977年11月9日 - )は、日本の元ラグビー選手。
北條 純一(ほうじょう じゅんいち、1977年5月20日 -… 北條 純一(ほうじょう じゅんいち、1977年5月20日 - )は、日本の元ラグビー選手。
山内 智一(やまうち ともかず、1977年3月29日 - )… 山内 智一(やまうち ともかず、1977年3月29日 - )は、日本の元ラグビー選手。現在東洋大学ラグビー部のコーチを務めている。 この項目は、日本のラグビーユニオン関連人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJラグビー/Pラグビー)。
七戸 昌宏(しちのへ まさひろ、1977年3月2日 - )は… 七戸 昌宏(しちのへ まさひろ、1977年3月2日 - )は、日本の元ラグビー選手。 小学1年でラグビーを始める。 盛岡工業高校、拓殖大学を経て、1999年、トヨタ自動車(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。 2008年、現役を引退した。
黒田 弘則(くろだ ひろのり、1971年9月11日 - )は… 黒田 弘則(くろだ ひろのり、1971年9月11日 - )は、日本のラグビー指導者。現在札幌山の手高校ラグビー部の監督を務めている。 釜石南高校、国士舘大学、国士舘大学のコーチを経て、札幌山の手高校ラグビー部のコーチに就任。 2022年、監督に昇格。
高橋 善幸(たかはし よしゆき、1965年2月10日 - )… 高橋 善幸(たかはし よしゆき、1965年2月10日 - )は、日本の元ラグビー選手。現在ジャパンラグビーリーグワン釜石シーウェイブスRFCのシニアアドバイザーを務めている。 1980年黒沢尻工業高校に入学、高校2年時高校3年時に花園出場。 高校日本代表にも選ばれ3年生時には代表チームの主将も務めた。 1983年明治大学に進学しラグビー部に入部、4年時にはチームの主将となった。 1987年新日本製鉄に入社。釜石製鉄所に配属され、新日鉄釜石ラグビー部に入部し長年にわたり選手として活躍した。 1997年新日鉄釜石ラグビー部監督就任。 2001年新日鉄釜石ラグビー部を母体とする釜石シーウェイブス創立に伴い監督就任。
千田 美智仁(ちだ みちひと、1958年12月22日 - )… 千田 美智仁(ちだ みちひと、1958年12月22日 - )は、日本の元ラグビー選手。 黒沢尻工業高校→新日鐵釜石(現・釜石シーウェイブス)。現在は新日鐵エンジニアリング盛岡営業所長を務める傍ら、北上市のクラブチーム・ブレイズラガーのアドバイザーを務めるとともに、北上市立南中学校・北上ラグビースクールで指導を行っている。 釜石及び日本代表では、始めロック。日本代表ウエールズ遠征(1983)の際、第3列の大型化を図る構想のもとにフランカーにコンバート。以後、日本代表ではフランカー・No8、釜石では主にNo8を務める。 伝説のトライとして、下記が挙げられる。1983年ウエールズ選抜とのテストマッチで、後半20分過ぎの3・3・2の変則スクラムから「千田・左」のサインプレーによりダイレクトフッキングのボールを拾いスクラムサイドを駆け抜け、そのまま約30mを独走しトライ。
笹田 学(ささだ まなぶ、1953年7月21日 - )は、岩… 笹田 学(ささだ まなぶ、1953年7月21日 - )は、岩手県出身の元ラグビー選手。現役時代のポジションはフッカー(HO)。 盛岡工業高から明治大学に進学。明治大学ラグビー部では主将を務め、1976年に社会人を破り初の日本選手権優勝を果たした。 ラグビー日本代表では76年のブリティッシュ・コロンビア・カナダ戦で初キャップを獲得し、通算キャップ数は8。 大学卒業後は、社会人チーム古豪の横河電機に入社。一貫して人事畑を歴任。 2006年から2008年までは、中国統括として上海に赴任、中国8拠点の一元化、連携化を実施する事により、中国石油会社より大型受注獲得に寄与する。 現役引退後は日本ラグビーフットボール協会理事、日本代表強化委員会副委員長、NHKのラグビー中継解説者。